事件生中継
夕方、仕事を終えた国也は、明日の番組で生ロケをする乃菊を、蒲橋駅まで送って来た。
「中まで一緒に行こ」
乃菊は、駐車場へ車を停めさせ、国也に駅の中まで来るように頼む。
「しかたがないな、みおんちゃんにお世話になるから、何か買って持たせるよ」
明日は、朝が早いので、乃菊は、みおんのアパートに泊めてもらい、そこから放送局に行き、ロケ地へ向かうのだ。
「このお弁当二つと、このお菓子と、このゲームと・・・」
売店で、並んでいる弁当やお菓子を指さす乃菊。
「ちょっと、ちょっと、ゲームは余分だろ!」
国也が注意する。
「冗談よ。このおつまみください」
舌を出して言い直す。
「お酒飲んで、遅刻するなよ」
心配性の国也。ただ、乃菊だから心配するのかもしれない。
「わかってます。いちいちうるさいんだから・・・」
何て言い草だと思いつつ、ここは我慢、我慢と思う。国也が支払いをして、二人は改札へ向かう。
「ねえ、一緒に行かない?」
改札の前で、国也の手を引っ張る乃菊。
「だから、朝一で取引先へ行く用が出来たって・・・」
付いて行けたら、国也もそうしたかった。
「わかってるもん。ちょっと言ってみただけだよ!」
すぐにふくれる乃菊。
「さあ、電車が来るぞ」
乃菊の背中を押す国也。
「そんなに早く離れたいの?」
乃菊が泣きそうになる。
「そんなことないよ、君のことを心配してるだけじゃないか・・・」
電車が来てしまう。
「じゃあ、お別れのキスして!」
出た!乃菊のわがまま。しかもこんな所で・・・。
「何を言ってるんだ、こんなところで」
当然出来るはずがない。
「私のこと嫌いなんだ・・・グスン」
乃菊は、泣いて見せる。
「メガネを取ってみろ、泣いてないだろ・・・」
国也にとっては、歌手よりも女優である。
「あっかんべええ!」
乃菊は、切符を通し、改札を抜ける。国也は、走って行く乃菊に手を振る。
しかし、荷物をぶらぶらさせながら乃菊が戻って来る。
「おじさん、忘れ物!」
乃菊は、駅員がいる改札口のところまで来て、国也を待つ。
「何を忘れたんだよ」
国也も近寄る。
「これ!」
乃菊が、勢いよく迫る。
「!!」
乃菊は、駅員がいる前で、国也に向かって背伸びをして、唇にキスをした。
「行ってきまーす!」
乃菊は、ニコニコしながら走って行く。国也は、駅員の前で赤面して佇む。
「大胆な娘さんですね」
駅員がニコニコしながら言う。
「はあ、欧米式の挨拶です」
国也は、恥ずかしさいっぱいで駅を後にした。
翌朝、乃菊とみおんは、番組の生ロケで商店街の看板商品を紹介していた。
「ここの看板商品は、こちらです!」
乃菊とみおんが紹介したのは、老舗の肉屋さんの店先で揚げている、ブランド牛のミンチが入ったコロッケだ。
「ほら、乃菊ちゃんが出てるよ」
大野家の看板娘でもある乃菊のテレビ出演を、毎週楽しみにしている雲江。
「わかってるよ、静かに見てよ」
そう言っている国也も、実は落ち着かないのだ。
「みおんちゃん、食べてみてください!」
みおんが、店のおばさんから受け取ったコロッケを、一口食べてみる。
「おいしい!のぎちゃんも食べてみて、普通のコロッケとは全然違うから」
乃菊も一口頂く。
「うん、おいしい。お肉もたくさん入ってるね」
乃菊とみおんは、カメラの前で笑顔を見せる。
周りには、二人をカメラに収めようと見物客が集まって来た。
「国也、怪しい男がいる」
中継を見ている雲江が、乃菊たちではなく、見物客の方に目が向いた。
「誰!どこ?」
国也もテレビ画面を食い入るように見る。雲江の直感は、よく当たるからだ。
