一瞬の入院と退院
「まったく、ユウトが病院に運ばれたって聞いたときは本当に焦ったぜ」
「迷惑かけてすまない」
「いや、でもお嬢様を思ってのことだろ?それに、お陰でお嬢様は危機を回避したみたいだしな」
戸棚の上に置いてあるお見舞いのりんごを食べながらジェームスが言う。
それ、俺のりんごなんだが。
「レミリーはどうしてる?もう起きたのか?」
「さあ・・・ソフィア姉さんから何も連絡がないからわからねぇ。でももう起きてると思うぜ」
「そうか」
俺は相槌をうった後、首筋を触ってみる。噛まれた箇所に触れると、まだ少し痛い。
ソフィアさんに魔法を掛けられ眠ったあと、俺は気がつけば病院にいた。誰に連れてきてもらったかは言われなくてもわかる。
血がほとんどなくなってたからすぐに献血が行われたらしい。もう少し遅れていたら死んでいたかもしれないという。けれどもこうして生きている。
「ジェームスは知っていたのか?レミリーの秘密」
「吸血鬼ってことか?ああ、知ってるぞ。というか、屋敷の使用人は皆知っているな。使用人たちには絶対外部には漏らさないってソフィア姉さんが約束させてるから漏れる心配はないと思う。それにもし漏れたらソフィア姉さんから・・・考えるだけでも恐ろしい」
「ほう」
「あの衝動のお陰でお嬢様が苦しんでるのを俺は何回も見ててさ。どうにかしてやりてえってずっと思ってたんだ。俺の血でもよければ喜んであげますよって言ったんだけど本気で怒られてさ」
吸血衝動は吸血鬼なら誰でも持っている本能・・・人間で言うならば生理的欲求に近い。それを我慢するとしたら相当忍耐強くないとできないだろう。
でも我慢の限界をついに越えてしまい、レミリーは俺の血を吸った。けれど別に恨みとかそういうのは全くない。むしろ今までよく頑張ったと褒めてやりたいぐらいだ。
だが、今後どうするか少しレミリーと話をしたほうがいいかもしれない。その前に俺が人間でないこともはなさないといけないけど。
「でもユウトを瀕死にさせるぐらい吸ったってことはよっぽど渇いていたんだな」
その時、ドアがノックされた。
「ユウト様、起きていますか」
「ソフィア姉さんだ。ユウトなら、起きてますよ」
「失礼します」
そう言ってソフィアさんが部屋へと入ってくる。
「具合はいかがですか」
「もう全然異常はないって言われました。点滴を終えたら、退院していいと」
「それはざんね・・・良かったです。お嬢様に良い報告ができそうです」
今残念って言いかけなかったかこの人?
「レミリーはもう起きましたか?」
「いえ、まだです。なので、私はまたこれからお嬢様が起きるまでお傍にいるつもりです。
とりあえず、ユウト様が何も異常ないかだけ確認しにきました」
そう言うとソフィアさんはお見舞い品のりんごをひとつ取り出すとナイフを取り出してするすると剥いていく。そしていくつかに切り分けると皿に盛り付ける。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
空腹だったので俺はりんごにかじりつく。ほどよい酸味と甘さが体を満たしていった。
「では私は一旦戻ります」
ソフィアさんはレミリーのもとへ向かっていった。ジェームスを見ると、羨ましそうな表情で見ていた。
「ん?どうした」
「いや、お前一体どんな魔法を使ったんだ」
「は?」
「ソフィア姉さんにりんごを剥いてもらうなんて、羨ましすぎるぞ・・・。くそぅ、それ俺にも一つくれよ。さっき食ったけど」
ジェームスが皿の上のりんごを取ろうとするので俺はひょいっと皿を動かして回避した。
「嫌だよ。ちょっと空腹だったし。まだそこにあるんだから勝手に食えばいいだろ」
「わかってないなユウトは。ソフィア姉さんが剥いてくれたからこそ価値があるんだよ」
「??」
そうしてなんか語りだすジェームス。
よくわからないがつまり、こいつはソフィアさんが好きなのか?まあ確かにあの人、冷淡でクールだけどかなり美人だからな・・・気持ちはわからなくもない。
「そう言えばソフィアさんって普段どんな感じなんだ?」
「ん?なんだ、ユウトはソフィア姉さんでも狙ってるのか?」
「違う。すぐそういう発想に持っていくんじゃない。単純な知的好奇心だ」
