血の味は蜜の味
手伝いを終え、屋敷内に戻ると何やらいい匂いがしてきた。見れば、使用人達が慌ただしく動いている。ジェームスがもうそんな時間かと言って掛け時計を見た。
「昼食の時間か。ほら、ユウトも行くぞ」
「え、食べていいのか?」
「勿論だ。お嬢様からお前をご厚意にするよう言われているからな。ほんと、お前は幸運だよ」
かなりお腹はすいていたので、ありがたくご厚意に甘えることにした。
ジェームスに連れられ、食堂へ入る。ソフィアさんとレミリーは既に席についていた。
「あ、ユウト。今までどこ行っていたの?」
「ちょっとな。ここの屋敷は居心地がよさそうでとてもいいな」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
微笑むレミリー。さっきは体調を悪そうにしていたが、今はまるでそんなことを感じさせない表情だった。
食事が運ばれてきたので、4人で食べ始める。ソフィアさんとレミリーはとても上品にナイフとフォークを使い、口に入れていく。
ジェームスはマナーなど知ったこっちゃねえと言わんばかりに巨大な肉にかぶりついていた。その様子を見ても何も言わない二人から判断すると、これがいつもの日常なのだろう。
ジェームスが肉を口に入れながら、俺に質問してくる。
「なあ、ユウトってさ。結局なんで倒れていたんだ?」
まあその質問は当然来るだろうと思っていた。本当のことを言ってもいいのだが、どうしようか。
まだ素性を明かすのはまずい気がする。ソフィアさんには半分バレているが、俺が人間でないこと以外は何も知らないはず。
とりあえず、ごまかしておこう。
「実は俺もよくわからない。気がついたら吹雪いた森の中にいて、死にかけてた」
「記憶喪失ってやつか?そりゃ災難だな」
ご飯と肉を口いっぱい詰めながらそう言うジェームス。ジェームスよ、喋るか食べるかどちらにしたらどうなんだ。
食べているものを飲み込むと、ジェームスは二人にさっきのことを嬉しそうに語り始める。
「あ、そうだ!お嬢様、ソフィア姉さん聞いてくださいよ。こいつ、めっちゃすごいんですよ」
「すごい?何がかしら」
レミリーが興味深そうにこちらに耳を傾ける。ソフィアさんは相変わらず無表情で、聞いてくれているのか不明だけど。
そうしてジェームスは俺が魔法を使えること、屋敷の手伝いをしてくれたことなどを伝えると、レミリーはおろか、ソフィアさんまでもが驚いた。
「そんなことが出来たのね。よければ今見せてくれないかしら?」
「ああ、いいぞ」
じゃあレミリーに念話でも送ってみるか。俺は心の中でレミリーに念じて話しかける。
「あ、今なんか声が聞こえたわ。話しかけられてるのじゃなくて直接頭の中に語りかけてくるような…、助けてくれてありがとうって言ったのね?」
「それが念話ってやつだ。応用すればこんなこともできる
…なるほど、レミリーは今王宮について勉強しているな?」
「すごい。当たってるわ」
ついでにパンツの色も見えた。・・・白だな。
レミリーは食事を止めてこちらの魔法に魅入っていた。
するとソフィアさんが割り込んでくる。
「今はお食事中ですので、そういうお遊びは後にして下さいますか」
「いいじゃないソフィア。そんなに硬くならないでも」
「いけません。この後お嬢様は病院に行って薬をもらわないといけないのですからね」
「え、今日病院の日だったかしら?」
レミリーが嫌な顔をしたが、ソフィアさんはすまし顔で頷く。レミリーはため息をつくと、再び食事をとり始めた。
そのまま暫く無言のまま食事をとる。時折、ジェームスが俺に質問をしてくれる以外は何も話さなかった。
食事を終えると、レミリーが立ち上がった。
「私は今から少し出かけるけど、ユウトはどうする?」
そう言われ俺は、さっき考えていたことを言ってみることにした。
「なあ、よければ俺も病院に付き合ってもいいか?」
「え?」
「何を言っているのですか?そんなこと、いいわけ――」
「まぁまぁ、いいじゃない」
レミリーがソフィアさんを制する。
「別に来てもいいけれど、面白いものは何もないわよ?それでもいいの?」
「ああ。全然構わないよ」
こう言ったのには理由がある。その理由とは、俺が少しだけ医学の知識があるということだ。
だからもしかすると、レミリーの体調不良の原因がわかれば、対処方法を教えることができるかもしれない。医者がちゃんと診察をしていれば問題ないだろうが、万が一ということもありえる。それにさっき、レミリーが゛いきなり゛体調を悪くしたということも気がかりだった。
ユキがいれば、何かわかった可能性があるかもしれないが…。
「じゃあすぐに馬車を出すから一緒に来なさい」
そうして俺達は病院へと向かう。ジェームスは、仕事があるから屋敷に残ると言って去っていってしまった。
馬車で森を抜けると、ひとつ大きな街が見えた。
「あれは…」
「ヴォルグタウンね。かつてここには勇者と魔王が一緒に生活していたという伝説があるわ」