一方、乃菊も撮影中、見物客の中に見覚えのある男がいることに気づく。
「みおん、こっち側に来なよ」
「どうして?」
「いいから」
乃菊は、店側にみおんのカメラ位置を替えさせる。
「これは何かしら?」
みおんが惣菜屋の店先に並んでいる練り物を指さして言う。
「う、うん・・・」
乃菊は、男を気にしながら、みおんと会話をする。
「ちょっと下がって!」
田沢が、乃菊たちに近づく男を止めようと、男の前に立つ。
「キャッ!」
近くにいた見物客の女性が叫んだ。男がナイフを持っていたのだ。
「何だ君は!」
男のナイフにひるんだ田沢の脇を抜けて、乃菊たちのところへ行く男。
「ちょっと、これは演出ではないですよね!」
スタジオのパッシーが、異変に気づく。大人少女23のメンバーたちもモニターに釘づけになる。
「違いますよね、菊野さん聞こえますか?」
北辺アナも顔色を変えて、乃菊を呼ぶ。
「国也、乃菊ちゃんたちが危ないよ!」
雲江が叫ぶ。
「わかってるよ、でもここじゃどうしようもないだろ!」
国也たちも、テレビの中に入って行こうとするくらいの距離で画面を見る。
「みおん、俺のところへ帰って来てくれよ!」
男がみおんに向かって言う。
「忠志!」
みおんをストーカーしていた朝間川忠志だ。
みおんが下がり、乃菊が二人の間に立った。
「やめてください!」
乃菊は、みおんをさらに奥へ行かせ、忠志と対峙する。
「どけ!みおんに話があるんだ!」
忠志は、店に入る通路に立ちふさがる乃菊を押す。それでも乃菊は、忠志の腕を掴み、先へ進ませない。
「邪魔をするな!」
忠志は、腕を放そうとしない乃菊の腹部を、ナイフで一突きしてしまった。
「うっ!」
乃菊は、その場でお腹を押さえてしゃがみ込んだ。
「キャー!」
周りから悲鳴が上がる。
「やめろ!」
田沢が忠志を後ろから羽交い絞めする。音声の工堂も機材を置いて加わる。
「警察を呼んでください!」
田沢たちは、もみ合いながらも忠志を動けない状態にして、店の通路から道へ出て倒れ込んだ。
「離せ!」
周りがざわめく中、見物客の何人かも、忠志を取り押さえる手伝いに入る。
「のぎちゃん!」
みおんが、お腹を押さえてうずくまる乃菊の肩を抱く。
「早く救急車を呼んでください!」
みおんが叫ぶ。カメラは、この様子をずっと捉えていた。
「乃菊ちゃん、大丈夫か?」
田沢が、乃菊たちのところへ来た。
「なんじゃー、こりゃー、です。・・・古い?」
冗談を言ってみせる乃菊だが、両手で押さえるお腹からは、真っ赤な血が流れている。
「みおん、横にさせなさい!」
みおんは、その場に座って、横になった乃菊の頭を腿の上に乗せる。乃菊は、血の気が引いた顔をして、唇も紫色になり、冷や汗をかいて震えている。
「のぎちゃん、もうすぐ救急車が来るから、頑張ってね!」
みおんも顔が蒼くなっている。
「私、死んじゃうのかな?」
顔をしかめながら、乃菊が言う。
「バカ!死ぬわけないじゃない!」
みおんが、涙を流しながら、乃菊を勇気づける。
「羽流希さん、救急車まだ?」
みおんが田沢に聞く。
「サイレンが聞こえてきたぞ」
救急車もパトカーもやって来て、乃菊は、担架で救急車に乗せられ、田沢とみおんが同行して病院へ向かった。
忠志は、傷害の現行犯で逮捕された。
「のぎちゃん、私のせいでこんなことになっちゃって、ごめんね・・・」
救急車の中で、応急処置を施される乃菊の手を握るみおんは、涙を流す。
「気にしなくていいよ、そんなこと。ただの事故だから・・・」
と言いつつも、激痛に意識が遠のく乃菊。ゆっくりと目を閉じる・・・。




