初めてのプレゼント?
「菊野さん、よろしくお願いします」
休憩時間、前の席の皆賀みおんが話しかけてきた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
乃菊でも普通に答えるんだ、と思う国也。
「菊野さん、よろしくね」
今度は、見浪ふう美がわざわざ乃菊のところへ来た。
「このおじさんのところの仕事もしながら、この仕事もするんだよね。二足のわらじなんて自身あるんだね」
何だか棘のある言い方。と思ったのは、国也もみおんも同じだった。
「自信なんかないよ、でもどっちも頑張れたら立派だと思いません?」
乃菊も負けていない返しだ。
「そうね、気に入ったわ。頑張りましょ」
そう言いながらも、プイッと向きを変え、席に戻って行く。もうここで女同士の火花が飛ぶんだ。背中がプルっと震える国也である。
「菊野さん、のぎちゃんって呼んでもいい?」
みおんは、奇麗で明るい笑顔を乃菊に見せる。
「うん、いいよ。じゃ、私は・・・」
乃菊も即座に、その笑顔が気に入ったようだ。
「みおんでいいよ。その方が慣れてるの」
この二人は、気が合うらしい。出来れば仲間に入りたい気分の国也だが、乃菊が了解するはずがない。
「今度のレッスンの後、お茶しない?」
とんとん拍子の二人の会話。
「うん、いいよ。でも、たぶんおまけ付きだよ」
おまけかよ、国也の独り言。
「まあ、いいんじゃない」
みおんが国也の顔を見てから答える。・・・まあ、いいってか。どんな存在なんだ僕は?国也の淋しい独り言である。
でも、未来のアイドルたちとお茶出来るなら・・・。一人でにやける国也。
この後、放送局を見学して解散となった。
地下鉄で名古屋駅まで来て、地下街を歩いている乃菊と国也。
「雲ネエに、お土産買って行こ」
乃菊は、出かけるたびに土産だ。しかもほとんど国也の分も食べる。
「来るたびに買わなくてもいいよ」
乃菊が、眼を細めて睨む。
「そんなに薄情だと、今の23才には嫌われるよ・・・」
君だけだろ、と言いたい国也。
「わかったよ、何買ってく?」
国也が聞く。
「パンがいいな」
やっぱり自分が食べたいだけだろ、とまでは言えない国也だ。
「そこなら、喫茶もあるから、食べながら土産を選ぼ」
やっぱり自分が食べたいだけじゃないか、口から出そうな言葉を、グッと我慢して呑み込む国也である。
「スケジュールがこんなんだけど、仕事できるかなあ?」
貰った資料を眺めながら、乃菊がパンをかじる。
「僕や母さんでやるから、心配しなくていいよ」
国也が話をしだすと、またおいしそうにレーズンやナッツが散りばめられたパンを食べる乃菊。
「おいしい!」
やっぱりパンを食べることが目的なんだ。でも、おいしそうに食べる乃菊の顔を見ているだけで、なぜか癒されてしまう自分がいることも、やっぱり事実だと思う国也である。
パンを食べ、コーヒーも飲み、土産も袋いっぱい買い、満足して店を出る乃菊、そして国也。もちろんスポンサーは国也である。
「母さん、そんなに食べられるかなあ?」
大量のパンを眺めながら、皮肉って言う国也。
「大丈夫よ、雲ネエが、これとこれでしょ。こっちが私で、あ、これも食べようかな。これは雲ネエが好きそうだから、こっちが私ね・・・」
いちいち仕分けをする乃菊。
「・・・」
国也は閉口するのみ。
「これ、欲しい」
しばらく歩いたところで、乃菊が立ち止って言う。アクセサリーの店の前だ。
「安いじゃない、買えば」
何万円もするものではなく、3240円の値札が付いた指輪だ。
「買えばじゃなくって・・・」
乃菊がじっと国也を見つめる。
「何を訴えてるんだ、この眼は・・・?」
国也は、心の中で考える。・・・買ってくれってことか。当然の答えが思い浮かぶ国也。
「欲しいなら、買ってあげるよ・・・」
そう言わざるを得なかった。
「やったあ!」
国也は、店員に指輪を渡し、会計を済ませる。
「今したい!」
袋を抱えた乃菊が、国也の前に立つ。
「何を?」
鈍感な国也が聞く。
「指輪だよ!」
乃菊が袋を持ったまま跳ねる。
「ああ・・・」
国也は、指輪の入った袋を渡そうとする。
「荷物持ってるから、おじさんがして!」
荷物を右手で抱えて、左手を差し出す。
「置けばいいじゃん」
女の気持ちが分からない国也だ。
「ぶー!」
乃菊がふくれる。
「わかったよ」
国也は、袋の中の箱から指輪を出し、乃菊が出す左手の薬指に指輪をはめる。
「わーい!」
乃菊は、荷物を持って嬉しそうに歩いて行く。
すぐに怒ったり、怖い目つきで睨んだり、かと思えば満面の笑みを見せたりする乃菊を愛おしく・・・。
「疲れちゃった、全部持って!」
・・・愛おしく思えない国也である。