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―4―

“短期間”?

一ヶ月は考えて貰おう(ry

ごめんなさい、、、(_ _(--;(_ _(--;

「誰さ……崇弥(たかや)に酒飲ませたのは」

と、テーブルを囲む全員に訊ねる形を取りつつも、がっつり陽季(はるき)に睨みを利かせた(れん)が言った。






「うぐっ……皆聞いてよ!陽季って酷いんだ!」

一人立ち上がり、おしぼりをマイクに喋るは用心屋店長、崇弥洸祈(こうき)

俺の恋人である。


さて、ふらふらしながら立ち、顔を赤くした洸祈は完全に酔っているが、神に誓って言おう。

俺は洸祈に酒を飲ませていない。

なら何故、洸祈が酔っ払いになっているのかって?

答えは簡単だ。


洸祈が勝手に酒を飲んだのだ。


夕飯の飲み物として、洸祈はオレンジジュースを、俺は日本酒を頼んだ。しかし、喉が渇いていたのか、オレンジジュースを飲み干した洸祈は手近にあった俺のお猪口からがぶがぶと……というわけである。

お酒だと知りながら飲んだのか、はたまた水と勘違いしたのか。どちらにせよ、お酒に強い洸祈でも空きっ腹にお酒を飲むのだから、夕食開始早々に顔を赤くした。

そして、メインの鍋に入る頃にはすっかり出来上がっていた。

いっそ、眠ってしまってくれた方が良かったのだが、旅行の影響か、終始ハイテンション。周囲への被害は甚大。

それがこれである。

「俺、1日一通は陽季にメールしてんのに、陽季は3日に一通ぐらいしかメール返してくれないんだ!」

まてまて。

それは先週だけのことじゃないか。

“ずっとそう”みたいな言い方だぞ。

「いや、だって、洸祈のメールってそれで完結してんだもん。『お腹痛いから寝る』とか『晴れてるからお使い行ってくる』とか」

近況報告メールだったし、俺も連日、舞台に上がっていたから、返せずにいたのだが……。

テーブルに用意された2つのキムチ鍋。用心屋の皆と俺とで消費している方の鍋から洸祈の分を取った。

これでどうにか洸祈に落ち着いて貰おうと、俺は洸祈を見上げた。

が、むっつり顔の洸祈が俺の目と鼻の先にいた。

「うわっ」

あまりの近さに俺は驚いて背後に転んでしまう。若干、隣に座っていた二之宮(にのみや)の背中に手が触れ、ぎろりと睨まれた。

……何この状況。

「『お腹痛いの?大丈夫?』とか『お買い物メモは持った?』とか、返すだろ!?普通は!」

普通はそんなことで怒りません。――とは言えない。

洸祈が勝手に酔ったとは言え、俺のお猪口のせいだ。二之宮の方に置いていれば、飲まれなかっただろう。

俺は右利きだから、お猪口を置くと、必然的に右側の洸祈の方に置いてしまうのだが。

だから、俺は悪くない。

――のだが、

俺にも責任はあるとしてやろう。

「わ、分かったから。次からは絶対に返すから。ほら、お鍋食べよ?」

俺は誰もやりたがらない洸祈の世話役を買って出たが、声を張上げて叫ぶ洸祈は眉間にシワを寄せた。

「何その返事!!めんどくさいって思ってるよな?めんどくさいんだろ!」

これはまた面倒な。

「皆も思ってるんだな!俺のこと、めんどくさいって!」

ぎくりと皆の肩が揺れた。

障らぬ神に何とやら。

「崇弥、誰もそんなこと思っておらへんよ」

司野(しの)さんが障った。

「じゃあ、司野もメアド交換する?」

「………………俺は会社用の携帯やからなぁ……」

司野さん、俺とはメアド交換済みなのに……。いや、言わないけど。

洸祈とメアド交換すると、1週間はメールの嵐だ。

新着メールでメールボックスが満杯になる。

「……なら……二之宮は?」

然り気無く二之宮にアタックする洸祈。

二之宮には断られ続けてなかったっけ?

