田沢の気持ち
数日後・・・。
乃菊たちメンバーが、継続しているダンスの練習中、国也と田沢は、スタジオ近くの喫茶店に入る。
「余計なことかもしれませんが、田沢さんは、みおんちゃんのことをどう思っているんですか?」
国也は、前から気になっていたことを、思い切って聞いてみた。
「知ってると思いますが、みおんは、死んだ妻の妹なんです。初めて会ったのが小学生の頃なんですよ。その子が、大人になったからと言って、妻がいないとはいえ、恋愛感情なんて持ってはいけないんですよ・・・」
複雑な思いがあることは確かだ。
「だけど、妻が死んで、何年も慕ってくれていることもわかってるし、だから彼女の人生をほっておけなくて、こうして彼女の夢を叶えようとしてるんです」
国也には、本音を話す田沢。
「そうですか、わかるような気がします」
年の差で言えば、国也と乃菊も同じ。しかし自分の場合は、縁もゆかりもないところからの付き合いだ。それでも田沢のように、国也も乃菊のことが気になってならない。
「あっ、そうだ。田沢さん、みおんさんをストーカーしてる元彼がいることを知ってますか?」
本題は、そのことだった。
「えっ!本当ですか?知りませんでした」
田沢には、言っていないようだ。
「きっと、心配させたくないんでしょう。・・・乃菊ちゃんと一緒にいる時に、後をつけていたそうです」
国也は、乃菊から聞いたことを言う。
「そうですか、注意するようにします」
田沢も心配する。
「そうですね、僕も出来る限り顔を見せて、乃菊ちゃんと一緒にみおんちゃんを見守っています」
頼りになるのか、ならないのか・・・。
「ありがとうございます」
二人は、コーヒーを飲みながら話を続けた。
メンバーがスタジオから出てきたのが12時過ぎ、放送局をみおんと一緒に出た乃菊は、国也に電話をする。最近は、帽子をかぶり、伊達メガネをかけて、街を歩くようにしている乃菊やみおんたち。ビルの前で国也たちを待つことにした。
「お久しぶりです」
急に声を掛けられた。
「キャッ!」
乃菊とみおんは、後ろから声をかけられ、振り向いたみおんが驚いて声を上げた。
「どうしてあなたがこんな所に?」
声をかけたのが赤ずくめの男、最上だったから、みおんが驚くのも無理はない。
「のぎちゃん、こんな人と知り合いなの?」
みおんが、思わず乃菊の後ろにずれる。
「申し訳ありません。驚かそうと思って声をかけたんじゃないんですが、普段から、こんな格好なもので」
最上は、みおんに頭を下げる。
「いいから、ちょっとこっちへ来て!」
乃菊は、最上をみおんから遠ざけるため、最上を引っ張って行き、少し離れたところで話をすることにした。
「あ、国也さん!」
国也と田沢がやって来た。
「みおんちゃん、乃菊は?」
国也が一人でいるみおんに聞く。
「あそこです・・・」
みおんが指さすところには、乃菊と不吉な男、最上がいる。
「ちょ、ちょっと、行って来ます・・・」
国也も二人のところへ向かう。
「最上さん、こんなところまで来たんですか?」
国也が声を掛ける。
「どうも。いいえ、ここも私のテリトリーですから・・・」
最上は、国也に頭を下げながら言う。
「おじさん、この人は、いったい何者なの?・・・私のストーカー?」
乃菊が最上の袖を掴んで言う。
「いいや、僕のストーカーだよ!」
国也は、自信を持って言う。
「いいえ、お二人のストーカーです」
冗談とも思えない。
「そんなわけないでしょ、心配して来たんですよ!」
最上が言う。
「何を?」
乃菊と国也がハモる。
「それは、ま、とにかく、何か嫌な予感がするんで、気をつけてください・・・」
心配してくれるんだ、と二人は思う。
「あの子じゃないんですか?危険なのは・・・」
去ろうとする最上に、国也がみおんを指さして聞く。
「危険なのは、あなたです!」
最上が指をさしたのは、乃菊だった。
「誰なんですか、あの人?」
みおんと田沢が、乃菊たちのところへ来た。
「仲介人だそうです」
国也が答える。
「まさか、乃菊ちゃんと国也さんの仲人?」
田沢とみおんがハモる。
「そんなわけないでしょ!」
乃菊と国也もハモった。
