一宿零飯の恩義
「・・・・・」
思い出した。
俺は、魔王に命令されて人間界へとやってきた魔族の幹部、ユウト=ヴィルヘルム。
目的は、ユキ、リリカ、シズクを見つけること。
俺は、顎に手をあてると、俯くようににしてこう言った。
「はい。どうやって知ったのかはしりませんが。確かに俺は人間ではありません」
ソフィアさんの目が険しくなる。
「・・・そうですか」
そう言ってソフィアさんはくるっと背を向けた。
「何が目的かは知りませんが。早々に去ることです。お嬢様からは貴方のことをご厚意にするよう承っておりますが、人間でないとなると話は別です。
お嬢様に危険を及ぼす可能性のあるものは排除しなければなりません。
完治するまでという条件を出されているのでそれまではいても構いませんが、もし何かお嬢様に変なことをした時には貴方を葬りますので」
そういうソフィアさんからは冗談というものが全く感じられなかった。
さっきから思っていたが、この人全く隙がない。本当に何かしようものなら、やられるだろう。
「別にレミリーをどうこうしようっていうつもりはないですが。
俺は完治したらすぐに立ち去りますよ」
「そうしてください」
ソフィアさんは一礼すると、音を立てずに去っていった。
だいぶ警戒されてるな。
まあそりゃそうか。見ず知らずの人な上に人間でないと来てるからな。普通なら追い出されてもおかしくない。
いや、もしレミリーが完治までいていいと言わなかったらソフィアさんは俺を追い出していただろう。今はただレミリーに感謝だ。
さて・・・。ユキ達を探したいのは山々だが、こんな吹雪じゃ不可能だし見送るしかなさそうだ。
ん・・・?待てよ、念話が使えるかもしれない。
俺は心に強く念じて3人を呼び出してみる。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・。
応答はない。
距離が遠すぎるからなのか、何か異常でもあったのか。
ともかく、3人を早く見つけないと。
しかし・・・俺の名前を知っていたあのエリーゼと言う人、魔王が俺を騙しているというのは一体どういう意味だろうか。あの時は状況が状況だったのでやむを得なかったが、今冷静になって考えてみると考えるべきだったかもしれない。
まず、俺は魔王についてよく知らない。というのも、俺が覚えている最初の記憶は魔王に幹部として昇級を認められた時のことだ。それ以前のことは全く思い出せない。つまり、およそ2年ほどの記憶しかない。気がついたら魔王に認められ、幹部として働き、ユキやシズク、リリカを保護して序列3位になっていた。魔王と話したのも数える程しかない。
自分が仕えている主人のことをよく知らないなんて普通ありえるのか?
かといって他の幹部に聞くわけにはいかないし、そもそも今はもう聞きようがない。
けれどこれだけではまだ断定すると判断できるわけではない。そもそも聖族は敵なのだ。けれども敵なはずなのに、あの3人とあったとき妙に懐かしいと思ってしまった。
待てよ。あのエリーゼは俺のことを知っていた。そして何故かその側近二人も俺の方を知っている様子だった。
まさか―――。
俺がひとつの結論を出した時だった。ドアが勢いよく開かれ、現れたのはジェームスだった。
「おぉ、ユウト無事だったか!」
「ん?ジェームスか。何かあったのか?」
「いや、さっきソフィア姉さんに離れまで呼ばれてたからもしかして、消されたのかと思ってさ」
まあ、あながち間違いではない。何かあったら俺、葬られるらしいし。
「あの人はレミリーのことが大切なんだな。まだほとんど喋ったことはないけど、レミリーとの様子を見ててそれだけはわかったよ」
「ああ・・・あの人のレミリーお嬢様に対する忠誠度は半端ないからな。それこそお嬢様が死ねと命令したら喜んで死ぬぐらいに」
「そこまで慕われるなんてレミリーはすごいんだな」
俺がそういうと、ジェームスはうんうんと頷いた。
「お嬢様もこのあたりでは結構有名な貴族でさ。本来なら俺みたいな騎士がお仕えするような相手じゃないんだ。
