復帰
乃菊が復帰した。
放送中、国也は、放送局の喫茶室でテレビを見ながら、コーヒーを飲んで待っていた。
「こんにちは」
不意に声を掛けられた。
「あ、最上さん!」
目立つ格好の最上が、国也の前に座った。
「ここは、放送局ですよ。よく入れてもらえましたね」
国也は、最上の姿に慣れてしまったようだ。
「こんな格好でも役に立つことがありますよ。何かの撮影かと思って、通してくれました」
そんなに甘いだろうか?
「それより、最上さんの予感が当たりましたね」
当たらない方が良い。
「いえ、それが、あの事件は、想定外なんです!」
最上らしくない表情をする。
「ど、どういうことですか?」
また気苦労するのか?
「私が嫌な予感と言ったのは、悪縁鬼のことなんです」
だから、乃菊が怪我をしたんでしょ。今回の事件を、悪縁鬼が関係していると思っていた国也。
「それじゃあ、あの男は、悪縁鬼じゃないってことですか?」
そう言うことになってしまう。
「そうです。あの人は、ただのストーカーですよ。だからまだ安心しないでください。あの可愛い彼女様を、ぜひ守ってあげてください」
最上の説明に不安が募る国也。
「あなたは、乃菊のことをどこまで知っているんですか?僕は、出会う前のことを全然知らないんです!」
笹野医師の言葉もあり、国也は、乃菊の過去のことを、少しでも多く知りたかった。
「あの方は、あなたにとっても、世の中の悪縁鬼に苦しむ人たちにとっても、非常に大事な方なんです。ただ、彼女様も自分自身のことを理解出来ていないところもあって、苦しんでいると思います」
なぜ最上は、二人のことを知っているのだろうか?
「確かに、何かを怖がっているようなところがあります」
時々見せる、何かに怯える乃菊の姿が、国也をも不安にしていたのだ。
「だから、あなた、なんです!」
強調する最上。
「だから、僕はどうすればいいんですか?」
国也には、分からないことが多すぎた。
「どうするかは、あなたが自分の力で見つけてください。そして彼女様を助けてあげてください」
国也に対する宿題を出す最上。
「それじゃ、ちっとも解決できないよ・・・」
国也は、頭を掻く。
「じゃ、失礼します」
話が済むと、去るのが早い最上である。
「ちょっと・・・」
最上は、呼び止めるのも気にせず去って行った。
「お疲れ様です」
番組が終わり、出演者は、スタジオを出て行く。
「菊野ちゃん!」
パッシー銀座が、乃菊を呼び止めた。
「どお、身体は、大丈夫だった?」
乃菊がお気に入りのパッシー銀座。
「はい、そんなに動いてないので、平気です」
両手の拳を握って、アピールする乃菊。
「そうか、良かった。ところで今日は、暇?」
また、乃菊を誘おうとするパッシー銀座。
「今からですか?用事はないんですけど・・・」
用事が無いのは、事実だった。
「時間あるんだ。じゃ、手羽先、味噌カツ、ひつまぶし、何がいい!」
乃菊に選ばせるパッシー銀座。
「うわー、みんな食べたいなあ、でも・・・」
そこへ、みおんがやって来た。
「のぎちゃん、おじさんが下で待ってるってメールが来たよ」
みおんにメール?
「おじさん?」
パッシーにとっては、初耳の“おじさん”である。
「そうだ、おじさんがいたんだった。まだ一人じゃ心配だって、しばらく同伴でここに来るんです!」
乃菊は、忘れていたかのように言う。
「そうなの・・・」
落胆するパッシー銀座。
「おじさんなら、ひつまぶしがいいかも。パッシーさん、ひつまぶしに・・・」
一緒にご馳走になるつもりか?
「あ、ごめん。これから東京で仕事だった。菊野ちゃん、悪いけどまた次にしよう」
口から出まかせを言うパッシー銀座。乃菊の作戦成功だ。
「そうですか、残念ですけど、仕方ないですね・・・」
しょんぼりする振りをする乃菊。
「じゃあ、行くから・・・」
パッシーは、肩を落として歩いて行く。
「みおん、ありがとう。いいところに来てくれたわ」
乃菊がみおんと腕を組む。
「パッシーさん、のぎちゃんに気があるみたいだね」
みおんもパッシーの動向を見ていたようだ。
「うーん、ありがたいけど、困っちゃうな」
まったく眼中に無い相手だから・・・。
「そうだよね、のぎちゃんには、国也さんがいるから・・・」
みおんが、乃菊の顔を覗き込みながら言う。
「うん。・・・違う!おじさんは、関係ない!」
答えを誘導された乃菊だが、すぐに否定する。
「まあ、いいけど、でも気をつけてね。食事だけでも、写真撮られて、スキャンダルにされちゃうから」
事件もあって、芸能レポーターたちも、周辺をうろついている。
「そうなの?」
そんなことには疎い乃菊である。
「知らない?パッシーーさん、美人モデルさんと結婚してるのよ。それなのに、何度かタレントさんと一緒のところを撮られて週刊誌に載ったんだよ」
みおんは、芸能情報に詳しい。
「そうなんだ!」
乃菊は、芸能界にとにかく疎い。だからみおんのような友人が近くにいないと、いろんなことに巻き込まれてしまいそうな存在なのだ。
「さ、行こう」
二人は、腕を組んで歩いて行く。
「お疲れ様です」
みおんが、すれ違った照明係の人たちに挨拶をした。
「お疲れ、さ、ま、ん?」
乃菊も挨拶しようとしたが、照明係の一人、若手の基橋に、以前会った時とは違う雰囲気を感じた。
「どうしたの、のぎちゃん?」
みおんが、なぜか立ち止まった乃菊に聞く。
「ん?ううん、何でもない」
乃菊は、何かを感じながらも、ここは、早く立ち去ろうと思った。
「彼氏が待ってるから、行こう」
みおんが言い、二人のやり取りが続く。
「彼氏って、誰よ?」
「彼氏じゃなかった?」
「だから、誰のことよ!」
「くに・・・」
「違うよ、ただのおじさんだよ!」
「ふーん・・・」
「ふーんて何よ、みおん!」
みおんが逃げて、乃菊が追いかける。
「あ、痛い!」
乃菊が、廊下で蹲る。
「のぎちゃん、大丈夫?」
すぐにみおんが駆け寄って来る。
「捕まえた!」
乃菊が、みおんの手を掴む。
「騙したな!」
乃菊がみおんの腕を掴む。
「行こう!」
笑顔で言う乃菊。
「ホントに大丈夫だよね?」
それでも心配するみおん。
「うん!」
二人は、楽屋へ戻る。
その二人を、スタジオの出口のところで、ワニのような眼と二つに割れた舌を持つ基橋が、じっと見ていた。




