またあの男
国也はこの日、自分は仕事があるため、乃菊を特急が停まる蒲橋駅まで、車で送って来た。
「じゃあ、気をつけてね。仕事が終わったら電話して、またここに迎えに来るから!」
国也は、車の中から言う。
「はーい、おじさんも気をつけてね。女の子にみとれて事故に遭わないでね」
また余計なことを言う乃菊だが、国也は笑顔で答える。
あの時の頭突き事件以来、乃菊の言葉に過剰反応することが、身のためにならないことを学習したからだ。それよりも乃菊が話をしないことの方が、国也にとってつらいことだと思い知らされたのかもしれない。
それにしても、今日は乃菊の表情が暗い。何だかいつもより淋しそうな顔に見える。そう、この日は初めて一人でレッスンに向かうからだ。
何だかんだと言って、保護者気取りでついてきた国也だが、実際は乃菊自身の不安を消す、心の安定剤役だったのかもしれない。
手を振りながら駅の階段を上がって行く乃菊。その姿が見えなくなるまで、国也も手を振った。
「こんにちは」
国也はびっくりした。
「あっ!」
また、あの赤ずくめの男である。
「何で現れるんだよ!」
運転席の外に立つ最上に向かって言う国也。
「あんまりじゃないですか、そんな言い方」
最上が拗ねる。
「だって仕方ないじゃないですか、あなたが現れていいことなかったから・・・」
その通りかもしれない。
「そんな、私を不吉な男のように思わないで下さいよ」
だってそうじゃないか、と思う国也。
「私は、あなた方をサポートするために、動いているんですから」
信じるもんか、と国也はそっぽを向く。
「良かったですね」
最上が言う。
「何が?」
国也がぶっきらぼうに聞く。
「彼女とお近づきになれて」
乃菊のことだと思う。
「ど、どうも・・・」
まだ行かないのか、と思っている国也を見透かすように、最上が話しかける。
「すぐに去りますから、あと一言だけ言っておきます」
また不吉なことなのか?
「あの方と離れてはいけませんよ。あなたに役割があるように、彼女にも秘められた宿命があるんです。それを見守ることがあなたのもう一つの役割でもあり、あなた方が出会うことになった縁の本質なんですから」
また意味深なことを言う最上。
「・・・」
なぜか、心に刺さる言葉だと国也は思う。
最上は、片手を上げ去って行く。・・・と思ったら。
「もう一つ言い忘れました。取り越し苦労かもしれませんが・・・」
やっぱり嫌な予感。
「あなた方の役割が進行中のようですが、彼女にもまた危険が近づいてるみたいです」
やっぱり・・・。
「本当ですか?またタブレットに、死のメールが来たんですか?」
あの時のことが蘇る。
「あ、あれですか。いや、本当は、ただの占いなんです。そんな、人の死が簡単にわかるほどの能力者じゃありませんから・・・」
笑って言うが、それがまた気にかかる。
「嘘だったんですか?」
とりあえず聞く。
「占いです」
また同じことを言う。
「死の順番が決まるって、嘘なんですか?」
改めて聞く国也。
「占いです」
国也は、車を走らせる。
「とんだペテン師だ、あの男!」
しかし、余計に最上の存在自体が、自分たちに何の関係があるのかわからなくなってしまった国也である・・・。
「この中の誰を中心にしていきますか?」
曲のプロデュースをする小田津雅孝が、6人の写真を見ながら田沢に聞く。
「雅さんは、どう思いますか?」
田沢が逆に聞いた。
「ジャッキーの方のレッスンを見たけど、歌とダンスのバランスを見ると、皆賀、菊野。ルックス重視なら、左島ジュリアかな」
田沢は頷く。ジャッキーとは、ダンス担当の振付師、ジャッキー衆子のことである。
「私もそう思いますよ。ただ、皆賀と菊野は、スケジュールの都合でサブにしようと思っています。だからその二人意外だったら、バランスを考えて、左島をダンスのセンターにして、歌は鈴木真阿子を中心に置こうと考えてます」
小田津は、写真を並べ替え、腕を組んで考える。
「いいじゃないですか。最初は、横並びなんで、2曲目は、それで行きましょう」
資料とファイルを抱え、小田津が立ち上がる。
「じゃあ、見に行きましょうか」
二人は、会議室を出て、レッスン場へ向かった。
「ああ、気持ち良かった!」
乃菊がレッスンを終え、帰って来たのが12時過ぎ。迎えに行った国也も眠いが、まず乃菊を先に入浴させ、居間で雲江と一緒にテレビを見ていた。
「ちょっと、そんな格好で前を通るなよ!」
風呂を出て、居間に入って来た乃菊が、下着姿のままで国也の前を通り過ぎたのである。
「そんな格好?」
国也の言葉に、座椅子に座ってタオルで髪を拭いている乃菊が睨む。
「いいじゃない、暑いんだから!」
これからアイドルになるかもしれない若い娘が、パンティとブラだけの卑猥な格好で男の前をうろつくなんて、絶対非常識だ!と思う国也。
「お前と私しかいないんだから、いいじゃないか」
雲江の解釈は、完全におかしい、と思う国也。
「雲ネエの言うとおりでしょ。どんな格好しようと私の勝手でしょ」
乃菊の言うこともおかしい。下着だけなんだぞ!早くパジャマを着ろ!俺は独身の男だ!若い女の子が、下着姿で眼の前にいたら・・・。
国也は、男である。
「ねえおじさん!これ見て!ここにほくろがあるでしょ、こっちも同じ場所にあるんだよ!」
乃菊は、白い太ももを指さし、国也に見せる。ここまでされると、もう我慢も限界で、鼻血が出そうになる国也。
「私もあるかも、見てみようかな」
雲江まで調子に乗って、太ももを出しそうになる。
「やめろよ、まったく。誰かが見てたらどうする」
国也は、そう言いながら、見て見ぬふりをする。
「ひょっとしておじさん、私の素足を見て変な想像をしてるんじゃないのかな」
そうだ!だから気をつけろ!と言いたい国也である。
「さあ、お前も風呂に入って来なさい。その後、パンツ一丁でいれば、おあいこでしょ」
これが母親の言うことか?
「そうよ、私は気にしないよ」
平然と言い、そして平然と下着姿のまま座椅子に座り、テレビを見ている。
間違っている。
「そんなこと出来るか!」
と思うだけの国也。
この二人は、自分を男だと思っていないんだ。こんな環境では、生き地獄だ。・・・悲しくなる国也である。
だが、目の保養にはなっている・・・。
布団に入った国也は、あの男が現れたことに不安を感じながら、何も起こらなければいいと思いつつ、すぐにいびきをかいて寝てしまった。