でもあの人、堅苦しい人はあまり好きじゃなくてさ。俺のように、気さくで素直に振舞っている奴の方が全然いいんだって。それで俺が選ばれたわけさ。ふふ、いいだろ?」
「そうだな」
さもどうでもいい表情をして頷く。ジェームスはもっと羨ましがれよ!と突っ込んできたが適当に流した。
「とりあえず、レミリーとソフィアさんに治療のお礼をしたいんだけど、何か手伝えることってないか?一応考えてはみたんだが、こういうのはレミリー達に詳しそうなジェームスに聞いたほうが早いと思って」
「んーお嬢様はそういう見返りを求めてユウトを助けたんじゃないと思うからそこまで気にする必要じゃないと思うんだけど」
「性分なんだ」
それなら仕方ないと言ってジェームスは考え始める。
「そうだな・・・。あ、そうだ。
重すぎて運べないって最近ソフィア姉さんが困ってたな。ちょっと来てくれ」
そうして俺はジェームスに屋敷の外まで案内される。まだ少し吹雪いていたためかなり寒い。
暫く歩いていくと、木々の間にくぼみのようなものがあり、そこにひとつ、巨大な岩があった。
「ここをさ、花壇にしようと思ってたんだけど、ある日突然こんな岩が置いてあったんだって。変な話だよなぁ。
で、動かそうと思ったんだけど俺とソフィア姉さんで押して見てもびくともしないんだ。姉さん曰く、砕けば運ぶのは楽って言ってたんだけど、この硬度の岩を砕くとなると破片が屋敷の方まで飛ぶ可能性が高いからうかつに破壊できないんだと」
なるほど・・・。
俺は岩に触れてみた。少し雪が積もっており、手触りはなめらか。
「これをどこまで動かせばいいんだ?」
「あそこだな」
そうしてジェームスが指差したのは、少し離れたところにある池の中だった。まあその程度なら大丈夫か。
「よし、そこまででいいんだな?
我を覆う厳かな重力よ 重き物を軽き物へと変化せよ・・・念力!!」
静かにそう唱えると、岩がゆっくりと持ち上がった。だが、岩は想像以上にとても重く、少し気を抜いたらすぐ落としてしまう。
ゆっくりと岩へと運んでいき、俺は池の中へと沈める。
その様子をジェームスが唖然とした表情で見ていた。
「今、ユウトはどんな魔法を使ったんだ!?」
目をキラキラさせながら聞いてくるジェームス。
「なんだ、魔法を見たのは初めてか?」
「いや、初めてではないけどそんな魔法は初めて見たよ・・・。ユウト、お前実は凄い奴だったんだな」
褒められて悪い気はしない。まあでも、シズクやユキに比べたらあまり魔法のストックはないんだけどね。
「もしかして、他にも何か使えたりするのか!?」
「ああ、使えるぞ。例えばほら」
そう言って俺は手のひらの上にりんごほどの大きさの炎を出す。もう一方の手のひらからはバチバチと電気を発生させた。
「で、これを引っ付けると炎を伴った電撃に変えられる。喰らった方は熱いわ痺れるわで大変だけどな」
「お、おお・・・」
ジェームスはひたすら俺の魔法に魅入るばかりだった。その後も食料がないときには水を発生させて飲料水だけは確保するという魔法や、体の表面に膜を貼って有害な物質から身を守ってくれる魔法、1分後の未来を予測可能にする魔法、自分の7割の能力の分身を作る魔法など、様々な魔法を見せると、ジェームスはひたすらすげえすげえと言うばかりだった。
「未来を予測する魔法が一番難しい上にすぐ疲れるから1日1回が限度だ。
分身の魔法も、もって10分が限度ってところだ。
逆に比較的疲労がすくないのが、火や水や電気などの物質を出すわざだな」
「なるほどなぁ・・・」
思わずジェームスに解説してしまったが、本来の趣旨から外れているのを思い出す。ジェームスもそれに気づいたようだ。
「とにかく、岩はこれで運び終わったが、ほかには何かあるか?」
「そうだったな。それじゃあ・・・」
そう言って俺はレミリー達にお礼がわりとして、手伝いをしていくのだった。
一応確認はしていますが、誤字、脱字、表現の間違いなどを言っていただければ直します。