罠
ピピ、ピピ、ピピ・・・。ベッドの目覚ましが鳴った.
「はっ、えっ、朝なの?」
ベッドで現状を把握しようとしている寝起きの乃菊。
「おじさんは・・・?」
乃菊は、周りを見る。
「おはよう」
歯磨きをしながら、バスルームから出て来た国也。
「ああああん!もう、やだ!」
乃菊は、頭を掻きむしる。
「もう!絶対お酒なんか飲まない!」
後悔先に立たず。
「どうしたんだい?」
国也が聞く。
「何でもない!」
二人は、無事、何事もなく夜を過ごした。
朝食を済ませ、タクシーで放送局まで来た乃菊と国也。ちょうどロビーでスタッフに出会う。
「まだ準備が出来ていないので、控室で待っていてください」
スタッフに状況を聞いた乃菊は、国也と別れて控室へ向かう。
「おはようございます」
乃菊が控室へ入ると、亜美だけがいた。
「菊野さん、おはようございます・・・」
亜美は、立ち上がって挨拶をする。
「亜美ちゃん、おはよう!」
乃菊は、着替えを始める。
「みおんは、来てる?」
乃菊が聞いた。
「うん、田沢さんに会って来るって言って、出て行きました」
亜美は、丁寧に答える。
「そう・・・」
亜美が、乃菊に近寄って来る。
「ふう美さんが、みおんさんに何かするかもしれないの。でも誰にも相談出来ないし、菊野さんどうしよう?」
最近、ずっと不安そうな顔をしていた亜美。乃菊も気になっていた。
「大丈夫よ。ふう美さんが何を企もうと、みおんには手出しさせないから」
ホッとした顔をする亜美。
「菊野さんて、格好いいですね。それに可愛くて美人だし、スタイルも良くて歌も上手いし、みんなに好かれるのもよくわかります。私も・・・」
「そんなに褒めないで、こう見えて、裏の顔もあるのよ、エッチだし・・・」
亜美が顔を赤くする。
「そんなこと言えるところが、また素敵です」
思わず視線をそらす乃菊。しかし亜美は、じっと乃菊の姿を見つめる。
ティティン、ティティン。携帯電話のメールの着信音が鳴る。
「可愛い着信音だね、亜美ちゃんの?」
脱いだ服を片付けながら聞く。
「違います。みおんちゃんが忘れてった携帯です」
亜美が答える。
「誰からか、見てくれる」
乃菊が亜美に頼む。
「いいんですか?」
亜美は戸惑う。
「緊急だったら、私が持って行くから、大丈夫だよ」
乃菊にそう言われ、亜美が鏡の前にある携帯電話を取る。
「菊野さん、ふう美さんからなんだけど!」
亜美が驚いた顔をして言う。
「貸して!」
乃菊が、亜美が持っているみおんの携帯電話を受け取り、メールを開いて見る。
「昨日は、ごめん。話がしたいから、屋上へ来て」
ふう美からみおんへの呼び出しだ。
「ふう美さんが、謝るなんて信じられない!罠です、きっと・・・」
亜美にも、メールが何かの罠であることが、理解できた。
「そうね、私も亜美ちゃんの言う通りだと思う」
あの時のふう美が、こんなに早く気持ちを変えるとは思えない。
「どうしよう?」
不安になる亜美。
「じゃあ、私が行ってくるから、もしも30分経っても戻って来なかったら、おじさんに知らせてくれる」
乃菊は、亜美の手を掴んで言う。
「は、はい・・・」
心配そうな顔をする亜美。
「菊野さん、大丈夫ですか?何かされるかもしれませんよ!」
亜美が不安で、乃菊の手を強く握る。
「ふう美さんだって、ちゃんと話せば大丈夫だよ。じゃあ、行ってくるから、お願いね!」
乃菊は、後の事を亜美に託す。
「そうだ!亜美ちゃん、私たち同い年なんだから、もっと気楽に話をしてね!」
乃菊は、亜美にウインクをして、控室を出て行く。
「証拠なんかないんだから大丈夫よ。でも、あいつだけでも始末しよう」
屋上で、ふう美と基橋が話をしている。
「あいつって?」
基橋が聞く。
「みおんよ!あの生意気な女だけは、跪かせてやる」
ふう美の瞳が、ワニの目の様に細くなる。
「菊野は、どうする?あいつの方が油断出来ない女だ!」
基橋は、乃菊の方が気になっていた。
「あの子は、まだ様子を見るわ・・・」
基橋は、大道具から角材を持って来て、バット代わりに肩の上に乗せている。
「わかってるわね、それで殴り殺しちゃ駄目よ。私に逆らえないように、痛めつけるんだから!」
ふう美は、自分の力で、みおんを亜美の様に服従させたいのだ。
「ああ、もしものことがあっても、俺が罪を被るよ」
基橋は、ふう美のために、何でもするつもりだ。
「そろそろ来るはずよ、隠れていなさい・・・」
ふう美が、屋上の入口の正面に立ち、基橋は、入口から見えない陰に隠れた。
階段を上る乃菊。・・・携帯電話が鳴る。
「おじさん、どうかした?」
国也からだった。
「今、田沢さんといつもの喫茶店にいるから、来ないか?みおんちゃんもいるから」
誘いの電話だった。
「あ、亜美ちゃんとジュース飲んでるから、いいよ。また後で電話する、じゃあね」
乃菊は、電話を切った。
「きっと、解決して、おじさんのところに行くから、待っててね・・・」
乃菊は、不安を抱きながらも、自分には避けられないふう美との縁だと、覚悟を決め、階段を屋上に向かって進む。
バタンッ!