「冗談言わないでよ、みおん。私たちにもわからないの、あの人の正体・・・」
乃菊がそう言って、最上の方を見たが、すでに姿が無かった。
「とりあえず、遅くなったんで帰りましょう。タクシー呼んでありますから」
田沢の手配で、タクシーがやって来ていた。
「お二人は、駅までですね。これを使ってください」
田沢が、国也にチケットを渡す。
「田沢さん、みおんをお願いしますね」
乃菊が頼む。
「はい、無事に送り届けますから」
田沢が答える。
「何よ、私は、子供か郵便物なの?」
みおんの頬が膨れる。
「可愛い子、ぷにゅぷにゅ!」
乃菊がみおんの頬をつまむ。
「もう!気をつけてね!」
みおんが笑顔で言う。
「バイバイ!」
乃菊も笑顔で手を振る。
「おやすみ!」
田沢とみおんがハモる。
「おやすみなさい!」
乃菊と国也も、ハモって返す。
4人は、それぞれ別のタクシーに乗り込み別れる。
「母さん、やっぱり最終電車に間に合いそうもないから、ホテルに泊まって、明日の朝帰るよ!」
国也は、タクシーの中で雲江に電話をして、駅前のビジネスホテルに泊まることにした。
「やったあ・・・」
乃菊は、小さな声でガッツポーズをする。
「何喜んでるんだよ」
国也が聞く。
「喜んでなんかないもん!」
乃菊は、プイッと横を見る。
「お二人は、恋人同士ですか?」
タクシーの運転手が話しかけてきた。
「見えますか、恋人同士に?」
乃菊は、身を乗り出して運転手に聞く。
「ええ、少し年の離れたカップルさんに見えますが・・・」
第三者には、そう見えるらしい。
「やっぱり、見えちゃうんだ。運転手さん、この人おじさんだから・・・」
魅惑そうに言う乃菊。
「そうなんですか、おじさんですか・・・。恋人同士だったら、スキャンダルだったんですがね」
運転手がルームミラーを見ながら話す。
「えっ、スキャンダル?」
何のことかと、乃菊が思う。
「だって、そうでしょ。あそこは放送局ですから、お嬢さんは、タレントさんじゃないんですか?」
鋭い運転手。
「違いますよ、一般人です!」
国也が間に入る。
「本当にそうなんですか?こんな時間に帽子やメガネで顔を隠して、それより何より、お嬢さん綺麗で可愛いし、何かの番組で見たような気もするし・・・」
結構鋭い指摘である。
「運転手さん、もうすぐ駅ですよね。その辺でいいですよ!」
国也は、これ以上詮索されないようにと、降りることにした。
「そうですか?」
もう駅前は、すぐ近くに見えたが、車は停まった。
「はい、これでお願いします・・・」
国也は、チケットを渡した。
「お嬢さん、お仕事頑張ってください。テレビ見ますから!」
乃菊が下りる時に、運転手が言った。
「はーい、頑張ります!」
乃菊は、笑顔で答えてしまう。
「こら、早く行くぞ!」
国也は、乃菊を押し出し、引っ張って行く。
「バレバレじゃないか・・・」
車から降りると、国也が呆れたように言う。
「何が?」
乃菊は、気にかけていない。
「テレビに出てるって、運転手にバレたじゃないか!」
国也が言う。
「そうだった?」
何も気にしない乃菊。
「もう少し気をつけろよ!」
少し腹を立てる国也。
「迷惑?」
乃菊が国也の腕に絡みついて歩く。
「迷惑ってことじゃなくて、困るのはそっちだよ」
国也は、もう少し考えろ、と言いたいのだ。
「困るのかな、私・・・」
乃菊には、ピンと来ない。
「困るだろ、一応テレビに出ているアイドルの端くれなんだから・・・」
離れない乃菊を気にする国也。
「じゃあ、助けてください!」
さらに絡みつく乃菊。人通りが少ないことをいいことに、周りを気にすることが一切ない。
「少し離れろよ!」
国也は、絡みつく乃菊の手を外す。
「薄情者!こんな夜に、か弱き女の子を置き去りにするの!」
乃菊は、立ち止まって文句を言う。
「もう駅は、そこだよ。人もいるじゃないか!」
国也は呆れる。
「あっ!そうだ、そうだ、ホテル行くんだった・・・」
乃菊がニコニコして歩き出す。
「早く、早く!」
乃菊が振り返って、手招きをする。
「頭の中、どうなってるんだろう・・・」
国也でなくてもそう思うだろう。
「ホテル、ホテル、ルルル・・・」
元気よく手を振って、歩いて行く乃菊である・・・。