血の生贄
「レミリー、お前泣いてるのか・・・?」
「ぐっ・・・う、うぅ・・・」
「お嬢様!!」
一瞬隙が出来た際に、ソフィアさんが俺とレミリーを引き離してくれた。
俺はそのまま脱力してその場に尻餅をつく。
「はわわ・・・お嬢様が血を吸いなすった・・・。
こりゃ大変だ・・・」
老婆の医者はそう言うと待合室から去っていく。ソフィアさんは、待合室の鍵を閉めると、施錠の魔法を唱えた。
「ソフィアさん・・・貴方魔法使えたんですね・・・」
「_!!
あなた、生きて・・・?その件についてはあとで説明致します。今は一刻も早くお嬢様をお救いするのが先決です」
レミリーは、虚ろな表情でじっと俺を見ている。その目はまだ赤く、まるで狙っているかのようだった。深紅の髪がより一層彼女を吸血鬼として象徴している。
ソフィアさんはレミリーの動向を伺いなからこう言う。
「今、お嬢様は貴方を獲物として認識しています。あれは吸血鬼なら誰でも持っている本能・・・。
お嬢様は今まで人間を吸わないできました。理由は殺してしまうから。本来、吸血鬼は相手を生かしながら血を吸うことが可能です・・・。ですが、お嬢様は吸血鬼としての衝動があまりにも強すぎた。一度血を吸ってしまえば最後、相手の血がなくなるまで吸ってしまいます」
そうしてソフィアさんは自身の首筋を見せる。そこには2つ、小さな穴のような傷が出来ていた。
「私も噛まれました。しかし吸われる寸前のところでお嬢様は欲求に勝ったのです。私が生きているのがその証です。
ですが今のお嬢様は正気を失っています。これは今までにないものです。今も、私がこうして牽制しなければ襲ってくるでしょう」
「・・・・・・」
俺はレミリーを見た。
彼女はじっとこちらをうかがっている。その目からは涙が溢れていた。心なしか体が震えているようにも見える。
噛まれた首筋をに触れてみると、ぬるっとした感触があった。結構ぶっすりいったんだな・・・。それだけ血が欲しくてたまらなかったということか。
・・・・。
ふぅ・・。でもこれでやっとレミリーに助けてもらえたお礼が出来そうだな。
俺は体に力が入らないのを感じながら、ゆっくりと立ち上がる。そしてそのままレミリーの元まで近寄っていく。
「なっ!死ぬ気ですか!?」
ソフィアさんが声を荒げて言ったが、俺は首を横に振る。
「死ぬ気はさらさらないですよ。でも、レミリーは泣いてます。普通、獲物の為にわざわざ泣いてくれますか?
彼女はこれまで吸血衝動を我慢してきた。ソフィアさんも言っていたように本来、吸血鬼がその本能的衝動を我慢するというのは耐えられない苦しみを伴うはずです。それを今まで吸血せずに生活していたというだけでも彼女がどれだけ辛く、苦しい生活をしてきたか想像もつきません。
けれど、今こうして正気を保てない状態が出来てしまった。元に戻すにはどうすればいいか。そう、生贄がいればいいんですよ結局は」
「貴方、まさか――」
止めようとするソフィアさんに微笑みかける。
「ええ。俺がレミリーの゛食料゛となりましょう。これでやっと、助けてもらった恩をチャラにできることができます」
そうしてレミリーに見えるようにして首を向ける。
「レミリー・・・今まで辛かっただろう。
だがもう大丈夫だ。俺の血が欲しいのなら好きなだけ飲め、そして生きろ。吸血鬼という種族がこの世から消えてなくってはだめだ」
レミリーは再び俺の首元へと噛み付いた。ソフィアさんは、持っていた剣を床に落とす。
「あなたは本当に愚かです。わざわざ見ず知らずの他人のために生贄となって死のうとするなんて・・・」
しかし、そういうソフィアさんには毒気が感じられなかった。再び続ける。
「ですが・・・その勇姿だけは見させてもらいました」
そう言ってソフィアさんは小さな声でなにかを呟いた。
ほどなくして、俺は猛烈な睡魔に襲われ、意識を沈ませていった。
「う、うん・・・?」
目が覚めると私はベッドの上で寝ていた。暫く寝ぼけ眼で、周囲の状況がわからなかったけれど、やがて意識がはっきりとし視界もクリアになるとここが自分の寝室であることがわかった。
「お嬢様、目が覚めましたか」
ソフィアが私の額に手を当て、続いて胸に手を当てる。異常がないことを確認したのか、ゆっくりと私を起こしてくれた。
「えっと・・・私は」
「お待ちください。私が順を追って説明いたします」
私が思い出そうとしたのを制止して、ソフィアは続ける。
「まず、お嬢様は先ほど暴走状態に陥っていました。吸血を我慢していた衝動が、ついに爆発してしまったのです」
「うん、それは覚えてるわ」
「そしてその際居合わせた彼・・・ユウト様に吸血を行いました」
「!!」
私は顔が青ざめるのがわかった。私が、ユウトに吸血した・・・?