ウザい人間になりつつ、面倒臭いオーラで二之宮のメアドをゲットする気か。

「やだ」

即答か。

「二之宮も俺が嫌いなの!?」

嫌いなの!?作戦か。

往生際の悪い。諦めきれないらしい。

「きら――」

「やーだー!!誰かメアド交換しようよ!!!!」

二之宮は予想通りの返答だったが、洸祈は逃げた。しかし、逃げた先でも助けてくれる誰かがいるかと言うと……。

「………………」

一同、沈黙。

知ってた。

「旦那様、お給料でルーもけーたいを買いますから……だから…………お鍋食べないとなくなってしまいます……」

「うう……るーうぅぅ……琉雨(るう)はいつも俺の傍にいるから携帯買わなくていいよぉぉ……」

琉雨ちゃんは優しいなぁ。

洸祈が四つん這いで向かいに座る琉雨ちゃんのもとへとテーブルを回る。二之宮は洸祈が離れたことで分かりやすい安堵の表情を見せたが、千里(せんり)君の背後に回った時だった。

「ぷぎゃ」

千里君が洸祈の背中に頭を乗せて凭れる。

素面の洸祈にはしそうにないその行為。したら、きっと頭上に洸祈の雷が堕ちるからだ。しかし、洸祈が酔っているのをいいことに千里君は洸祈を枕にくすくすと笑う。

「うーうー」

座敷でばた足の洸祈。状況を理解できずに兎に角暴れる赤ちゃんみたいだ。

「にゃはははは。洸の分も食べたらお腹ぱんぱん。洸枕で寝たくなってきた」

風呂上がりも洸祈に色々キメられていたし、千里君の洸祈に対する日頃のストレスが見える。

「こら、千里」

(あおい)君が隣の千里君を小突く。千里君は「えー」と言いながら頭をぐりぐりと洸祈の背中に押し付けた後、洸祈を解放した。

「うう……葵ぃぃ。皆が苛めるよぅ」

葵君の肩に顎を乗せた洸祈が千里君を睨む。が、千里君ににやつかれて葵の背中に隠れた。

千里君が酔った洸祈に大きく出る理由が良く分かる。

からかいたくなるな、これは。

「うんうん。お鍋を食べてゆっくり休めば、明日には皆優しくなるよ」

「旦那様、旦那様の好きなお肉ですよ。食べませんか?」

「あー」

口を開けてぱくぱく。

「洸祈、だらしない。ちゃんとテーブルの前について」

俺も葵君に負けないよう洸祈の恋人に相応しく、躾るとこは躾なきゃ――ふふふ。これが俺様Sの力だ。

「崇弥、自分で取って食べなよ。琉雨ちゃんの分まで食べてんじゃないよ。席に座って食べて。はしたない」

「はしたなーい!うーちゃんに甘え過ぎー!お子ちゃまー!」

二連続攻撃。息も吐かせない連続責め。

(あ……何か、エロい妄想しちゃった)

恐るべし、二之宮家。

「……うっ…………」

二之宮と遊杏(ゆあん)ちゃんに注意され、傷付きやすくなっていた洸祈は胸にグサグサと刺さった針で青ざめる。

「ほんと、用心屋は崇弥に甘過ぎ。普段から甘やかしてるから、甘えたになるんだよ。ねぇ?陽季君」

俺ハ用心屋デハアリマセンヨ、二之宮クン。

てか、別にいーじゃん。

洸祈って甘えん坊になると可愛いんだもん。

行き過ぎるとウザいけど。

二之宮から隠れるように背を屈めていそいそと遠征地から帰ってきた洸祈が、俺の隣で体育座りする。そして、肩を竦めて小さくなると、俺の腕に頭を凭れさせた。

唇を尖らせちゃって、可愛いよ!

「ルー……旦那様に甘いですか……」

嗚呼!琉雨ちゃんは駄目!

今のままじゃないと、洸祈が暴走するから!

