婚約者
客間に行くと、一人の若い男性が座っていた。年は俺よりは上だろう。見てくれもなかなかだ。腰にはレイピアが付いていて、服装もそれなりに豪華なことからこの人もそれなりの身分の人であることがうかがえる。
男性はこちら・・・いや、レミリーを見つけた途端、厳しかった表情が一転して明るくなる。
俺とジェームスは邪魔にならないように話がギリギリ聞こえる距離まで離れ、待機する。
「レミリーさん!お久しぶりです」
「マルクス。今日はどうしたの?」
不機嫌そうなレミリーがそういうと、マルクスという男性は逆にきょとんとする。
「オーフェン様から聞いていないのですか?」
「お父様から?最近帰ってきていないから全然何のことかわからないわ」
「そうですか。ではこちらを」
そう言ってマルクスが見せたのは一枚の手紙だった。それをレミリーに渡すと、レミリーは内容を読み始める。そしてため息をついた。
「挙式の段取りですって?ふざけないでよお父様・・・!」
そう言うとレミリーは手紙を破り捨てる。
マルクスはそれを見ても怒るわけでもなくこう言った。
「レミリーさんが怒るのも無理はないです。でも僕は、いつの日か貴方が結婚したいと言ってくれるその日まで待ってますから」
「・・・」
レミリーは黙った。すると、今までレミリーの横で経緯を見ていたソフィアさんが口を挟む。
「一つよろしいですか」
「なんですか?」
「貴方は、お嬢様のどこを好きになったのですか?」
ソフィアさん、ずばっと聞くなぁ・・・。
するとマルクスは胸をはってこう言った。
「全てです」
横で見ていたジェームスが吹きそうになるのを俺は隠す。
そして俺はジェームスにさっきから気になっていたことを聞いてみる。
「レミリーは、結婚が嫌なのか?」
「そりゃな。見ててわかるだろ?
あのマルクスって人さ、お嬢様が小さい頃からずっと嫁にする嫁にするっていいよってきてるんだ。いい加減うざくもなるだろ」
「けどあの人、レミリーがその気になるまで待つって言ってなかったか」
「まぁ確かに変だよな。
突然心変わりして気持ち悪いったらありゃしない」
ジェームスは悪態をつく。
「なんだ、ジェームスはあの人が嫌いなのか?」
するとジェームスはすごい速さで頷いた。
「あいつ、お嬢様にはああやって優しい顔を見せてるけどお嬢様がいないところでは裏表が激しいんだ。それになかなか顔立ちがいいところもむかつくぜ」
「半分はただの嫉妬か」
「うるさいな。俺はな、イケメンが大っ嫌いなん・・・ってそう言えばお前もイケメンじゃないか!
どうして俺もイケメンじゃないんだよ!世の中理不尽すぎるだろう!!」
「・・・・」
無視しよう。
けれど裏表が激しいというのは少し気になるな。
俺が考えていると、ふとマルクスと目が合った。こちらを凝視すると、レミリーに尋ねる。
「ところで、彼は?」
「え、ああ・・・彼は・・・」
とっさに言い訳が思いつかないレミリーを見て、すかさずソフィアさんがフォローする。
「彼は新しく入ってきたお嬢様の護衛騎士です」
「ふーん・・・」
そうしてまじまじと見てくるマルクス。
・・・なんだか居心地悪いな。
マルクスは立ち上がるとこちらに近づいてきた。
「君、名前は?」
「・・・」
なぜか知らないが絡まれてしまった。
面倒くさいな・・・。
「答えろ」
「はぁ。ユウト=ヴィルヘルムです」
「聞き慣れない名だな。ランクはいくらだ?」
「は?」
ランクって何だ・・・?
