二度目のホテル
乃菊と国也は、地下街を抜け、西駅付近でビジネスホテルを探していた。
「ねえ、おじさん。ダブル?」
乃菊が国也の脇によって聞く。
「そんなわけないだろ、シングル二部屋だよ」
当然とばかりに答える国也。
「どうして、どうして!前は、一つの部屋で一夜を共にしたじゃない、私たち!」
また、国也に対するわがままが始まった。
「あの時は、君が酔っ払ってたからだろ。今は、アイドルと保護者の関係なんだから、駄目だよ!」
国也がきっぱりと言う。
「保護者なら一緒にいてよ!淋しいじゃない・・・」
粘る乃菊。
「男と女だ、絶対駄目!」
無論、却下である。
「ぶうー!」
ふてくされて歩く乃菊。
「あそこに行ってみよう、空いてるかな?」
国也が先にホテルに向かうが、乃菊は立ち止って携帯電話を取り出し、誰かに電話をかける。
「何してるんだ、ここにしよう!」
国也が振り返って呼ぶと、乃菊は、何食わぬ顔で近寄って来た。
「ここにするの?」
乃菊が聞く。
「ああ、空いていたらね・・・」
すると、国也の携帯電話が鳴る。
「もしもし、みおんちゃん、どうしたの?乃菊ちゃんに用?え、僕に話?」
電話をしている国也の腕を掴んで、国也に声を掛ける乃菊。
「電話してる間に、私が部屋をとって来てあげる!」
気を利かせるていで、乃菊は言っている。。
「ちょっと待って。・・・じゃあ、これ持ってって、二部屋だよ。もしもし、ごめん、それで・・・」
乃菊は、国也から財布の入ったポーチを預かると、急いでホテルのフロントへ向かった。
「じゃあ、また今度ね。田沢さんによろしく・・・、おやすみなさい」
国也は、電話を切り、ホテルへ向かう。
「結局、何の用だったんだろう?」
国也が、ホテルに入ると、乃菊が走ってやって来て、国也の腕を掴むと、引っ張るようにエレベーターに向かう。
「ごゆっくり、どうぞ・・・」
フロントの前を通ると、ホテルマンが笑顔であいさつする。
「愛想のいいホテルマンだね」
ホテルマンなら当然かもしれないが・・・。
「いいから、行こ!」
乃菊と国也は、エレベーターに乗り込む。
「3階にまいりまあす!」
乃菊がボタンを押す。なぜか妙にニコニコしている。
すぐに3階へ到着。乃菊は、国也を引っ張るようにして部屋を探す。
「303、ここだ!」
乃菊は、国也の腕を掴んだまま部屋に入って行く。
「僕の部屋は?」
国也が尋ねる。
「ここだよ、私が隣!」
乃菊が答える。
「あれ、ダブルじゃないか、この部屋・・・」
ベッドを見てすぐに分かった。
「間違えちゃった、ハハ!」
頭を掻く乃菊。
「ハハ、じゃないよ、シングルの方が安いんだから。まあいいから、隣に行けよ」
しかし乃菊は、部屋を出て行こうとせず、それどころかベッドに腰をかけてしまう。
「わー、広いベッド。私もここにしよっと」
浮かれている乃菊。
「ここにしよっとじゃないよ、自分の部屋に行きなさい!」
部屋を出るように指示する国也。
「行かないよ。ここも私の部屋だもん・・・」
平然と言う乃菊。
「・・・」
国也は、やっと気付いた。
「騙したな。最初からここ一部屋だったんだろ。ひょっとしてみおんちゃんが電話してきたのも、君の仕業だな!」
乃菊のやりそうな手だった。
「ピンポーン!」
乃菊は、Vサインをする。
「何してるんだ君は!もう一部屋頼んでくるから」
国也は、怒って部屋を出ようとする。
「やだ!もう一部屋用意するなら、窓から飛び降りてやる!」
怒り返す乃菊。
「何言ってるんだよ!」
と言って国也が振り返ると、乃菊が窓を開けている。
「やめろ!」
国也は、乃菊をフロントに行かせた自分の浅はかさを後悔した。
乃菊と国也が並んでベッドに腰掛けている。
「何もしないから、いいじゃない・・・」