琉雨ちゃんが甘やかしてくれるから、洸祈の理性がぎりぎり保たれてるのに、琉雨ちゃんに冷たくされたら、絶対に洸祈のロリコン魂に火が付く。

世界中のロリを集めて、罵倒されながら、嬉しさで悶えるようになっちゃうから!

「うん。正直、甘いと思う。主を思って厳しくするのも愛だと思うよ」

「はう……ルーが旦那様に厳しく……」

おい!二之宮!!

お前は俺よりも洸祈の行動分析が出来てないぞ!

洸祈はドMのロリコンだぞ!

「おい、二之宮」

「何だい?甘党君」

「確かに俺は甘々派だが、琉雨ちゃんに罵られたら、洸祈が色々目覚めるだろ!お前、洸祈が幼女を誘拐し始めても責任取れんのか!?」

「…………そんなに重症だっけ?」

「重症だろ」

「…………重症だね」

俺が野菜を取っていた器から白滝を口一杯に頬張る洸祈。膨らんだ頬でもきゅもきゅと食べる姿が……やっぱり可愛い。

街中で幼女を見た時の狂気に満ちた目と愉悦の表情さえなければ非の打ち所がないのに。

「なぁなぁ、蓮君」

「はい」

「蓮君は休日は何してるん?俺はDVD借りてひたすら映画見とるけど、蓮君は何しとるんかなぁって。何か新しいことしようかなと思てな」

それは気になるかも。

俺は洸祈とデートか、買い物か、部屋の掃除かだけど、二之宮はどうなんだ?

引きこもりって普段何してんだろう。

「録画してたドラマを皆で見たり……君とあまり変わらないよ」

「え?そうですか?最近は箱庭作りに励んでません?」

「箱庭?ガーデニング?」

司野さんは箱庭を知らないようだ。

しかし、箱庭作りが趣味の人とか、近場では初めてだなぁ。それも、二之宮だし。

「箱の中のお庭なんですけど、空き箱とか空き瓶を小さなお庭に見立てて、植物や小物を使ってアレンジするんですよ」

「あ、ミニチュアハウス作りの庭バージョンやな!」

確かに、手先の器用な二之宮にはミニチュア作業はぴったりだが、あの性格で“アレンジ”というのが意外だ。

「何か意外です。俺、蓮さんって読書家のイメージがありました」

箸を置いてを緑茶を飲みながら一息吐く葵君が言った。

まぁ、俺にも二之宮にはがり勉のイメージがあったな。

引きこもりのインテリ眼鏡オタク的な。

これ、褒め言葉だからね。

「蓮様の箱庭、可愛いんですよ。凄く凝ってるし。私、蓮様の作ったボトルシップならぬボトルフォレストがお気に入りで――」

「ちょっと、董子(とうこ)ちゃん……恥ずかしいから……」

「どうしてですか?蓮様の箱庭は恥ずかしくなんかないですよ」

「いや……箱庭とか……女の子っぽいし…………」

俯いた二之宮は新鮮だ。

髪に目は隠れているが、地肌の白い頬がほんのり赤らんだのは分かった。

本当に恥ずかしいのか……。

「女の子っぽくなんかありませんよ。芸術です。恥ずかしくなんかこれっぽっちもないです」

自分の趣味を暴露された二之宮ではなく、董子さんがむすっとした。

これは……わざわざ自分の趣味を貶す二之宮に董子さんが怒ったのかな?

