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リア充にごはんをあげたらリアル獣?に囲まれて困った

作者: 黒六

主人公はリア充シリーズの桜シェフです。



『お願いします! 我々に料理というものを教えてください!』



 いきなり頭を下げられて、俺はかなり混乱していた。



 


 ドラゴンが俺に料理の教えを乞う。

 それだけじゃない。

 でっかい狼やら、戦闘機みたいな大きさの鳥やらも頭を下げてくる。



 どうしてこうなった?










 確か俺は溝口と一緒に厨房に鍵をかけて出てきたはずだ。

 いつものようにフロントの連中に声をかけて裏口の扉を開けて…







 気付いたら草原のど真ん中に立っていた。

 しかも見渡す限り一面の草原で、まわりにビルどころか家一軒ない。



 空気がとても綺麗だ………なんて言ってる場合じゃない。

 砥ぎ直ししようと思って持って帰ろうと思った包丁は………

 


 あった。

 少し離れた場所に散らばっていた。

 急いで取りに行くと、運よく一本の欠けもなかった。

 愛用の肩掛け鞄に仕舞いこむ。

 


「良かった………こいつが行方不明になったらどうしようかと思った」



 ぐうぅぅぅぅぅ~



 少し安心したら腹が減ってきた。

 とはいえ、こんな場所に食べ物があるわけもない。

 ある程度の調味料なら持ってるから、最悪食材が手に入れば何とかなる。

 見渡す限り何もない草原だし、こんなところに飯屋があるなんて期待しないほうがいいだろう。

 もしどうしようもなかったら、野草でも探して食べればいいか…





 そんなことを考えてた自分を殴ってやりたくなった。

 


 

 野草だと思った草は異様に甘いのとか異様にすっぱいのとかしかなかった。

 小松菜っぽい草は何故かだだ甘だし…





 

 そんな時、遠くの方から豚の鳴き声がした。

 まさか野豚? それとも猪か?

 捕まえて食ってやろうか…



 と思ったら………二足歩行している3メートルほどの豚だった。

 ずいぶんと殺気立っていらっしゃるけど、どうも俺を狙っているらしい。

 しかもその下腹部が異様に盛り上がってるのは………まさかそれはないよな?



「俺は女じゃねーし!」

「フゴッ!」



 少々…というかかなり貞操の危機を感じながら、全力疾走で逃げる。

 段々と追いかけてくる足音が増えてる。

 こいつはやばい。

 息はとっくに上がってるし、足だってもうそろそろ限界だ。

 と、下草に足を取られて転んでしまった。

 


 とっさに後ろを見ると、そこには数十頭もの豚野郎?がいた。

 そうだ、これは夢だ。

 でなければ、豚に蹂躙されることなんてないはずだ。

 豚なんて食材じゃないか。

 こいつらは手足は筋ばっていそうだけど、いいダシが出そうだ。

 腹周りなんて脂の乗りもいいと思う。

 夢ならさっさと醒めてほしい。

 腹が減りすぎてまともな思考ができてない。

 


 豚野郎?の手が俺に向かって伸びる。

 俺の命運が尽きるまであとほんの数センチ……… 

 だが、その時はいつまで経っても来なかった。

 

 

 俺達の頭上を通り過ぎるいくつもの巨大な影。

 豚野郎?達はそれを見て明らかに怯えている。

 散り散りに逃げようとするのを、舞い降りた影が押しとどめる。

 


 それはゲームや漫画でしか見たことない生き物。

 ドラゴンの群れが豚野郎?達に襲いかかっていった。

 


 そこにはまさに惨劇があった。

 俺を追いかけまわした豚野郎はドラゴン達によって無残にも食い散らかされた。

 いきなり立て続けに起こった光景に、しばらく呆然としていた。

 そのおかげか、俺はドラゴン達に獲物として認識されなかったらしい。



 少し落ち着くと、無性に腹が立ってきた。

 一体何に対してか?

 もちろんドラゴンに対してだ。



 こいつらはどうしてこんなに汚く食い散らかしてるんだ?