するとジェームスが耳打ちしてくる。
「ランクって言うのは、騎士で言う強さの証みたいなものだ。
上から特級騎士、最上級騎士、上級騎士、中級騎士、下級騎士、研修騎士の6ランクにわかれてる。
ここは適当に中級騎士って言っておけ。ちなみに俺も中級騎士だ」
「中級騎士です」
すると、マルクスの目が見開く。そしてクスッと嘲笑した。
「なに、中級騎士などを護衛につけているのですかレミリーさん。それはダメだ、今すぐ変えたほうがいい」
「別にそのようなことを貴方に言われる筋合いはありませんが」
ソフィアさんが反論する。ジェームスは怒っていたが、なんとか堪えたようだ。
しかし、マルクスはまだ突っかかってくる。
「ソフィアさん。僕はね、大事なレミリーさんに何かがあったなんて想像するだけでも恐ろしいんですよ。だからできるだけ護衛は強いほうがいい。最低でも上級騎士クラスはないと」
そう言って勝手に自論を展開するマルクス。
表情は変わっていないが、明らかにソフィアさんが苛立っているのがわかる。
「だからそんなことを゛他人゛の貴方に言われる必要は」
ソフィアさんが言い切る前に、マルクスが口を挟む。
「あ、そうだ!こうしましょう。僕が実力を測ればいいんだ!
というわけで君、今から俺と手合わせをしてもらえないかい」
「何?」
「手合わせだよ。別に殺し合いをするわけじゃない。それで彼がレミリーさんの護衛騎士に相応しいかどうか、僕が判断する」
「・・・」
こりゃまた面倒なことを。
剣術はリリカやシズク達と一緒に鍛錬しながら教えていたから扱えるが、それは俺の強化魔法があるからであって、地力で扱えるかどうかはわからない。それに、今はあの剣を持つことすらできないから必然的に剣を借りることになる。自分が今まで愛用していた剣を使うのと使わないのでは大きな差がある。相手がどのぐらいの腕前かはわからないが、弱体化している俺にとってはこの上なく面倒なことだった。
しかし、そこで思わぬ助けが入った。レミリーからだった。
「ユウトはついさっき退院したばかりでまだ怪我も完治していないの。
だからそんなことは了承できないわ」
「しかし・・・!」
「お嬢様がそう言っておられるのですから素直に従ってもらえますか?それとも今すぐここで婚約を破棄しても一向に構わないのですが」
ソフィアさんが威圧すると、マルクスはぶつぶつと文句をいいながらも、わかったよと言って再び椅子へと座った。
「それにしてもたかが護衛騎士相手に名前で呼ぶなんて、レミリーさんは随分とあの護衛騎士に執心のようだ」
「そう?まあ少なくとも、懲りずに婚約を求めてくるどこかの誰かさんよりはずっと親しいと思うわ」
笑っていたマルクスの顔がぴくっとヒクついたが、そう見えたのは一瞬だけだった。
マルクスは立ち上がると、出口の方へ向かう。
「今日のところは帰ります。じゃあ、レミリーさん。僕はいつでも貴方をお持ちしていますから」
そうしてマルクスは屋敷から去っていった。
すると、ソフィアさんとレミリーが同時にため息をついた。
「あれは全然諦めてないわねマルクスは・・・」
「そんなに嫌なら破棄してもいいんじゃないか?」
俺が腕を組みながら言うと、レミリーは首を横に振った。
「私にその権限はないもの。もし婚約が破棄されるとしたら、お父様が消すか、マルクスの方から消すかのどっちかよ」
「それはひどいな・・・」
魔界でも政略結婚というものはあるにはあったが、ある程度両者の気持ちが優先されていた。
レミリーだけ優先されないなんて不公平は明らかにおかしい。なんとかしてやりたいが、他人の俺がどうこうできる問題ではない。まあ一つあげるとすれば、マルクスが婚約者に相応しくないことをレミリーの父親に証明すれば破棄してくれるかもしれない・・・ということだな。
でも、確かにジェームスの言っていた通り裏表の性格があるような気はする。もしかしたらそれが破棄に使えるかもしれないな。
その時、ジェームスのお腹が大きな音を奏でた。時計を見ると19時を回ったところだ。
「そういえば、そろそろ夕食時ね。とりあえず細かい話は抜きにして、先に夕食にするわよ」
「わかりました。すぐご用意いたします」
「いいですね!俺もうすんごい腹減ってたんで」
「とりあえずお前は食事作法を学ぶところから始めたらどうだ」
そうして俺達はマルクスの事は忘れて、楽しく夕食をすませたのでった。