プライドの高いひねくれ者の二之宮は変に頑固だから、董子さんが怒るのも分からなくはない。

それに、俺も箱庭作りは二之宮にしては意外だと思うが、男が箱庭作りをすることは何らおかしいとは思わない。二之宮は追及し出すととことんするから、逆に二之宮の作った箱庭を見てみたいぐらいだ。

「あ……ありがとう……」

二之宮も董子さんの気持ちを察したようで、俯いたまま感謝した。

「そうやで。崇弥の幼女観察in駅前と比較するまでもなく、とってもええ趣味や」

もきゅもきゅ。

糸こんにゃくを口一杯に頬張る洸祈。

……俺といない時、お前は本当に何をしてるんだ。

「崇弥……よく捕まらないね」

目を座らせた二之宮が洸祈を見る。序でに、呆れた視線が皆から洸祈へ向く。

一人、琉雨ちゃんだけはご飯をよく食べる洸祈ににこにこ笑顔だ。

「大丈夫ですよー。ルーが一緒にいますから」

琉雨ちゃんのお陰か。

きっと、周囲には妹と兄に見えるんだな。

琉雨ちゃんがいて良かった。洸祈が警察の常連になるところだった。

「ほんとっ、洸は犯罪ぎりぎり。てか、琉雨ちゃんがいなかったら犯罪者だね」

「んー?」

白菜を口一杯に頬張ってしゃきしゃきする洸祈は知らん顔だ。

「あーあ、明日から東京かー。でも、用心屋なんて大抵暇してるけど」

そんなことを言って、千里君が伸びをした。真っ白な千里君の二の腕が眩しい。

まぁ、俺がアポなしで行っても大抵は店番が暇をしてるし。

千里君が店番の時は、彼は凄く面倒そうな顔をした後、客が俺だと気付くと安堵する。そして、膝に乗っけてた雑誌を開いてサボる。

これが葵君だと、直ぐに洸祈に連絡を取ってくれ、お茶とお菓子を用意してくれるのだ。

「あ……明後日には仕事…………嫌やぁー」

司野さんが千里君の言葉にがっくしと項垂れた。

しかし、社会人の言葉は胸に痛いな。

俺も仕事だし。俺だけ帰りは東京じゃなくて青森だし。明日から2週間は洸祈と離ればなれだし。

2週間も離ればなれ…………長い方かな。

「あ……あー……陽季さん、貰った?」

千里君が思い出したように両手を合わせた。

「貰う?千里君、何を?」

「あれ?洸、まだプレゼントあげてないの?」

「プレゼント?」

もやしを口一杯に頬張る洸祈はしゃきしゃきと音を発てる。

洸祈からプレゼントは貰っていない。プレゼントの話題すらなかった。

貰ったのは、出会って早々の洸祈のハグと軽いキスぐらいだが、これが千里君の言うプレゼントではないだろう。

「昼間、どっかで陽季さんにあげるってなんか買ってたなかった?」

「ああ、お土産屋だ。陽季さんにって、なんか買ってたね。陽季さんって、明日から東北ですよね?」

葵君も何か思い当たったようだ。

「……うん」

洸祈が俺に?

俺はプレゼントよりも、洸祈が俺のことを思ってくれたことに嬉しくなった。これだけで、また明日からの東北での公演を頑張れる。

「はる……目、瞑って」

「あ……うん」

洸祈が膝立ちになって俺に向き直っていた。

目を閉じれば、洸祈の浴衣から衣擦れの音がする。

そして、洸祈の熱を顔に感じた。

多分、近い。

そして、洸祈の腕が俺の頭を抱えた。

え……千鶴さんのいる前でこんなに密着しちゃっていいの!?

「まぁ」

ほら、千鶴さんが驚いてる。

てか、髪を触られた?

「旦那様、陽季さんにぴったりです!」

ぴったり?

「うん。陽季…………好きだし」

告白しちゃうの!?こんな公に?

「陽季、もう目開けていいよ」

「あ……うん」

目を開けると、座ってもちもちとつみれを頬張る洸祈が映った。

まるで、目を瞑ってから一連の出来事が夢だったかのように思える。もしかして、俺の妄想なのか?

しかし、洸祈の温もりを辿って頭に触れれば、何かに触れた。

「髪に何か……」

手に硬い……髪飾り?