 歩留まりも考えてない。

 骨に肉がたくさん残ってる。

 勿体無いにもほどがある。



 ふと、鼻に肉の焼ける香ばしい香りが入ってきた。

 どうやらどこぞのドラゴンが吐いた炎で焼けた豚野郎がいたらしい。

 しかも、だ。

 焼けた豚野郎には全く見向きもしない。

 食わないなら焼くなと言いたい。

 レアがいいならもう少し火加減を調整しろよ。



 いてもたってもいられなくなって、焼けた豚野郎の傍に行く。

 ドラゴン達は他の豚野郎を食っているので、俺には全く気付かない。

 目の前には、外側が黒く焼かれた豚野郎。

 肩掛けカバンの中から肉切り包丁を取り出して、肩のあたりの肉を削いでみた。



「駄目だこりゃ。完全に炭だ」



 今度は腹のあたりを切り取ってみた。

 やはりここも炭だった。

 火加減が強すぎる………というか、料理に使う火力じゃない。

 焼ける匂いはかなり上物の豚肉の匂いだった。

 何て勿体無いことをするんだこいつらは!

 


『そこで何をしている、矮小なる者よ』



 俺がぷりぷり怒っていると、頭上からそんな声がかけられた。

 声のする方向を見上げると、一際巨大な金色のドラゴンが俺を見下ろしていた。

 あまりにも圧倒的な存在感。

 神々しさすら感じるその身体の輝き。

 全てを平伏させるような威圧感。

 そこには如何なる者も抗えないのだろう。



 だが、今の俺は止められない。

 こんな上質の豚肉を生で食い散らかし、焼き加減も知らない。

 料理というものを冒涜してるとしか思えない。

 矮小な者?

 ふざけんじゃねぇ。

 味付けもしないで喰らうしかできない奴等が偉そうにするな。

 だから………言ってやった。



「食材の無駄遣い野郎が偉そうにしてんじゃねぇ! 黙って俺に料理させろ!」



 金のドラゴンは、俺の反論が予想外だったらしく、暫く何も言うことができなかった。









『では貴様はもっと美味くすることが出来るというのだな?』

「こんなにいい豚肉だ、もっと美味くできるはずだ。味付けも無しに生肉を食うなんて食材への冒涜だぞ。確かに素材の味を重視することもあるが、もう少し考えて食えよ」

『我等とて久方ぶりの食事なのだ、そのようなことに手間をかけることはできぬ』

「久しぶりに食うのなら、もっといいもの食うだろ? そう思うだろ?」



 いつの間にか俺と金のドラゴンの周りには他のドラゴン達も集まってきた。

 中には人間もいる。

 いや、頭に角があるから人間じゃないか。

 


『長よ、その姿では通じる話も通じないだろう。人化なされてはどうかと』

『うむ、そうだな。矮小なる者よ、貴様の戯言を聞く為にしばし人化してやろう』



 突然、金のドラゴンの身体が金色の光に包まれる。

 3階建てのビルくらいの大きさだったその身体は次第に小さくなっていく。

 その大きさはやがて俺と同じくらいになったが、それでも縮小は止まらない。

 ついには俺の腰くらいの高さにまで縮み、そこでようやく光が収まった。

 そしてそこにいたのは………長い金髪を靡かせた、金色の瞳を持った幼女だった。

 


 






『では貴様の腕を見せてもらおうではないか』

「その前に服を着てくれ」



 俺の前で仁王立ちして腕組みしている幼女。

 しかも全裸である。

 だがしかし、何で全裸なんだ?

 周囲には同じように人化したドラゴンが何人かいるが、幼女以外は皆服を着てる。

 何でこいつだけ服着てないんだよ。



『何故服など着る必要があるのだ? 我は常に我のままだ』

「訳のわからんこと言うな」



 幼女のよくわからない主張を聞いて他のドラゴンを見るが、皆一様に首を横に振っている。

 数人の女性が服を着せようとするが、鬱陶しそうに振り払っている。

 なるほど、こいつだけが特別なんだな?



