怪しい人影
この日の収録が早く終わり、乃菊は、みおんと食事をしてから帰ることにした。
歩道を歩きながら、行き先を決めている二人。
その二人の後をつける人影がある。乃菊がそれに気づいて、早歩きをする。
「みおん、あの店に入ろう」
二人は、あんかけスパが自慢の喫茶店に入った。
「ここに、座ろう!」
二人は、窓際の席に座り、店員にスパゲティを注文する。
「みおん、男の人がついてきてるけど、知ってる?」
乃菊がこっそり聞いた。
「えっ!本当?」
みおんが不安そうな顔をする。
「ちょっと前に、おじさんが階段から落ちた時にもいたんだ」
乃菊は気づいていた。
「そうだったの、あの時も・・・」
みおんの顔が曇る。
「心当たりがあるの?」
もう一度聞く。
「う、うん・・・」
みおんの初めて見る顔だ。
「過去にもあったんだ、ストーカー。・・・誰だか知ってるの?」
乃菊も不安に思う。
「別れた彼なの・・・」
そうか、と思う乃菊。
「大学の時に、何度も交際を迫られて、仕方なく付き合ったんだけど、私がどうしても続けられなくて、別れてもらったの」
みおんの気持ちも分かる。
「まだ未練があるんだね」
乃菊は、何とかしたかった。
「少し不安なんだ・・・」
当然だ。
「大丈夫。私が何とかするから」
乃菊が拳を握って言う。
「頼もしいんだ、のぎちゃん」
二人は、スパゲティを食べながら話をする。
「のぎちゃんは、彼氏いないの?」
スパゲティを食べながら、みおんが聞いた。
「いないよ」
当然、乃菊も食べながら答える。
「前は、いたの?」
乃菊なら必ずいただろうと思うみおん。
「いないよ。付き合ったことないから」
すんなり言う。
「どうして?のぎちゃんだったら、いっぱい声かけられたでしょ!」
みおんは驚いた。
「うーん・・・」
乃菊は、フォークを置き、腕を組む。
「なぜだろう。結局、付き合いたいって男がいなかったからかな・・・」
うんうんと頷きながら、スパゲティを食べる。
「ずっと?」
みおんは、信じられず聞いた。
「うん。・・・あっ、そうだ、4才の時に出会った人が、なぜかずっと好きで、それが最初で最後の恋になっちゃったのかな・・・」
みおんは、目を丸くする。
「4才の頃のこと憶えてるんだ。それで、その人は、同い年の子か、幼なじみだったの?」
興味深い話だ。
「違うよ。たぶんその時は、中学生か高校生くらいだったと思う」
乃菊の答えに、みおんはまた驚く。
「4才の子が、中学生を好きになったんだ。のぎちゃん変わってるね。10才以上年上じゃない!」
自分でも、初恋は小学校低学年の頃だったと、みおんは思う。
「まさか、付き合ったわけじゃないよね」
その後が気になる。
「一回会っただけで、名前も、どこの人なのかも、知らなかったんだ・・・」
懐かしく、昔を思い出している乃菊。
「それなのに、その人のために、ずっと彼氏がいないの?」
一転みおんが呆れた顔をする。
「だって、その時は、何だかすごく好きなタイプって思ったんだ」
フォークを置いて、嬉しそうに言う乃菊。
「10才以上離れた人との初恋か。でも、今なら私と羽流希さんだって11違うから・・・」
みおんの頭の中で、何かが閃いた・・・。
「もしかして、国也さんじゃないよね!」
乃菊は、ドキッとする。
「絶対ない!そんなの絶対ない!」
完全否定の乃菊。
「冗談よ。そんなに否定しなくてもいいのに・・・。国也さん、可哀そう・・・」
国也に同情するみおん。
「ごめん。でも、あれは、絶対ない!」
みおんが笑う。
「そろそろ帰ろうか」
スパゲティを食べ終わった後、コーヒーも飲み干した。
「うん」
二人は、店を出て地下鉄の駅に向かう。警戒のため、二人は手を繋いで走って行った。乃菊は、みおんをアパートまで送って行き、安全を確かめてから帰った。
コンコン、ドアを叩く音。
「おじさん、入ってもいい?」
乃菊だった。
「あ、ああ、いいよ」
乃菊は、国也の部屋へ入った。パソコンを閉じる国也を見て、不審に思う。
「何か、見られたくないものが、そこに・・・」
乃菊が覗き込む。