ニコニコしながら言う乃菊。
「だけど、普通に考えたら、スキャンダルだよ。君は、テレビに・・・」
国也は、不安だった。
「わかってる!ただ、一人じゃ淋しいだけだよ・・・」
泣き出されても困る国也は、そう言う乃菊に降参した。
「どうやって、寝るんだよ。この部屋、ベッドの他は、椅子しかないじゃないか」
部屋を見回しても、さほどの設備もない。
「ベッドに決まってるじゃん!私がこっちの端、おじさんがそっちの端に寝ればいいじゃない」
ベッドを指さす乃菊。
「ふう・・・」
ため息が出てしまう。
「何ため息ついてるのよ。じゃ、私、シャワーしてくるから、覗かないでね」
ウインクして浴室に向かう乃菊に、覗くもんかと、自分に誓う国也。
「おじさん、浴衣取って!」
しばらくすると浴室から顔を出し、国也に浴衣を取るように頼む乃菊。
「何で、用意しとかないんだよ・・・」
当然の様に国也を使う。
「じゃ、裸で出て行ってもいいの?」
ぐうの音も出ない。
「駄目だ!すぐ持って行くから、そこで待ってろ!」
国也は、ブツブツ言いながら、ロッカーから浴衣を取り出し、浴室の扉の前へ行く。
「持って来たよ・・・」
国也は横を向き、渡そうとする。乃菊は扉を少し開け、手だけを出す。すぐに手に取れず、手をあちこち動かし浴衣を探す。
「ちゃんと渡してよ!」
どうして怒られなくちゃいけないんだ、そう国也は思った。
「そっちを見ちゃいけないだろ・・・」
国也がそう考えるのは自然である。
「見なきゃ、渡せないでしょ!」
そう言われて、国也が乃菊の手に浴衣を渡そうと、扉の方を見ると、隙間から乃菊の白い肌が見えてしまった。
「あっ・・・」
つい声を出してしまった国也。乃菊は気づいていなかっただろうに・・・。
「おじさん!見たでしょ、私の裸!」
痴漢を捕まえたかのように、大きな声で言う乃菊。
「み、見てないよ!」
乃菊が扉の間から顔を出し、国也を問い詰める。
「ホントは、見たでしょ。どこが見えたの?」
いつものように睨んで言う。
「見てないよ・・・」
小さくなって答える国也。
「嘘つくと、ホントに裸で出て行くわよ!」
乃菊の脅迫尋問は、怖い。
「す、少しだけだよ、ホントに少しだけ見えただけなんだ。でも、どこが見えたのかもよく分からなかったし、嘘じゃないよ・・・」
浴衣を着て浴室から出て来た乃菊は、パソコンの置いてある机の椅子に座る。
「そんなに見たいなら、見せてあげようか」
ニヤリと笑う乃菊が恐ろしい。
「バカッ、やめてくれ!・・・もう寝る!」
国也は、ベッドの奥側に横になって寝ようとする。
「そんなに嫌わなくたっていいじゃない。ちゃんとシャワーを浴びて、着替えて寝てください」
乃菊に尻を叩かれ、しかたなく起き上がり、浴室へ向かう国也。
「ちゃんと浴衣持って行きなさいよ、忘れても取ってあげないからね・・・」
肩を落として浴室へ入る国也。疲労感たっぷりの悲しい後姿である。
「シャワー浴びてきたの?」
国也が浴室から出て来て、ベッドに腰をかけると、寝かかっていた乃菊が、目をこすりながら聞く。
「うん、気にしないで、早く寝ろよ」
そう言いながら乃菊を見ると、浴衣姿で横になる乃菊が妙に色っぽく見える。
「おじさんも、早く、寝なさいよ・・・」
乃菊が壁の方を向くと、浴衣の裾が上がって、長い素足が見える。
「あ、そうだ。バッグの中にあるペットボトル出しといて、のどが乾いたら飲むから・・・」
そう言いながら乃菊が国也の方を向くと、今度は胸がはだけて、白いふくらみが見えてしまう。
「駄目だ、駄目だ。理性がどこかへ行ってしまう・・・」
国也は、乃菊のバッグからペットボトルを取り出し、一口飲む。
「ワオオオオン!」
国也は、狼に変身してしまいそうだった・・・。