 それはともかく、俺は早く料理がしたい。

 偶然にも、ドラゴンの鋭利な爪で引き裂かれた豚野郎がいた。

 綺麗に切断されたその肉は、脂の乗りも程良い上質な豚肉だった。

 だが、どういうわけかこいつらは全てを食わない。

 


「何でこんな勿体無い食い方するんだよ」

『こ奴等は内臓はらわた以外は筋があって食いにくいからだ』



 そんな理由かよ…

 これだけいい肉なのに…



 肉切り包丁を持って豚野郎の片足の前に立つ。

 刃先が少々鈍っていたので、簡易砥石で簡単に刃先を整えてから作業に入る。



 包丁を入れると、確かに筋が固い。

 これだけの巨体を支える足だから仕方ない。

 だがな、いくらでもやりようはあるんだよ。



 大きな筋に沿って包丁を入れ、腱を切り離す。

 小さな筋は筋切りをしておくとして、筋肉の繊維を細かく断ち切るように切り分ける。

 今は手持ちの調味料が少ないので、簡単な料理にせざるを得ない。



 付近に生えていたキャベツっぽい葉っぱを数枚持ってくる。

 一口食べてみたが、結構香りの強い葉で、感じとしては笹みたいな風味があった。

 肉に塩胡椒を軽く振って、葉っぱで包んでから、消えそうになってる炎に放り込む。

 今は炎には困らないので、火力の安定しているのを選ばせてもらった。



 数分後、周囲には蒸し焼きにされた豚野郎の肉の芳醇な香りが漂い始めた。

 俺の行動を遠巻きに見ていたドラゴン達は口元から涎を垂らしている。



「香りからするともうそろそろだと思うんだが…」

『まだか! まだなのか!』



 幼女が癇癪を起こし始めた。

 まだ最後の仕上げが残ってるんだからもう少し待ってろよ…



「確か鞄に入れておいたはず………お、あった」



 鞄から取り出したのは、自宅用に買ったスダチ果汁の瓶。

 豚野郎の肉だけだとちょっと単調な味になるんで、こいつでアクセントにする。

 柑橘の香りがいい感じだ。

 一切れつまんでみて………うん、美味い。



「ほら、出来たぞ。冷めないうちに食え」

『おお! なんだこれは! この匂いを嗅いだら涎が止まらんぞ!』



 まぁそうだろうな。

 俺だってさっきの一切れじゃ満足できない。

 こいつが食ったら俺の分をさっさと作るか…



『美味い! 美味いぞ! この味をいつでも食いたい! 我が恋人たちに振舞わせるぞ!』



 こいつ………こんな格好ナリで彼氏持ちかよ…

 しかも複数いるってことは、完全にリア充じゃねーか。

 少しは溝口に分けてやってくれよ…



「満足したか? じゃ、俺はこれで…」

『待て、そうはいかん。この味を我が恋人達に教えてやってくれ。今呼んでやる』



 そう言って幼女は口の周りを脂でテカテカにしながら、突然大声をあげた。

 いや、これは大声というよりも咆哮だな。

 耳を塞がなけりゃ鼓膜が死んでたかもしれない。

 いきなり騒音出すなっての!



 すると、突然地響きがした。

 それは段々大きくなり、それが何かの足音であることがわかった。

 何でそこまでわかったかというと………何やら四足歩行の巨大な動物がこちらに向かって走ってくるのが見えたからだ。

 それは巨大な………



「………犬?」

『バカ言うでない。あれは神狼だ』

「…で、何で神狼が?」

『勿論、我が愛しき恋人だ』



 種族全然違うじゃねーか。

 爬虫類と哺乳類じゃ生殖方法も違うし。

 そもそも人じゃないから恋人じゃねーだろ。



 神狼に気を取られていると、突然太陽の光が遮られた。

 何事かと見上げれば、巨大な鷲が大空を旋回していた。



「………もしかして、あれも?」

『うむ、我が恋人だ!』



 節操ないな!

 どこに種族的に惚れる要素がある?

 鳥だから3歩歩いたら忘れるんじゃないのか?



 そして呆然とする俺の前に、巨大な銀色の狼と、雪のように白い鷲が降り立った。

 だがこいつらは俺の想像を遥かに超えていた。



『オークの生肉うめー』

『程よく乗った脂の舌触りが素晴らしいです』



 神狼はそこいらの生肉にかぶりつき、白鷲も生肉をついばんでいる。

 そうか…あの豚野郎はオークっていうのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 それよりも問題なのは………



 2匹とも生肉に夢中で幼女のことも忘れているということだ。




『き、貴様ら………我よりもオーク肉が良いと言うのだな』

『生肉美味すぎてやべー』

『これなら永遠に食べられます』



 永遠はないだろ。

 それよりも、幼女と全く会話が成立していない。

 ていうかバカだろ、こいつら。

 特に鷲。

 なまじ言葉遣いが丁寧な分、バカさ加減が際立ってる。

 狼は………まぁ予想を裏切ってないな。



『貴様等! 我の話を聞かんか!』

『オーク生肉マジやべー。超リスペクト』

『まったりとしてコクのある喉越しが芳醇な舌触りです』



 駄目だ。

 狼は売れないラッパーみたいになってる。

 鷲に至っては、それっぽい言葉をただ並べて食通ぶってるバカだ。

 ………喉越しが芳醇な舌触りって何だよ。

 そんな表現、俺も体験してみてーわ!