屋上の扉が開いた。・・・現れたのは、乃菊だった。
「どうしてあなたが来るのよ?」
乃菊は、ふう美に近寄る。
「照明の事故は、あなたと基橋さんの仕業でしょ。そうまでして、何がしたいのあなたは・・・」
ふう美は、乃菊と目を合わせない。
「少なくとも、基橋さんが事故を装ったことは、いずれわかるはずよ。それに、なぜみおんまで狙うの?」
乃菊は、それも許せない。
「邪魔ばかりするからよ。みおんだって、私と同じように脚光を浴びたいはずよ!」
乃菊は、さらにふう美に近寄る。
「ふう美さん、みおんも私も、あなたと一緒に仲良く仕事したいんだよ」
ふう美は、後ずさりする。
「あんたは、私と同じ悪縁鬼なんでしょ。そんな人を思いやる気持ちなんて持たないはずよ!」
ふう美は、自分と乃菊が、同じ種族だと思っている。
「そうね。もともと同じもともとだったかもしれないけど、私は、あなたたちの様な、悪の仲間にするような人たちと、善良な人たちとの悪縁を着ることが役割なの」
乃菊の潜在意識の中で、自分の役割を心得ていた。
「それじゃ、敵ってことなのね・・・」
ふう美は、自分より漂う力が強い乃菊とは、仲間でありたかったのだ。
「違うよ、あなたも悪縁鬼の支配がなければ、私たちの仲間になれるのよ!」
それが、乃菊の願いでもある。
「そんなの無理よ!」
気持ちがぐらつくふう美。
「無理じゃない!」
乃菊は、これも自分の役割だと思った。
「今なら、あなたも私の友達になれるわ!」
乃菊は、ふう美の手を握ろうとする。
「いる!」
その時、後ろに人の気配を感じた乃菊は、振り返る。
ゴンッ!
屋上に鈍い音が響く。
「ふう、美、さ・・・」
基橋が力いっぱい振り下ろした角材が、振り返った乃菊の頭に当たった。
「菊野・・・」
ふう美も茫然と立ち尽くす。
膝が折れ、ゆっくりと沈んで行く乃菊。同時に額から大量の血が流れ出る。
「おじさん・・・」
倒れた乃菊は、視界にある青空を、最後になるかもしれないと、しっかり眼を開けて眺める。
「やだあ、空が赤くなっちゃった。おじさん・・・。お酒、飲まなきゃ、よかっ、た・・・」
瞬きをするうちに、眼が開かなくなる。頭の激痛も消えて、同時に意識もなくなって行く。
「何するのよ!」
ふう美が基橋に向かって叫ぶ。
「あんたのためなんだよ。あんたのためなら何でもするって言っただろ!」
ふう美に人間らしい心が戻ってきた代わりに、基橋は、それを完全に失っている。
「死んだかな?」
基橋が角材で乃菊の太腿を突く。すると乃菊の手足がピクリと動く。
「しぶといな、こいつ!」
基橋がとどめを刺そうと、また角材を振りかぶる。
「駄目よ、死んじゃう!」
ふう美が基橋の腕を掴んで止める。
「あんたが、一番になるためなんだ、離せ!」
基橋がふう美を突き飛ばす。
「あんたの代わりに、こいつもみおんもみんな消してやる!」
もう、ふう美の手に負えない状態となっていた。
「お願い、やめて!」
ふう美が叫ぶ。
「死ね!」
思わず顔を手で覆うふう美。
「駄目ええ!」
ふう美の叫びも空しく、角材は、乃菊の頭を目掛けて振り下ろされた。