「紅葉の髪飾りだよ。随分と精巧な。崇弥にしてはセンスいいんじゃないの?」

二之宮が教えてくれる。

「洸祈、外して見てもいい?」

「別にいいよ……」

洸祈はつみれを鍋から追加しながら言う。洸祈は目を開けてから一度も俺を見てくれていなかった。

クリップを外せば、紅葉の形をした針金細工。光の加減でオレンジだったり、赤だったり、黄色に変化する。

紅葉の中心には宝石かな?

「水晶。ここの名産」

「そうなの?ありがとう!」

俺の妄想じゃない。洸祈からのプレゼントだ。

幸せ過ぎる。

俺は髪に飾りを付け直し、皆に見せつける。

ふっふっふー、いいだろう。もっともっと見てくれて構わないよ。

「俺、今度の舞台で絶対にこれ付けるから」

「わぁ!やったな、崇弥!」

「旦那様、良かったですね!」

「……うん。見せびらかしてもいいよ……でも、なくしたら許さない……」

本当は誰よりも洸祈に見せびらかしたいのだが、照れ屋な洸祈にはまた二人きりの時に見て貰うことにする。

背中を丸めた洸祈は豚肉をもさもさ食べて――俺は世界中の皆に言いたい。


俺、幸せ者だよ。


「なくさない。絶対にだよ」

今日の温泉旅行、来れて本当に良かった。

また一歩、皆と距離近付いたし。

内堀ばっかり埋めてる気がして、外堀をあまり埋められていないんじゃないかって。

俺は皆の知っている洸祈じゃなくて、皆の知らない洸祈に出会って恋をしたから。それも、洸祈にとっては家族に知られたくない頃の洸祈だ。

「…………あれ?陽季さん泣いてる?」

俺、泣いてなんかないよ?千里君。

「え!?陽季?泣かないで!」

上目遣いで俺の肩を掴み、揺さぶる洸祈。やっと俺を見てくれた。お前が俺に買ってくれた髪飾りを見てくれよ。

しかし、「だから、泣いてないって」と言おうとしたら、洸祈の頬に雫が落ちた。

一体どこから――?

「陽季、嫌なこと思いだした!?陽季の心痛くするならそれ捨てるから!!」

「いでっ!!」

髪の毛を洸祈にひっ掴まれたかと思えば、髪飾りを無理矢理引き剥がされる。

10本は髪が抜けた。

「こんなもの要らない!捨てる!陽季には似合わない!ゴミ!」

声を荒げた洸祈は握った俺の抜け毛ごと拳を振り上げる。

視界に入った葵君も驚きで口をぽかんと開けていた。きっとここにいる皆がそうだ。

だけど、

「駄目だ!!」

それはもう俺の宝物なんだ。俺の幸せなんだ。

「はるっ!?」

俺は今どんな顔だろうか。

不細工に泣いているのか?

それとも、怒っている?

そのどちらでもないにせよ、俺は髪飾りを握る洸祈の腕を掴んでいた。

「陽季……」

「それは俺が貰ったんだ。洸祈が勝手に捨てていいものじゃない」

「でも、陽季を泣かせた!」

何でお前はそんなとこで気遣いスキル発動してんだよ。自分が傷付く選択ばかりして、ドM過ぎるんだよ。

「馬鹿か!!俺がお前からプレゼント貰って悲しむわけねぇだろ!!嬉し泣きだ!!それ捨てたら、今度は本気で泣くからな!!」

「あ……っ……」

唇を固く結び、眉間にシワを寄せて力む洸祈。その顔は、悔しいんだろう?

お前はいつもそうだ。自分は正しいと思っている。なんせ、自分を犠牲にしてまで他者を助けるんだからな。テレビで放映されれば、その手の話は美談として周囲に賛美されるだろう。

でも、俺には違う。

俺は洸祈が傷付いてまで守られたくはない。

だから俺は、洸祈の行いがどんなに拍手喝采を浴びようと、俺だけは洸祈を褒めてなんかやらない。そうじゃないと……誰か一人でも洸祈の命を重んじてやれる奴がいないと、洸祈は自身の命を軽んじてしまうから。

