心配した?
乃菊の眼が開き、ベッド脇の国也に気づく。
「こんなに早く来てくれたんだ。・・・会いたかった。また顔が見られて良かった」
これが、乃菊の本心だったけれど・・・。
「おじさん、お、じ、さん!」
乃菊が呼ぶと、気がついたのか国也がもぞもぞと動き出した。
「の、ぎ、くう・・・」
国也は、寝ぼけている。
「重たいってば・・・」
国也が乃菊の胸の上で頭を動かすから、乃菊にとってはたまったものではない。
「乃菊・・・。何だか柔らかい・・・」
たまらず乃菊は、国也の頭をポコリと叩いた。
「あ、イタッ!」
国也が頭を押さえながら顔を上げる。
「あれ、涙が出てるぞ!」
乃菊が、国也の顔を見て笑う。
「あ、起きてたんだ・・・」
国也は、乃菊が眼を開けているのを見て、ホッとする。
「良かった・・・」
乃菊が生きているのを確認して、改めてホッとする国也。
「何か、悲しい夢でも見てたの?涙なんか流して・・・」
国也は、慌てて手で顔を拭く。
「何でもないよ」
夢を見ていたのだ。
「ふーん」
乃菊が興味深そうに国也の顔を見る。
「何でもないってば、寝てたのは、事実だけど・・・」
乃菊が死んでしまう夢だった、なんて言えない。
「そうか。それで、私の胸を枕にしてたんだ」
乃菊が微笑みながらも、鋭い目つきで言う。
「そんなことしてな、い・・・」
乃菊の上着の胸辺りに、涙なのか、よだれなのか、シミがついている。
「ごめん・・・」
夢でも本当に涙を流してしまっている自分が、情けなかった。
「まあいいわ、この前なんか、直接、私の胸を触ったくらいだから・・・」
国也は、キョトンとする。
「直接って、生を、直接?・・・いつ?そんなことしてないぞ・・・」
どう記憶を呼び戻しても、そんな事実は無かった。
「いつって・・・」
乃菊も事実を言えない。
「覚えがないけど、そんなことしたら君だってパンチぐらいするだろ」
今までの乃菊なら、国也が無事でいられたはずはない。
「・・・」
あのホテルの話など出来ない。
「あ、ごめん。記憶違いだった。それより、早かったのね」
乃菊は、話を変える。
「そりゃ、テレビ見てて、母さんがすごくあたふたしてるから、僕が行って来るから大丈夫だって言って、すぐに出て来たんだから」
ホントにそうだったか・・・?
「そんなに心配した?」
国也は頷く。
「もしも私が死んだらどうしようって、泣きそうだった?」
また頷く国也。
「心配で、心配でどこへ行けばいいのか、頭が回らなかった?」
しつこく聞く乃菊。
「うん」
またまた頷く国也。
「じゃあ、雲ネエより、おじさんの方があたふたしてたんじゃないの?」
誘導尋問だった。図星にがっくり肩を落とす国也。
「でも、嬉しい。私のことそんなに心配してくれるなんて、おじさんたちくらいだもんね」
うんうんと頷く国也。
「でも、君のことを心配してたのは、僕たちだけじゃないよ」
国也は、乃菊の存在が自分の周辺だけでないことを、思い知っていた。
「そりゃあ、みおんたちも心配してくれたと思うけど」
乃菊は、そうでもない。
「そうじゃなくて、駅で君のファンに会って、ニュースを見て凄く心配してたんだ」
あの二人のことだ。
「ファン?」
まだピンと来ない乃菊。
「そうだよ、君も結構人気があるんだ。金髪と丸坊主の強面のお兄ちゃんたちだったけど、迷ってた僕を地下鉄の駅まで案内してくれたんだ」
ニコニコして話す国也。
「何でそんな人たちと知り合えたの?」
乃菊も興味津々。
「そ、それは、ちょっとした訳が・・・。とにかく、君のファンに悪い人はいないってことだよ」
話せば長くなりそうでやめた。
「ふーん・・・」
何だかごまかされているような気分の乃菊である。
「まあいいわ。そんなにまでして、一生懸命私のところへ来てくれたおじさんに、ご褒美あげる!」
乃菊は、唇を突き出す。
「な、何?」
戸惑う国也。
「欧米式の挨拶」
また唇を突き出す乃菊。
「それが、ご褒美?ホントにいいの?」
何かあると欧米式の挨拶をくれる乃菊。そのサービスがでまた何か要求されないかと、逆に不安になる国也だった。
「もういい、時間切れ!」
乃菊が焦れて反対側を向いてしまう。やっぱり結構短気な乃菊。
「本当に泣きそうだったんだぞ」
国也は、立ちあがって乃菊の顔を元に戻し、唇にキスをする。
「あ、おじさんがアイドルにキスした。ファンが怒るよ!」
また、意地悪乃菊の始まりか。
「君がご褒美だって言ったんじゃないか・・・」
今度は、国也がふくれっ面になる。
「こんなとこマスコミ見られたら、アイドルのスキャンダルだって、週刊誌に載るよ」
乃菊がいつも言われることだ。
「君が求めたんだろ」
たびたびの欧米式の挨拶に、結構調子に乗ってしまっている国也。
「失礼ね、ご褒美だって言ったじゃない。求めてなんかないよ!」
痴話げんかである。
「じゃ、もう帰るよ」
乃菊が立ち上がった国也の手を掴む。
「怒っちゃった?」
怒ったふりをして成功か!?
「ごめんなさい。本当は、とってもうれしいの。気がついた時にそばにいてくれて・・・」
乃菊の眼から涙がこぼれる。
「その涙は、演技?」
国也が詮索する。
「こ、ろ、し、て、やるう・・・」
乃菊の手が国也の首を絞めようと伸びて来る。
国也は、その手をすり抜けて、ふざけた言葉が出ないように、唇を合わせた。
「スキャンダル・・・」
乃菊もお返しに、国也の顔を再び引きよ寄せ、長いキスをする。
この二人は、恋人同士なのか?・・・付き合っていないのに、付き合っているような不思議な関係だ。




