何なんだ!
30過ぎの男が、カップソフトを両手に持って店から出て来る。
・・・ちょっと恥ずかしいかな。
「あれ?」
乃菊がいない。ベンチにも座っていない。
「どこ行ったんだ?」
今度は、国也の番だ。
「また具合が悪くなったんじゃ・・・」
乃菊の身体が気になる国也だったが、地下街を見回すと、50メートルほど先を乃菊が歩いている。・・・しかも男と。
「何なんだ、あいつ」
さっきまでの心配が、吹っ飛んでしまった国也である。
「乃菊ちゃん!」
カップソフトを両手に持って走る国也。
「ちょっと待ってくれよ!」
やっと追いつき、乃菊を呼び止める。
「ごめん、忘れてた!」
振り返った乃菊が言う。
「どこへ行くんだよ!」
名古屋城では、泣きべそをかいていたのに、自分も同じことをしている。仕返しか?
いや乃菊の方が酷い仕打ちだ。考えるとどんどん腹が立ってくる国也。
その国也の顔を見て、乃菊に聞く男。
「こちらは?」
こっちのセリフだと思う国也。
「気にしないでください。ただのおじさんだから。身内です、身内」
なんて奴だと思う国也。
「じゃあ、一緒に話を聞いてください、おじさん」
お前におじさんなんて言われる筋合いはないぞ、と思う国也。
「行きましょ、田沢さん」
何だかわからないまま、二人が入る喫茶店について行く国也である。
「土曜の朝の情報番組で、テーマソングをダンス付きで歌って、各種コーナーの中のいくつかを担当する、地元出身の女性グループを作ろうと思っているんです。しかも23才限定で・・・」
乃菊もスカウトは初めてで、国也と一緒に興味深々で聞き入っている。
「メンバーは、5、6人を考えていて、生ロケ、録画を分担して取材するような形です」
乃菊は、腕を組んで考え込む。
「そのメンバーに私が・・・」
関心があるようで、なさそうな乃菊。
「そうなんです。一目見て、このプランにピッタリだと思ったんです」
何がピッタリなんだろうと思う国也。
「お世辞じゃなく、美人で可愛くて、大人のようで子供っぽさも併せ持っている君の雰囲気が、ピッタリなんですよ」
確かに美人だと思うし、可愛い。大人っぽさはあまり感じないけど、少女のような愛くるしさはある。国也は、乃菊の顔を見ながら思う。
「だけど・・・」
性格は・・・?
「何か言った、おじさん?」
乃菊が聞く。
「いや、何も・・・」
性格は、表に出なければ大丈夫か、と一人で納得する国也。
「私、仕事をしてるんですけど、続けられますか?」
思わぬ質問に、国也は乃菊の顔を見る。
「契約すれば、テーマソングの準備で、歌とダンスのレッスンをしてもらいます」
田沢が身を乗り出して言う。
「どれくらい?」
乃菊も身を乗り出す。
「歌とダンスは週3回、夕方から本社やスタジオで行います。それから、番組がスタートする前あたりからになりますが、取材を日中に2回してもらいます」
乃菊は、首を傾ける。
「ちょっと無理かなあ・・・」
乃菊は、あまり気乗りしないようだ。
「駄目ですか?」
田沢が座り直す。
「少し仕事に支障があるから・・・」
乃菊も椅子に背を戻す。
「大丈夫です。僕の所の仕事ですから、彼女の分はカバーできます!」
国也の方が、なぜか積極的である。
「こんなチャンスは、滅多にないよ!」
国也は、毎日一緒に居る乃菊を気にしていた。
「でも私、タレントや歌手になりたいわけじゃないし・・・」
乃菊は、。コーヒーを飲む。
「他のメンバーは、決まっているんですか?」
国也が喰いつく。
「今、二人ほど内定しています」
乃菊が三人目か、枠は残りわずかだ。・・・腕を組む国也。
「出来る限り、そちらの仕事に支障がないように協力させて頂きますので、ぜひ前向きに考えてください」
番組ディレクター田沢は、諦めないようだ。
乃菊は、考え込む。
「やればいいじゃない」
国也が後押しする。
「それじゃ、来週もう一度機会を作りますので、そこで返事をしてください。もしその前に決めてくれたら、連絡願います。その方向で準備しておきますから」
乃菊は頷く。
「この企画にピッタリなので、ぜひ前向きに考えてください」
口の上手いディレクターだが、悪い人間には見えなかった。
「わかりました。僕が説得しますから」
国也が答える。
「おじさん・・・」
乃菊は、浮かない顔だ。
国也と田沢は、意気投合して、しばらく世間話をする。
コーヒーを飲み終えると、三人は店を出た。
国也と乃菊は、去って行く田沢の後姿を見送った。
「ああっ!カップソフト!」
国也は、ずっと両手にカップソフトを持っていた・・・。
その夜、国也と乃菊、そして雲江の三人は、土産のういろうを食べながら話をしていた。
「凄いじゃない、乃菊ちゃんやってみなさいよ」
やっぱり親子、雲江も乗り気である。
「でも・・・」
乃菊だけが迷っていた。
「仕事のことは、心配しなくていいよ。若いんだからいろいろなことを経験しなさい」
雲江の勧めに、乃菊もやっと前向きになった。
「雲ネエが後押ししてくれるなら、やってみようかな・・・」
何で母さんなら言うことを聞くんだ、と国也が思う。
踏ん切りのついた乃菊は、またういろうをパクパクと食べ始めた。
「おじさん、いらないならもらうよ!」
国也の返事も聞かずに、爪楊枝で国也の皿に残ったういろうを取って食べてしまう乃菊。
「アイドルよりも食い気だな。気をつけないと太るぞ!」
国也が指摘した。
「いつも無愛想な兄弟子にこき使われて痩せちゃったから、これくらい、いいの!」
いくら美人で、可愛くて、魅力があっても、性格だよ、性格。それが大事だと思う国也。
「そうだね、私の分も食べなさい」
雲江が残ったういろうを、乃菊の皿に移す。
何だか気の合う女同士の二人とは、自分だけが敵対関係にあるように感じる国也である・・・。