「ち、違うよ!ちょっと、調べたいことがあっただけだよ!」
否定すると、余計に気になるもの・・・。
「なら、隠さなくたっていいじゃない!」
乃菊は、座布団の上に座り、テーブルに肘をつく。
「何か、怪しい・・・」
じろりと睨む乃菊。
「何も怪しくなんかないよ。それより、何か用じゃないのか?」
国也は、机を離れ、乃菊の向かいに座る。
「今度の収録の時、一緒に来てくれる?」
乃菊からの頼みだった。
「いいけど、どうかしたの?」
それが気になる国也。
「みおんにストーカーがいるみたいなの」
国也は驚く。
「そ、それじゃあ、警察に相談した方がいいんじゃないのか?」
国也は、即座にそう思った。
「そう思ったけど、みおんがそこまでしたくないって言うから・・・」
すでに、みおんと相談済みのようだ。
「僕が役に立つのか?」
乃菊は、腕を組んで考える。
「何で考えるんだよ!」
一緒に来てと言いながら、そんな反応だ。
「いつも他の男の人がいれば、近づかなくなるんじゃないのかなって、思ったの・・・」
名案だろう、と言わんばかりの顔だ。
「まあ、いいや。行くよ」
みおんのためだから、当然断れない。
「よし、決まり!じゃ、おやすみ、早く寝ろ!」
何だか、ひどいタメ口。少しは年上に敬意を表せよ、と思う国也。
ダダッ!
油断していた!
部屋に帰ると思っていた乃菊が、スッと国也の後ろに回り、机の前に立って、パソコンを開いている。
「何してるんだ、勝手に開くなよ!」
座ったままの態勢で乃菊のパジャマを掴むと、国也は、バランスを崩してしまい、掴んだパジャマのズボンをを下ろしてしまった。
「キャッ!変態!」
乃菊は、急いでズボンをはき直し、その場にしゃがみ込む。
「何するのよ!襲う気!?」
乃菊が凄い形相で、国也を睨みつける。
「ごめん、手が滑って、偶然だよ、わざとじゃないよ!」
国也は、拝むように手を合わせて謝る。
「ホント?」
国也からすれば、当然わざとではない。
「本当だよ、そんなのに興味はないよ」
言い方に気を付けた方が良い。
「何よ、その言い方。私の下着姿なんて、眼中にないってこと。前は、下着姿で歩いてたら、恥ずかしがってたじゃない!」
この展開だ。
「いや、そう言うことじゃなくて、今は、興味がない・・・」
また・・・。
「え、前は興味があって、今はないってこと?」
先ほどより怖くなってきている。
「そうじゃなくて、えーと、今、君がパソコンを開いてたから・・・」
言い訳が下手な国也である。
「じゃ、私より、パソコンのエロ画像の方がマシってこと?」
乃菊が立ち上がった。
「エロ画像なんか見てないよ・・・えっ!」
乃菊が立ちあがって、パジャマを脱ぎだしている。
「エロ画像見るくらいなら、私ので興奮しなさいよ!」
パジャマの上着を脱ぎ、ズボンに手をかける乃菊。
「何するんだよ、君はテレビに出てる・・・ちょっと待て!」
ズボンを下ろそうとしている乃菊の手を止める国也。
「パンティも一緒に下ろしてる・・・」
乃菊が自分の状態をよく見てみると、指がパンティにもかかっていて、パンツと一緒にパンティまで下ろしかけていた。
「えっ!」
乃菊は、慌ててパンツを上げる。そしてしゃがんで丸くなり、顔を真っ赤にする。
「冗談のつもりだったのに、おじさん、見えちゃった?」
恥ずかしそうに言う乃菊。
「ちょっと」
指で示す国也。
「ちょっとって、何が、どれくらいちょっとなの?」
事実を知りたい乃菊。
「そんなの言えないよ」
しっかり見えたのか?
「言えないくらい見えちゃったの?・・・もう私、結婚出来ない!」
何の話だよ、と思う国也。
「責任とってよ!」
乃菊はそう言うと、走って出て行く。しかしすぐに戻って来て、パジャマの上着を掴んでまた出て行く。
「責任とってよ!」
扉を開けて顔を出し、国也を睨んで言う乃菊。すぐにバタンと閉めて自分の部屋へ行く。
「責任とってもいいけどな・・・」
国也は、心の中で思う。そして椅子に座ってパソコンを開く。
画面に出てきたのは、鐘川城で撮った乃菊の写真だった・・・。