回想4
「ユキ。あとどれぐらいだ?」
「んー・・・あと一つなんだけどこれがちょっと厄介だな」
ここに向かってきているということは残された時間はほぼないと見ていい。
つまりそれが意味するのは・・・。
俺はシズクとリリカを見る。二人共、いつでも戦える準備は出来ていた。
こうなったら、ユキが光の扉を開けるまでの間、時間稼ぎするしかない。だが相手は既に魔王を倒したかもしれない相手だ。3人でかかっても倒せるかどうかわからない。
しかし二つ不可解な点があった。それは、なぜ俺達が地下にいるとわかったのか。それと、なぜ真っ先にこっちに向かってくるのか。まるで誰かを狙い撃ちにしに来たかのようだ。
そもそもまだ俺達は相手の目的すら不鮮明だ。魔王は知っている様子だったが・・・。だがそんな疑問点は後に置いておくしかない。今は一刻も早く人間界へ脱出しなければならないからだ。
俺たちは緊張の面差しで相手がやってくるのを待つ。子供騙しにぐらいしかならないが、一応罠も仕掛けておこう。
「シズク、一応悪の罠を仕掛けておこう」
「うん」
シズクが手をかざすとまもなく、入口付近に数体の影の悪魔が現れた。こいつらは攻撃こそしないが、敵が通り過ぎようとすると相手の影を踏んで足止めをしてくれる。消費魔力も少ないので、優れた技だ。
これで迎え撃つ準備は出来た。後は・・・
剣を抜こうとしたところで、リリカが入口の方をみて険しい表情をした。
「来たよ、せんせい」
そう言った時だった。突如、周囲の空気が変化した。
いや、変化したというよりは何か別の空間に入ったかのような錯覚に陥った。
「な、なにこれ・・・体が・・・!!」
「せんせい・・・!」
「くっ・・・。なんだこれは・・・」
俺達は体の震えが止まらなかった。
体が警告している。直ちに逃げ出さなければ・・・殺られる!!!
必死の思いで後ろを向きユキに叫ぶ。
「ユキッ!!!まだ開かないのか!」
「待って・・・私も体の震えが止まらなくて・・!!!あと少しだから!!」
俺達が慌てている間に、奥から誰かが姿を見せた。目視できるのは3人だが、まだ遠いのではっきりとは見えない。
「やっと・・・たどり着いた」
中心にいる女性は、光り輝く剣を持っていた。
「エリーゼ様、そこを通ると悪の罠です。直ちに解除します。
聖光!」
フードを被った女性がそう言うと、簡単に悪魔の罠が解除されてしまった。そして3人がはっきりと姿を現す。
中心人物にいるのがエリーゼか。敵だというのに、吃驚するほど美しい人だった。まだ幼さが少し残っているものの、長く伸びた白い髪は、純潔の聖族であることの証を示しており、神々しささえうかがえる。
しかし、彼女から伝わってくる威圧感だけで、俺達は怯んで動けなくなってしまった。
隣にいる二人は護衛だろうか。一人は腕が丸太ほどもある屈強な男でもう一人はフードを被った女性だ。
「せんせい、どうしよ~・・・。このままじゃ何もされずに倒されちゃうよー」
「くっ・・・なんで動かないの」
リリカとシズクは未だに動かない体に苦戦しているようだった。かくいう俺も少し動けるぐらいがやっとだ。
「こんな子供騙しをするなんて・・・」
エリーゼが悪魔の罠を超えて言う。
その時、エリーゼと目があった。
「あっ・・・」
エリーゼは信じられないものを見たかのようにこちらを見ていた。
からん、と音を立てて彼女の剣が地面に落ちる。
続いて、横の二人も俺達の存在に気づいた。
「やっぱりな。あのクソ野郎の言ったとおりだったぜ」
「ええ、本当ね・・・。でも良かった。これでエリーゼ様も・・・」
な、なんだ?こいつらはなんで俺を見てそんなに驚くんだ?
