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どこかへ

ある土曜日の朝。

国也と乃菊、そして雲江の3人は、いつもより少し遅い時間の朝食をとっている。

「国也、たまには乃菊ちゃんをどこかへ連れて行ってあげたらどうだい」

雲江は、テーブルの対面に並んで座る、国也と乃菊の顔を見て話す。

「どこかって、休みぐらい家でゆっくりしたいよね、乃菊ちゃん?」

おかずを口にしながら、首を振る乃菊。

「行きたい」

そうでしょ、と言うような顔をする雲江。

「お前は、ものぐさなんだよ」

乃菊は、煮豆を箸でうまく挟んで口に放り込む。

「乃菊ちゃん、どこへ行きたいんだい?」

口をモゴモゴしながら考える乃菊。

「名古屋へ行きたい!」

乃菊の顔を見ながら、雲江が笑顔でうんうんと頷く。

「じゃあ決まりだね。連れて行ってもらいなさい、お小遣いあげるから」

雲江は、乃菊に甘い。

「やったあ!ありがとう、雲ネエ!」

乃菊は、子供のように箸を持つ手を突き上げる。

「もう、勝手に決めるんだから。それに、どうして母さんが雲ネエで、僕がおじさんなんだよ」

そう言いながらも、デートが出来るような気分に、内心まんざらでもない国也である。


挿絵(By みてみん)


やっぱりデートのような雰囲気で名古屋へやって来た二人。

「もう、ずっと寝てるんだもん、ぶー!」

電車の中で話もせず寝ていた国也に、唇を震わせてブーイングの乃菊だ。

「どこへ行きたい?」

やっとの会話。

「名古屋城!」

乃菊の要望で、地下鉄に乗って名古屋城へ。二人は大手門の近くへたどり着く。

「おじさん、お城へ来て、天守閣を見るのは当たり前でしょ」

乃菊が大きな門を見上げて言う。

「そうだな、普通の人は、お城らしいあの姿を見たり、中へ入ったりすることが目的だよね。だけど、僕のようなマニアは・・・」

国也が話していると、乃菊は大手門に背を向けて歩き出す。

「どこへ行くんだよ?」

慌てて乃菊を追いかける国也。

「じゃ、お城を外から見て回りましょ」

勝手に歩いて行く乃菊。

「外を回るなんて、かなり歩かなきゃいけないよ!」

聞く耳持たずの乃菊は、ドンドン歩いて行ってしまう。国也は、しかたなく追いつくように走る。

「じゃ、急がなきゃ!」

乃菊は、競歩のように歩き、追いつかれないようにする。

「あ、川がある」

乃菊が止まったので、やっと追いつく国也。

「堀だよ」

息を切らしながら言う国也。

二人は、西側の外堀脇の歩道を歩く。

「どうしてこっちに橋を造らないの?お城へ行けないじゃない」

乃菊の言い分だ。

「簡単に行けないために、堀があるんだよ」

国也が説明をする。

「何か、めんどくさいね」

面倒なのは、君の相手だと言いたい国也である。

「あ、公園がある」

外堀を西側から右に折れ、南側を歩いて行くと、道路を挟んで公園があった。

「じゃ、公園に行って休憩しよう!」

疲れたのだ。

「駄目!お城が見える川の近くを歩こ」

乃菊は止まらない。

「だから、堀だってば・・・」

がっくりして、さらに歩みが遅くなる国也。乃菊と国也の距離がしだいに拡がっていく。

「ここで写真・・・」

乃菊が振り返ると国也がいない。

「おじさん、どこ?」

乃菊は少し戻ってみる。しかし見当たらない。広場にもいない。走って道路のところまで戻るが、国也の姿はない。

「おじさん、どこ行ったの?」

道路を公園沿いに走って行く乃菊。・・・乃菊の眼から涙が流れている。

また堀の方へ向かう。だが国也は見えない。

乃菊は立ち止って、前後左右を必死に見回す。どこにも国也がいない。

また走り出す乃菊。

「あっ!」

つまずいて転んでしまう。膝を押さえて立ち上がる。

「転んじゃったの?」

国也の声がして振り返る乃菊。

「どこ行ってたんだよ!」

ニコニコしながら歩いてくる国也に、乃菊は腹を立てる。

「ちょっと遅かったかな、はい」

国也が缶ジュースを渡そうとすると、乃菊は、それをはたき落してしまう。

「何するんだよ!」

国也が落ちた缶ジュースを拾い、もう一つの方を渡そうとするが、乃菊が背中を見せている。

「どうしたんだよ」

国也は乃菊の前に出て、下を向く乃菊の顔を見る。

「泣いてるの?」

乃菊は、手で顔を拭く。

「急にいなくなっちゃったんだよ・・・」

やはり涙を流している。

「だから、ジュースを・・・」

国也は、戸惑った。

「心配すると思わないの?」

乃菊が小さな声で言う。

「トイレにも行ってたから・・・」

事実を言う国也。

「言ってくれればいいのに・・・」

まだ涙を流している。

「ごめん、すぐ済むと思って・・・」

こんなことは、想像もしていなかった。

「胸が苦しかったんだよ・・・」

胸を叩く乃菊。

「・・・」

国也は何も言えず、乃菊の顔を見ていた。

「急に一人なったら、怖いんだよ。また私の前からいなくなっちゃうって、苦しいんだよ、つらいんだよ・・・」

乃菊がしゃがんで顔を覆う。


挿絵(By みてみん)


「ごめん、僕が悪かったよ」

国也もしゃがんで、乃菊の肩に手を回す。

きっと、過去の悲しみが、置き去りにされたことで蘇ったんだ、と思う国也。

「もう一人にしないから、機嫌直してよ・・・」

乃菊は、伏せたまま手を伸ばし、手のひらを動かす。

「落っこちてない方、ちょうだい・・・」

ホッとする国也。その手に缶ジュースを握らす。

乃菊が急に立ちあがって、堀の前に立つ。

「お城を背に、ジュースを飲む少女。どう、これで撮って!」

缶ジュースを持ってポーズをとる乃菊。国也は、バッグからカメラを取り出し、乃菊を被写体にして、カメラを構える。

「あ、膝から血が出てるよ」

国也が気付く。

「大丈夫、大丈夫。こんなの平気!」

涙は乾いているけれど、その名残が顔に現れている。強がっているだけなんだ。そんな乃菊がいつもより可愛らしく見える国也。

「可愛く撮れた?」

乃菊は、国也に寄り添って、メモリーの画像を見る。

「まあまあかな。おじさんの腕ならしかたないか・・・」

乃菊は、国也の腕を掴み、ジュースを飲みながら歩く。逃げ出さないようにしっかりと腕をロックしながら・・・。

「あ、あれもお城?」

遠くの建物を指さして言う乃菊。

「県庁じゃないかな」

たぶんそうである。

「ああ、名古屋弁の偉い人がいるとこだね」

誰とは言わない。

「それは、手前のビルじゃないかな」

二人は、お城の東側にある地下鉄の駅へ入って行く・・・。







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