『と、とにかく! こいつらに料理を教えてやれ』

「なるほど………だが断る」

『何故だ! このまま貴様を喰らってやってもいいのだぞ?』



 幼女が凄みを効かせて睨む。

 見た目は可愛らしいが、その眼光は思わず体が竦んでしまう。

 だけどな、これだけは言わせてもらいたい。










「だってこいつら………バカじゃん」

『………何故気付いた?』



 何故って………見りゃわかるだろ。

 それに、狼と鷲にどうやって料理教えるんだよ。



「それにな、まさかこの姿のままで料理できると思ってんのか?」

『そ、それもそうだな。おい、貴様等、人化しろ』

『人化? それ美味うめーの?』

『人化、それはまったりとしてコクがあり………』



 もう駄目だ。

 ここまで会話が成り立たないと却って清々しい。

 幼女は顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。

 これは………ちょっと可愛いかも。



『もういい! 貴様等を我が糧にしてくれる』

『あれ? 金竜、お怒りモード? マジやべー』

『我が君、その怒りの姿もまったりとしてコクがあり………』



 俺の目の前で再びドラゴンの姿に戻った幼女は狼と鷲に掴み掛かった。

 こうしてリアル怪獣大戦争が勃発した。

 で、俺はいつまでここにいなきゃいけないんだ?

 そろそろ俺の空腹も限界がきそうだ。










 今、俺の目の前には、多数のドラゴンとボコボコにされた状態の狼と鷲がいる。

 それどころか、象みたいなのやキリンみたいなの、さらにはでっかい蛇までいる。

 皆、俺の前で頭を下げている。

 


『これは我らに古くから伝わる【ドゲーザ】という礼の作法だ。是非ともこやつらに料理というものを教えてやってくれ』

「だから言ってるだろ、人化できなきゃ無利だって」

『そこを何とか! ちょっとでいいから!』

「ちょっとの知識で作った料理は絶対に不味いからな?」



 素人がやりがちな失敗だが、こいつらは絶対に失敗するだろう。

 だって肉球の手でどうやって包丁使うんだよ。

 翼で火加減調節できないだろ?



「………まあこいつらには無理だが、あんたのお付きのドラゴンは人化できてただろ? そいつらに教えればいいんじゃねえの?」



 幼女の姿に戻ったドラゴンは、その手があったか!みたいな顔をしている。



 お前もバカだろ?










 結局、お付きのドラゴンの方々に基本的な処理と調理の方法を教えた。

 幸いにも彼らの飲み込みは早く、しかも結構センスがいいので、本格的に鍛えればいい腕のコックになれそうな気がした。

 調味料についても、海が近いからそこで塩は手に入るらしく、スパイスもそのへんに自生してるから問題ないらしい。



「基本は教えた。後は個人の努力次第だ」

『ふん、なかなかやるではないか。もう少し早く出会っていれば恋人にしてやったのだが』

「まぁその薄い胸が谷間ができるくらいに成長してから言ってくれ」

『本当に怖いもの知らずな者よの』

「だってコレは夢だからな。夢の中なら何でも出来るんだよ」



 やけに味や香りが鮮明な夢だけどな。

 だって狼や鷲が話すどころか、ドラゴンだぞ?