俺は理解に苦しんだ。
その時、エリーゼの口がわずかに動いた。
「ユ、・・・ユウ・・・ト?」
シズクとリリカがこっちを向いた。
「ねえ、あの人今ユウトって言わなかった?」
「確かに私も聞こえた。それと、さっきまでの威圧感が消えてる」
「何?」
シズクにそう言われて俺は体を動かしてみる。さっきまでが嘘のように体が身軽になっていた。
しかし、どうして俺の名を知っている?
ますます混乱してきた。
「ユウト・・・やっと・・・やっと会え__」
その時だった。地面が大きく揺れはじめる。
「今度は何だ!?」
「よし、光の扉解除出来た!!」
ユキが光の扉の解除を終えたようだった。じゃあこの揺れは、それで起きたのか?
いや、違う!!これは・・・
俺が考える間もなく、今度は天井にヒビが入る。ヒビは徐々に大きくなり、そのまま砕けちった。
そしてそこから現れたのは魔王、そしてイレアだった。
「ユウト、無事か!」
「魔王!ええ無事です!今光の扉を開けたところです」
「それならいい!早く行くんだ!こいつらは俺とイレアで食い止める!!」
魔王とイレアが地面に降り立つ。イレアは周囲を見渡して、不敵に笑った。
「ふーん・・・。私がいない間に随分面白いことになってるじゃない。私も混ぜなさい」
そうしてイレアは黒く闇色に染まった剣を二つ抜く。
なるほど、双剣使いか!
「あれがイレアさん?双剣とかすごいな~」
リリカ。お前は感心してる場合じゃないぞ。
「魔王・・・!貴方はさっき私が動けなくしたはず」
エリーゼが魔王にものすごい殺気を飛ばした。
だが魔王は怯むことなくこう言った。
「確かにさっきはやばかったな。だが、イレアが助けてくれたのさ。理解した?クソアマちゃん?」
「・・・ならばもう一度動けなくするまでよ」
そう言うと、エリーゼの背後から数百本もの光の槍が姿を現した。だが魔王は不敵に笑った。
「おっといいのか。それを放てば確かに俺達は終わりかもしれないが、その俺たちの中には___」
魔王にそう言われはっとするエリーゼ。
背後にあった光の槍はたちまち消えてなくなった。
「ユウト。今のうちだ。早く行け」
「ユウト、そいつの言葉に騙されちゃダメ!!!」
エリーゼが叫ぶ。
魔王が俺を騙す?
想定外の言葉に俺は状況を整理できなくなってきた。まさか、人間界にはなにかあるというのだろうか?
俺が悩んでいると判断したのか、エリーゼが続ける。
「聞いてユウト。貴方はね___」
「・・・大地を揺るがす黒き炎よ、罪を犯しき愚かな人をいざこの手で裁きたまえ___煉獄火炎!!」
エリーゼの声を遮ったのはイレアだった。イレアは頭上に炎の竜を呼び出す。
「あなたの相手は私よ?よそ見していて大丈夫かしら?」
「せんせい、今のうちに早く!」
「あ、ああ・・・」
エリーゼの言った言葉が気になったが、今は一旦退散する他ない。
3人と共に、扉の中へ入る。あとはこれで扉が閉じるのを待つだけだ。
扉はゆっくりと閉じていく。魔王がこちらを見て頷いた。
そして、扉が締まりかけたその時だった。
黒い剣が真っ直ぐこちらに向かって猛スピードで飛んでくる。
「なっ!?」
イレアだった。彼女は、なぜかにやにやしながらこちらを見ていた。
剣の進行方向には―――ユキがいた。
最後の最後で油断していた。
そう、イレアが゛味方゛であるという保証がどこにあったのか。
ユキは気付いていない。もしこのままいけば・・・
そう思った瞬間体が動いていた。
「ユキッ!!!」
「え?」
ユキを抱き寄せ、剣の進行方向に向かって左手を前に出す。
黒い剣は閉まる扉の隙間から侵入してくる。
そして鈍い音を立てて、黒い剣が俺の左手を裂いた。鮮血が噴き出し、猛烈な痛みが俺を襲う。と、同時に扉が閉まった。
「間に合ったな・・・」
「せんせい!!血、血が・・・!」
「ユウト、ユウト!!!」
3人の叫ぶような声が聞こえてきたが、返事をすることができず、俺の意識はどんどんなくなっていく。
そして、ぷつっと途絶えてしまった。