「俺の髪飾り返せ」

「うっ……ぅ」

洸祈はぷるぷると震えながら拳をテーブルの端に置き、手のひらを広げた。

俺の髪と一緒に髪飾りがテーブルに乗る。

髪の毛13本か。禿げるな。

「…………ごめんなさい……。俺、鈍いから……間違えてばかりで……陽季を泣かせちゃうから……」

「間違えるのは当たり前だ。俺がお前じゃないように、お前は俺じゃないからな。でも、“ばかり”って言えるぐらい、俺のことを沢山考えてくれてるだけで、俺は嬉しいよ。それは嬉し泣きをするぐらいにだ」

謝りながら悔しそうに顔を歪め、しかし、目尻に涙を溜める洸祈。

自分の感情も分かっていないようだ。鼻を啜り、ごしごしと目尻を拭う。

男前が台無し。ぐちゃぐちゃ顔だ。

俺の胸は貸してやるから、その顔が元通りになるまで隠すといいよ。


俺は偏見のない温かい視線の中で、洸祈の上体を頭ごと抱いてやった。







雑炊で締められた夕食から1時間は経過し、各々部屋に帰っていた。

しかし、由宇麻と蓮は2回目の風呂に浸かりに行き、それに付いて行こうとした洸祈は蓮に嫌がられて陽季と部屋に帰った。

そして、葵はというと、シングルベッドで千里に抱っこされながら、千里と二人でテレビを眺めていた。



俺が落ち葉に真剣白刃取りを決めるリスを見ていると、「可愛いね」と言った千里が俺の頭に鼻を埋めた。

俺は気にしていないふりをしてやる。

が、千里の鼻先は徐々に移動し、俺の耳朶に触れた。

「お前……鼻冷たい」

「……なら、舌で舐めてあげよっか?温かいよ?」

耳朶を唇で摘まんだ千里は言った瞬間に熱い吐息と一緒に舌を這わせてきた。

擽ったくて、俺の体は反射的に逃げ出すが、千里は腕を俺の腰に回して引き寄せる。千里の胸板が背中に触れたのが分かった。

「他に寒いところはある?僕が舐めてあげるよ。どこでもね」

「ない」

「ふーん」

「!?」

浴衣の裾をガードしていたら、襟首から千里の手が入ってくる。しゅるりと蛇のように滑らかに……じゃないだろ。

「こことか冷えてなーい?」

「……っ!?」

わさわさと浴衣の下で千里の片手が蠢き、千里のせいで敏感になってしまった箇所を指の腹で撫でられた。

俺は片手で下半身をガードし、もう片手で取り敢えず千里の手を浴衣の上から捕まえる。

「せん!!」

「いやー、寒そうに覗いてたんだもん。あおのここ。寒さで強張っているようだつたし、舐めて温めてあげようという僕の優しさ」

「優しくない!」

俺は肌の上を這い回る千里の手を外に出し、襟をきつく閉じた。しかし、往生際の悪い千里の手が俺の肩を彷徨く。

「むむむ。……何でさ。この体勢は許してくれるのに、お触りは厳禁なの?山盛りの餌の前でお座りさせられてる気分なんだけど」

千里の指が俺の肩を歩き、頬へと歩み出した。

「俺は食べ物で遊ぶ奴は嫌いだ。第一、お前は暴飲暴食だ。陽季さんと洸祈を見習え」

俺は振り払うように首を振るが、千里の指は俺の唇へ。むにっと唇を摘ままれる。

「見習うとか無理。僕はね、隣に座った洸と肩が触れただけでご満悦顔の陽季さんみたいにはなれないの。押し倒す。キスをする。ぐちゃぐちゃのどろどろに――」

「昨日もした、今日も風呂場でした、押し倒すもキスもぐちゃぐちゃのどろどろもした。まだ足りないのか?」

陽季さんと洸祈に比べたら何十倍も色濃く過ごしていると思う。まぁ、二人のベッド事情までは知らないから言いきれないが……千里ほどではないだろう。

しかし、振り向けば、待ち構えていた千里に唇を奪われる。

言わずもがな、答えは「足りない」らしい。

本のページを器用に捲る黒猫をバックに、俺は千里に深く口付けられる。

がっつかれ、被さってくる千里に反らされた俺の背中は悲鳴を挙げる。

「んっ……んんっ!せんっ!」

運動不足の俺の体が死ぬ!