「ほう…。それは興味深いな」
互いに対極に位置する相手なのに一緒に生活していただなんてすごい話だ。
「勇者って今もいるのか?」
「一応名前を世襲した末裔がいるわね。実力はかなりのものらしいけれど、歴代の勇者に比べると実力は落ちると聞いているわ。今は王宮で王様の護衛をしていると聞いたけれど」
へぇ~…。なかなか面白い話だな。魔王がきいたらなんというのだろうか。まああの人ならどうでもいいって言いそうだが。
そして馬車が街内部へと入っていく。その頃には雪は止んでおり、太陽が顔を覗かせていた。
街はとても活気づいていた。周囲には所狭しに雑貨屋や肉屋、魚屋などが並んでおり、奥の方ではサーカスのようなものまでやっている。
レミリーは人々が行き交う様を羨ましそうに見ていた。
「楽しそうね…」
「行かないのか?」
俺が問いかけると、レミリーは首を横に振った。
「私、この体だから医者からも外へ出るのはよくないと言われてるの。特にああいう人ごみは特にね。もし、風邪でもうつされたら人よりも症状が重くなるみたいなの。それに、こうも日差しが強いとちょっとね」
「お嬢様」
「なんでもないわ。…と、着いたわね」
どうやら病院に着いたようだ。馬車の窓から覗くと建物はかなり大きく、まるで街を象徴するかのようだった。
中に入ると、すぐさま受付の人が出てきた。レミリーだとわかるとすぐさま裏口まで案内される。なるほど、正面からだと人が多いから裏から入るんだな。
そうして長い廊下を抜けると、そこには一人、老婆の医者が書類とにらめっこをしていた。こちらに気づくと一つ、お辞儀をした。
「レミリーお嬢様。ご機嫌いかがですか」
「うーん、良くはないわね。今朝は胸が痛んだわ」
「すぐ診察します。ソフィアさんと、もう一人の連れの方は待合室で待っていてくれますか」
「はい」
そうしてソフィアさんと共に部屋から出て待合室で待機する。
他に何人か人がいたが、皆俯いており、元気がなさそうだ。俺とソフィアさんは暫く無言のまま、座っていたがやがてソフィアさんが口を開いた。
「今朝言ったことを忘れたのですか?」
今朝言ったこととはあれか、レミリーに変なことをしたら葬るってやつか。
「別に変なことではないと思いますが。命の恩人の心配をして悪いのですか?」
「あなたに心配してもらう筋合いはありません。…それにお嬢様はもう永くないのですから」
「え?」
口を滑らせたのか、思わずはっとなるソフィアさん。
「なんでもありません」
「でも俺ははっきりと聞こえました。レミリーは何か病気を抱えているのですか?」
今朝ジェームスに言われたこと思い出す。本来、こんなこと他人が踏み込んでいい領域ではない。でも、何故か知りたかった。
「大丈夫ですよ。別に言いふらしたりはしません。それに、もしそんなことしたら俺のこと葬るんでしょう?」
冗談を交えて言ったつもりだったがソフィアさんは黙ったままだ。
ソフィアさんが口を開きかけたその時、さっき案内されてくれた女性が慌ててこちらにやってきた。
「あ、あの!レミリーお嬢様が…」
「!!」
言い切る前にソフィアさんがすごい速さで診察室へと向かう。俺も遅れて続いた。
中へ入ると、医者がおろおろとしていた。その横にはベッドの上で苦しむレミリーの姿が。
「お嬢様!」
「う、うう…」
ソフィアさんの呼びかけにもレミリーは苦しむだけで、返事がない。俺は医者に問い掛ける。
「何をしたんだ?」
「それが私にも」
「あんたそれでも医者なのか?」
医者に向かって憤ると医者は萎縮した。
「すまん、後でいくらでも殴っていいから」
俺は解析の魔法を唱えると、レミリーが手で抑えている胸をどかせ、手を当てる。心臓が異常なほど鼓動をしていた。
続いて額に手を当てる。かなり熱い。
何らかの身体の異常で発作が起きている状態に近かった。だが、発作だけでこんなに苦しむものなのか?
「あ…」
その時、苦しんでいたレミリーが目を開けた。そして俺と目が合う。
赤がよく映えた目は、とても美しかった。
ん、ちょっと待て。レミリーの目って、赤色だったか…?
俺が疑問に思ったその瞬間、ソフィアさんが叫んだ。
「いけない、これはまさか・・・!
あなた、今すぐお嬢様から離れなさい!!!」
だが一つ遅かった。
「…美味しそう…」
「な――」
俺が反応する間もなく、レミリーに強くしがみつかれる。そして同時に首筋に鋭い痛みが襲った。
「ぐっ…あぁ…」
な、なんだ?俺の血が…吸われてる?
段々と力が抜けていく。
く、そういうことだったのか。
俺の記憶ではレミリーの目は青色だったはず。それが赤色に変わっていたということは結論はひとつ。
まさかレミリーが゛既に滅んだと言われていた吸血鬼゛だったなんて…。
「レミリー…」
血が吸われている感覚を感じながら、俺を助けてくれた命の恩人の名を呼ぶ。
すると、一瞬レミリーが正気に戻ったのか吸血をやめて、こっちを見た。
彼女は泣いていた。