308号室です
地下鉄の駅の階段を上がり、明るい地上へ出た国也は、道路の反対側にある大きな病院を確認し、すぐに走り出す。
「乃菊ちゃんは、どこですか?」
病院に入った国也は、受付の女性に聞く。
「どなたですか?」
いきなりそんな聞き方では、相手に伝わらないのは当然だ。
「あ、あの、男に刺されて、こちらに運ばれて来た、大人少女23の菊野乃菊ですが・・・」
受付の女性は、なぜか国也の顔を覗くように見る。
「あの、どういうご関係ですか?」
そう簡単には教えられない。乃菊は、芸能人である。
「か、家族です!」
苛立つ国也。
「そうでしたか。3階の308号室ですが、今・・・」
係員の言葉を最後まで聞かずに階段へ向かう国也。運動不足であるはずの国也が、階段を駆け上がる。
そして、勢いのまま3階まで駆け上がると、国也の足が止まった。
「あ、あれは・・・」
廊下に集まっている報道関係らしい大勢の人間に戸惑う国也。
「あれじゃ、病室に入れないじゃないか・・・」
国也は、この状況に苦悩する。
早く乃菊に会いたい。元気な姿を見たい。国也は、思い通りに行かない状況に、思わず地団太を踏む。
「どうしました?」
白衣を着た救世主か?いかにも名医のように見える落ち着いた声かけ。国也は、なぜかホッとする。
「あの、菊野乃菊の身内なんですけど、あれじゃ、病室に入れなくて、どうしようかと思っていたんです」
白衣の男性は、ニコリと笑って廊下を歩いて行った。
「少しお話しましょう。ここでは何なんで、あちらへお願いします」
白衣の男性がそう言うと、集まっていた報道陣は、ぞろぞろとついて行った。
病室の前は、警備員一人になった。
「よし、行くぞ!」
国也は、安心して病室へ向かう。
「すみません、菊野乃菊さんのご家族ですか?」
まだいた報道陣。手帳を持った男が、国也に話しかけてきた。
「あ、い、いえ、僕は、か、患者です・・・」
国也は、立ち止らずに話をする。
「じゃあ、ここに大人少女23の菊野乃菊さんが、入院していることは、知ってますか?」
手帳を持った男が聞く。
「あ、いえ、ぼくは、そう言う朝の番組に出ている人は、知らないんです」
正直者である。
「知ってるじゃないですか、朝の番組に出てるって。ホントは、ご家族じゃないんですか?」
このままでは、関係を知られてしまう。
「ち、違います!」
油断できない相手だと思う国也。
二人は、話しながら乃菊の病室を通り過ぎる。
「その人は、そんなに有名なんですか?最近テレビを見ていないものですから・・・」
まだ嘘をつく国也。
「少し前にデビューしたばかりなんですが、もう結構人気が出てるユニットなんですよ」
芸能レポーターだろうか?
「そう言えば、さっき向こうに報道陣の人たちが行きましたけど・・・」
早くこの男から逃れたい国也である。
「いえ、僕は、他の記者たちとは違う切り口で事件を追いたいんです」
やっぱり、油断出来ない。
「あ、あそこに集まっていますよ!」
国也は、突き当った右側のスペースに集まる報道陣を指さす。
「分かりました。もし僕を病院で見かけたら、何か情報をくださいね」
手帳の男は、国也を狙っている。
「そうですね、看護師さんに何か聞いたりしたら、お伝えしますよ。じゃあ、僕は、自分の病室に戻りますので・・・」
手帳の男が報道陣の方へ向かう。
「お願いしますよ!」
振り返って手を振る手帳の男。
「早く行かなきゃ!」
国也は、報道陣が集まる場所とは、反対側に歩いて行く。
なぜか、乃菊のところへたどり着けない国也。振り返るとまだあの記者がうろうろしている。
しかたなく階段を下り、2階を逆回りして、また最初の階段を上がる。
「やった!」
乃菊の病室の前には、警備員しかいない。すぐに病室の前へ行く。
「あの、身内なんですけど!」
国也がそう言うと、警備員は、扉を開けて、中にいる人間に確認した。
「大野さん、どうぞ入ってください!」
田沢が顔を出し、国也を中に入れた。
「マスコミがたくさんいて大変だったでしょ・・・」
田沢が、カーテンの向こうのベッドへ、国也を連れて行く。
「ええ、ここの先生らしい人が、報道陣のみんなを移動させてくれたんですけど、それでもすんなり来れませんでした・・・」
「たぶん、主治医の笹野先生でしょう」
ベッドの脇に立つ二人。
「手術が終わって、今は眠っています」
その言葉通り、ベッドの乃菊は、静かに目を閉じている。
「申し訳ありませんでした。私が付いていながら、こんな大怪我をさせてしまって・・・」
田沢が頭を下げる。
「いえ、それで、乃菊ちゃんは、どうなんですか?」
田沢に罪はない。
「先生が言うには、傷がそんなに深くなくて、致命傷にはならなかったそうです」
そう聞いて、ひとまず安心する国也。そして田沢が用意した椅子に座る。
「私は、外に行ってますから・・・」
田沢が病室を出る。国也は、あらためてベッドに眠る乃菊の顔を眺める。
「心配したんだぞ・・・」
やっとの思いで、ここへたどり着き、乃菊の寝顔を見た国也は、疲れを感じて居眠りをしてしまう・・・。
「国也さん、いろいろありがとうございました・・・」
乃菊にしては、神妙な話し方だ。しかも国也と呼ぶのも初めてである。
「私が死んでも、しっかり生きて行ってね」
ベッドの上の乃菊が、手を伸ばして国也の手を握る。
「君が死ぬもんか、僕がきっと助けるから・・・」
しかし、国也の願いも届かず、乃菊の手から力がなくなり、国也の手からスルリと抜け落ちる。
「乃菊!」
国也が叫んでも、閉じた乃菊の眼が、再び開くことはなかった。
「わあああ!」
国也は、乃菊の身体を揺すりながら泣き叫ぶ。
「の、ぎ、く・・・」
やがて部屋は、静まり返った・・・。