「ユ、ユウトは!?ユウトは何処にいるの!?」
「落ち着いてください。それもちゃんと説明いたします」
ソフィアは私のお気に入りのティーカップに紅茶を注ぐと、そっと手渡してくれた。
私は紅茶をすする。
幾分か気分が落ち着いてきた。
カップをソフィアに渡す。
話ができる状態だと判断したのか、ソフィアは再び話し始める。
「ユウト様は・・・残念ながら・・・」
「え・・・」
私は目の前が真っ暗になっていく感覚に陥いる。
まさか、私・・・ユウトを殺してしまったの・・・?
ついに、私は一番恐れていたことをしてしまった。後悔と罪悪感で胸がいっぱいになる。
「残念ながら・・・生きておりました」
「う、うぅ・・・え?」
ソフィアを見るとにやにやしていた。
「私も死んだとばかりに思っていましたが、あの方の生命力は渋とさを通り越してもはや尊敬に値するといっていいでしょう。お嬢様は確実に致死量以上の吸血を行いましたが、ユウト様はご存名です。現在は病院で点滴を受けております。意識もはっきりしていましたし、医師もこんなの普通はありえないとおっしゃっていました」
私はそれを聞いた瞬間涙がこぼれ落ちそうになった。ユウトが死ななかったから?それとも人殺しにならずに済んだから?わからない、けれども、心底安心している自分がいた。
その時だろうか。体の異変に気付いたのは。
体が妙に軽い。いつもなら重く感じるのにまるでこのままどこへでも走っていけそうなぐらい体が身軽に感じられる。
私は気になって思わずベッドから降りて背伸びしてみる。気分も爽快だし、何より胸が全然苦しくない。
「お、お嬢様・・・そんなに急に動いたらお体が・・・」
「違うの、ソフィア。逆なの。全然胸が苦しくないのよ。体も軽いし、まるで病気がなくなったかのような感じだわ!」
「まさか、そんなはずは・・・」
ソフィアは不審そうに見るが、私はそんなのお構いなしに部屋を駆ける。そしておもむろに窓を開けた。冬の厳しい寒さの中、太陽が照りつけるが、なんともなかった。むしろ心地いい。
ソフィアはそれを見て驚きに目を見張る。
「まさか、本当に治って?」
「わからない。けれど、その可能性はあるかも」
でもどうして急にそんな元気に・・・
ん、待てよ・・・。
そこで私は一つの結論に至った。
「まさか・・・吸血?」
ソフィアも同じことを考えていたようで、こくりと頷いた。
「けれど、吸血を行って本能的衝動は収まったとしても、病気が治ったという事例は今までどの書物を見てもありませんでしたが・・・」
あの知識豊富なソフィアが原因を特定できず悩んでいた。
「少し、書斎に行ってきます」
そう言うとソフィアは去ろうとする。
「あ、待って。私も行くわ!」
そうして私もソフィアについていく。