「だってしょうがないじゃん。まぁ、ちょっとは陽季さんより欲しい欲しい言ってる気がするよ?でも、二人は皆の前でも堂々としてるんだもん。すっごく近いじゃん。周りにもろバレしてるじゃん」

「それがどうしたって言うんだ。俺達は陽季さん達よりも長い時間一緒に過ごしてるだろ」

「部屋の中でね。それも、皆に隠れて」

こうして部屋の中で、な。

「……お前は見せびらかしたいってか?分かってるだろ?俺達はアブノーマルだ」

「…………わ……かってるよ……」

そのことは千里も重々承知しているらしく、しゅんとする。

そして、俯いて黙る。

「………………あお」

「……ん?」

「お夕飯の時、洸のお土産で色々あったでしょ?」

「ああ、あれね。陽季さんが嬉し泣きした時の」

陽季さんが泣いたのにも驚いたが、洸祈が激情したのにはもっと驚いた。

洸祈をこんなにも好きになってくれる人がいることは自分のことのように嬉しかった。俺も嬉し泣きをしそうになったぐらいだ。

なのに、嬉し泣きなのは直ぐに分かったが、洸祈は本当に鈍い。何をどう捉えたらそうなるんだとツッコミを入れたくなった。

「…………陽季さんが洸を抱き締めた時のお母さんの顔見てた?」

千里がテレビを消した。静寂が満ちる。

千里の大好きな動物大全だったのに。

「………………いや。……お前は?」

「見たよ」

「………………………………どうだった?」

「……察してた」

「…………洸祈と陽季さんの関係を?」

「……うん」

なにも心配は、千鶴さんに洸祈と陽季さんの関係がバレたことじゃない。その先だ。

千里の母親が“同性愛者”に対してどう反応したか。

決して寒くない、完璧な空調の中で、俺は寒さを感じて毛布をかき集めた。

千里は俺と視線を合わせはせず、大きく広げた腕で俺を毛布ごと抱き締める。

「それで?……どう……だった?」

俺は敢えて内容については付け加えずに訊ねた。しかし、千里には俺の言いたいことが伝わる。

何故なら、これは俺達に共同の悩みだから。

「……………………見守る……他の皆とおんなじだったよ」

それはつまり、千鶴さんは同性愛者に理解を示したということ。

少なくとも、洸祈と陽季さんには。

「…………………………」

「………………あお、あのさ――」

「構わない。俺は千鶴さんにバレてもいい。千里に任せる」

千鶴さんが洸祈達を理解してくれた。それだけで十分だ。それ以上は俺達から千鶴さんに対して努力するしかない。

「…………お母さんは僕達を認めてくれると思う?」

「分からない……でも、千鶴さんは絶対に真剣に話を聞いてくれると思う」

「…………うん」

確かに、状況は違うだろう。

息子の友人が同性愛者なのと、息子が同性愛者なのは一線引かれている。全くの別問題だ。

だから、

「俺が言ってもいいよ。千里を俺にくださいって」

千里に覚悟ができているなら、俺から千鶴さんに言ったって構わない。

「……からかうのはやめてよ」

いいや。からかってなんかいない。

「お前、昔、俺に言っただろ。俺がおじいちゃんになっても俺を愛してくれるって。死んで生まれ変わっても俺を好きになるって」

「い……言ったけど…………」

俺の首筋に痕を付けながら、おどおどと言う千里。

不安になると指をしゃぶる人もいるらしいが、千里は不安になると俺の首にキスマークを付けるのか?