 これが夢でなくてどうする。



『ふむ、貴様は自分の状態がよく解っておらんようだな。まぁいい、美味いものを食わせてくれた礼だ、これを持っていくがよい』



 幼女は髪の毛の間から1枚の金色のコースターのようなものを取り出した。

 それを俺の手に握らせると、金色の瞳で見上げてくる。



『貴様、これまでの生き様に未練はあるか?』

「未練? ありまくりだよ! 胸のでかい彼女はできないし、料理の道だってまだまだ駆け出しから抜け出た程度だからな」

『ふむ、乳のでかい娘がそんなに好きとはな………それよりも、これをずっと握っておれ。さすれば貴様の助けになろう』



 幼女が金色の物体を俺に握らせる。

 すると、途端に俺の意識が朦朧となる。

 景色がぼんやりと薄くなっていき、完全に見えなくなったところで俺の意識は途絶えた。









「先輩………起きてくださいっす………」



 溝口が俺の手を握ったまま、ベッドの横のパイプ椅子に座ったまま眠っている。

 その目は泣き腫らしたように真っ赤だった。

 はて、何で俺はベッドにいるんだろうか。

 何で溝口は泣いてるんだろうか。



「おい、溝口。何で俺の部屋にお前がいるんだ? っていうか、ここ俺の部屋か?」

「先輩!? 意識が戻ったっすか? うううぅぅぅ………良かったっす……」



 溝口はそれから2時間ほど、ずっと泣いていて話ができる状態じゃなかった。

 しばらくすると高津と綱島が来て、同じように泣き出したが、溝口よりも早く正気に戻ったので、2人から詳しい話を聞いた。



 どうやら俺は、溝口と帰る時、ホテルの通用口を出たところで滑って転んで頭を強打したらしい。

 幸い、命に別状はなく、脳にも異常はなかったらしいが、どういうわけか意識が3日も戻らなかったらしい。



「溝口はずっとお前についててくれたんだぞ? 後できちんと礼しとけよ?」

「………ああ、もちろんだ」



 椅子にもたれかかった姿勢で眠っている溝口。

 相当気が張っていたんだろう、泣き止んだと思ったら爆睡してしまった。

 そうか………心配してくれたんだな………

 あれ? こいつ………



「どうかしたのか?」

「………いや、なんでもない。店のほうはどうだ?」

「何とかやってるが厳しい。早く戻ってきてくれよ」

「わかったよ。全く、少しは俺に楽させてくれよ………」



 まさかこの場で気付いたことを言うわけにはいかないだろう。

 


 溝口の胸が大きくなってないか? なんて………










「いてててて………」

「あれ、どうしたの? 溝口ちゃん」

「いや、あの、綱島さん………誰にも言わないでほしいんすけど………」







「またブラのサイズが合わなくなってきたんすよ………」

「え? 先月サイズアップしたばかりじゃない!」

「また買い替えっすか………痛い出費っすけど、でもこれで先輩に約束守ってもらえるっすよ」







『美味いものを食わせてくれた礼だ』

「ん? 何か言ったか? 高津」

「いや、何も言ってないぞ?」



 休憩室でコーヒーを飲む俺と綱島。

 ふと、誰かの声がしたような気がした。



「そういえば、意識が無い時ってどんな感じなんだ?」

「意識が無いんだからわからねえよ。………でも、何だか楽しい夢を見てたような気がする」



 俺はポケットから1枚の金色のコースターを出す。

 これは俺が担ぎこまれた後、何故か病室で眠っているうちに枕元に置いてあったものらしい。

 誰が置いていったのかさっぱりわからないが、俺はこいつに助けられたような気がしていた。

 何故なら、俺が搬送された時、俺の心拍は停止状態だったからだ。

 何とか蘇生はしたものの、意識が戻るかどうかは医者にもわからないと言われていたそうだ。

 


「こいつが何なのかは知らないが、助けてくれたんだろう。ありがとうな」



 コースターにしては材質が薄く、かといって紙でもない。

 不思議なコースターだった。



「そろそろ休憩も終りだ、仕込みに戻るぞ」



 コースターをポケットに戻し、休憩室を後にする。

 またこれから戦場のような厨房に戻らなきゃならない。

 おかげでいつもくたくただ。

 こんな時には、胸のでかいかわいい女の子でも側にいてくれたらなんて思う。

 ちょっと高望みすぎるかもしれないが………



 いかんいかん、こんなことを考えてる場合じゃない。

 今は料理に集中しないと………










 この時の俺には想像できなかった。


 




「先輩………約束通り、胸を大きくしたっすよ……」



 獣のような目をした溝口がその豊かな双丘を見せ付けてくることを………









『美味いものの礼だ、乳の大きな娘だぞ』



 どこからともなく、威厳に満ちた幼女の声が聞こえたような気がすることを………










『人間の乳マジやべー』

『まったりとしてコクが………』



 どうでもいいようなバカっぽい声が聞こえたような気がすることを………  

溝口さんの薄い胸はこのようにして成長したそうな…

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