「はいはい、そういうことにしておくよ。と言っても、普段もあんな感じだよ。冷静で、笑った顔を見たことがない。けど仕事も護衛も何もかもできる完璧超人だ。それに加えあの忠誠心。一体どうやってお嬢様はソフィアさんを従えさせたんだろう・・・。
それと、ソフィアさんの強さは規格外だから、戦って勝てると思わないほうがいい」
あの人の強さは戦わなくてもわかる。恐らくあの人は百戦錬磨を乗り越えた武人。正攻法だと勝てるビジョンが浮かばない。
まあソフィアさんのことは一旦置いておいて、これからどうするかを考えないとな。
点滴を終えるまでは帰れないので、俺はその間ジェームスと話していたが、帰ってしまうといよいよ暇になったので読書でもすることにした。
そうしてしばらく本を読んでいると、再びドアがノックされる。
「はい」
俺が返事をするが、何も応答がない。
「・・・?どちら様ですか」
「えっと・・・その・・・」
声で誰かわかった。レミリーだな。
「レミリー?どうしたんだ。入っていいぞ」
「え、ええ・・・」
ドアが開かれ、やけに恐縮したレミリーが入ってくる。続いて、ソフィアさんも入ってきた。レミリーの髪の色は本来の色である銀色に戻っている。
レミリーとソフィアさんは近くにあった椅子に腰掛けた。
「その・・・具合はどう?ってはは、原因である私が聞いてどうするんだろうね・・・」
「もう全然問題ないってさっき医者に言われたよ。もうすぐ点滴が終わるから退院できるって」
「それは良かった・・・本当に良かったわ」
そのまま暫く無言のまま時間が過ぎていく。
やがてレミリーが一言こう言った。
「まず、謝らせて」
真剣な表情になったレミリーに俺は頷いた。別に謝る必要はないんだけど、本人の決心を無駄にするわけには行かない。
「本当にごめんなさい。いえ、ごめんで済む問題ではないわよね・・・私はもう少しで貴方を死なせてしまうところだったのだから・・・
決して許される問題じゃないと思ってる。私はそれだけのことを貴方にしたから・・・。
だから私決めた。この罪を償うって」
「・・・なに?」
「え、お嬢様最後のは何を言って――」
「いいの、これは私が決めたことだから。
・・・ユウト。もう知っていると思うけれど、私の秘密を教えるわ」
そうしてレミリーはぽつぽつと自分の生い立ち、人間でないこと、病弱で残り命がもう少なかったこと・・・などいろいろな話を聞いた。
一息ついたところで、俺は気になることを聞いてみた。
「残り命が″少なかった″ってどういうことだ?もう治ったのか」
その質問に、ソフィアさんとレミリーが目を合わせた。そしてレミリーが再びこちらを見る。
「その事なんだけどね、ユウト。
実は、貴方の血を吸ってから病気の症状がぴたりと止んだの。最初は嘘かと思ったんだけど、さっき屋敷の医者に診てもらったら健康体そのものだって」
「何?それは本当か!よかったじゃないか」
随分苦しそうにしていたからな。俺も胸を痛めていたから朗報だ。
ただ、どうして突然治ったのだろう。
「ほら、お嬢様言った通りだったでしょう?」
「ん?」
「お嬢様、さっきまでユウト様に絶対嫌われたってずっと落ち込んでいたんです」
「ん、なんで俺がレミリーを嫌いになるんだよ。
確かに、俺は死にかけたけど、結果論としては死んでないんだし、それに吸血鬼が吸血して何が悪い。レミリーは今まで我慢してきたんだ。俺はそれだけでもむしろ尊敬するよ。だから、そこまで罪悪感を負う必要はないさ」
「・・・っ」
俺がそう言うと突然、レミリーの頬を涙が伝った。俺は指でそっと拭ってやる。
「何泣いてんだよ。レミリーはもっと堂々としていればいい。いつものようにしていればいいんだ。そんなに泣いていると、可愛い顔が台無しだぞ?ほら、こういう時は笑うんだ。こうやってな」
そう言って俺はレミリーに笑いかけてやる。しかし、その顔がおかしかったのか、レミリーがくすっと微笑んだ。
「ユウト、笑顔作るの慣れてないでしょ・・・、顔が引きつっているわ。ふふっ」
「人の顔を見て笑うなよ・・・」
「でも、ありがとう。貴方がそう言ってもらえただけで、私はかなり救われたわ・・・。本当にありがとう・・・ユウト」
そうして俺は、レミリーに感謝された後点滴を終えて無事に屋敷へと帰ることができた。
しかしこの時の俺は、自身の体に何が起きていたかなんて知る由もなかったが、すぐに知ることとなる。