「一生涯、それも死んだ後まで俺の面倒みてくれる奴なんか、お前ぐらいだ。お前が欲しくなるに決まってんだろ。俺は老後を寂しくはしたくはないし、生まれ変わった時に蜘蛛だったとしても、好きになってくれるんだろ?俺の為にハエとか取ってきてくれるんだろ?」

「…………く、蜘蛛!?ハエ!?む、むむむむ……り………………でも、蜘蛛のあおはスパイダーマンごっこしないよね?うじゃうしゃ走ったりしないよね?あおだって分かるように教えてくれるよね?」

「ふーん……」

「お、怒った?」

「俺も蜘蛛苦手だから。でも、生物全体で考えたら、人間になるのは大変だな。今を大事に生きるか」

兎に角、俺には自分を同性愛者だと認め、千里を愛していると認め、それを告白することができる正当な理由があるのだ。だから、俺は千里をからかうこともしないし、冗談も言わない。

「あお?」

「俺は準備出来てる。お前が千鶴さんに言うことも、お前と一緒に千鶴さんに言うことも、俺が千鶴さんに言うことも。それでもし、千鶴さんに認めてもらえなくても、俺は別れない。俺が別れる時は、お前に別れてくださいと土下座され、高額の慰謝料を貰った時だけだ。勿論、慰謝料はびた一文まけない。そうだ。それと、お前の尻を貸して貰うからな。俺の童貞はお前で捨てさせてもらう」

「何さ、その言い方!僕はあおと別れたりなんかしないよ!?あおから頼まれたってお断りだから!!酷いよ!」

「酷かったな……悪い」

こうでも言わないと、お前ははっきりしないから。

「ううん。ありがとう」

……どうして俺の浴衣が肌蹴に肌蹴まくっているのかは聞かないでおく。

千里が毛布で簀巻きにした俺の肩口に唇を当てた。そして、そこに鈍痛が走る。

噛まれた。

「……千里……」

「少し考えさせて。葵の気持ちは分かったから。それと……言う時は僕からお母さんに言うから」

「そうか」

「だから…………ここからは…………」

はいはい。

オトナの時間だな。

千里の足に跨っていると色々分かる。こんな時でも千里は欲望に忠実で……。

それも、千里で童貞を捨てさせてもらうと言った矢先にだ。言っていることと感じていることがちぐはぐだ。

それに、一体千里は何を想像したのやら。

千里は絶対に“下”になることは許さないタイプだから、俺が千里で童貞を捨てる妄想ではないだろう。

「葵、朝一でまた露天風呂入ろうね。二人っきりで朝日見ながら色々しちゃ――えほえほ……」

今更咳払いしても言いたいこと言っちゃってるぞ。

「だから、今夜は味見を。つまみ食い程度ならいい?」

「…………阿呆」

まぁ、駄目だと言っても、お前はこの高ぶりを「あおの中じゃないと……」と言うんだろう?

しかし、こいつは本当につまみ食いで満足できるのか?

「食材に感謝し、丁寧に食えると約束できるなら、許さないでもない」

「できる!できるから!感謝!あおの肉体美に感謝する!」

「……………………そこは感謝しなくていい」

しかし、これ以上待たせたら千里が暴走しそうだから、俺は巻かれた毛布を緩めた。そして、千里の手に従って千里に組み敷かれる。

「いただきます」

手を合わせてエライエライ。とか、言うわけないから。でも、その心意気だけは評価してやる。

「ん……食べてよし」

しかし、千里を少しは見直してつかの間、俺は千里にがっつかれた。


やっぱこいつは暴飲暴食だ。

~おまけ~


「とりっくおあとりーと!」

「はい、お菓子。洸祈の好きなチーズケーキだよ。俺の手作り」

「……………………ばか!なに、お菓子用意してんだよ!とりっく!とりっくさせろよ!」

「え!?お菓子要らないの!?俺、昨日から徹夜で……分かったよ……チーズケーキ要らないんだね…………」

「は!?いるに決まってんだろ!」

「でも、とりーとしたいんでしょ?」

「……………………とりっくあんどとりーと!!!!」

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