夢の後
「この男が欲しいなら、私と戦うことになるのよ!この世界は、親子と言えども、生き残るためには、我が子も殺すのよ!」
母の悪黒大蛇が、銜えた国也を地上に落とし、乃菊大蛇に向かって来る。
二匹の大蛇が、空中での死闘を始める。
黒い空に稲妻が走る。
母親大蛇が、片方の口で乃菊大蛇の首に噛みつく。首を左右に振って逃れる乃菊大蛇。
「あなたも人を喰う大蛇になりなさい!」
母親大蛇に容赦はない。
「いやよ、私は大蛇なんかじゃない!」
激しく山にぶつかったり、雲を突き抜けたり、二匹の大蛇が追いつ追われつの空中戦を繰り広げる。ともに身体に傷を負いながら・・・。
「やめてー!」
乃菊大蛇が叫ぶ。
「その男を喰わなければ、お前が死ぬだけなのよ!」
戦いを拒む乃菊大蛇だが、耐えきれずに秘めた力を発揮する。
乃菊大蛇の背中の大きな棘が、鋸のようになって、母親大蛇の片方の首を切り落とす。
「うわああああっ!」
そして残った首に噛みつき、火山へと向かう。乃菊大蛇は、母大蛇を火山の中に落とす。
「お前も必ず、人を喰う、大蛇に、なる、のよ・・・」
最後の言葉を残し、母親大蛇は火山の中へ消えて行った。
「おじさん!」
地上に降りた乃菊が、国也のもとへ行く。
「おじさん、おじさん!」
国也は、鋭い牙によって、身体が引き裂かれていた。
「おじさん、死んじゃいや!」
国也は、最後の力で眼を開け、乃菊に言う・・・。
「着いたよ」
乃菊は、肩を叩かれ気づく。
「おじさん・・・?」
横に国也がいた。
「ずいぶんうなされていたけど、大丈夫?」
国也が聞く。
「おじさんこそ、大丈夫なの?」
乃菊は、国也の身体を、あちこち触りながら聞いた。
「何が?蒲橋駅に着いたんだよ、降りなきゃ」
国也は、乃菊の手を握って立たせる。
「良かった、生きてたんだ・・・」
やっと夢だったと気づく。
「誰が?」
国也が聞く。
「おじさんに決まってるじゃない!」
乃菊は、赴くままに国也に口づけをし、首に手を回し、しがみつく。
周りの乗客が見ている。
「は、早く降りよう!」
国也は、くっついたままの乃菊を抱えるようにして、電車を降りて行った。
「良かったあ・・・」
乃菊は、周りも気にせず、国也の頬に顔を寄せる。
「どういうつもりなんだよ。人前なんだぞ、恥ずかしい!」
乃菊は、国也にぶら下がるように抱えられ、ただただ国也が無事だったことが嬉しくて、何度も国也の頬にキスをする。
国也にしてみれば、迷惑なことだが、熱のせいだと思い、とにかく急いで家に向かった。
それでも明日になれば、「そんなことしてないよ!」と答えるに違いない。
「母さん、こいつ、熱が出ておかしくなったから、布団敷いてくれる!」
布団に寝かされた乃菊は、怖かった夢の分、国也に抱きつくことが出来た幸せを感じながら、やっぱり疲れですぐに眠りについた。
翌朝・・・。
「昨日、電車の中で僕にキスしたんだぞ!」
乃菊が、目を細めて国也を睨む。
「いくら疲れてたって、私がそんなことするわけないじゃない。おじさん、夢でも見たんじゃないの」
国也は、ため息をつく。
「やっぱり・・・」
思った通りである。
「ああ、もうすぐデビューだあ・・・」
とりあえず回復したようだ。
「そうね、だから朝ご飯は、しっかり食べなさい」
雲江が、乃菊の茶碗にご飯を盛る。
「はい、雲ネエ!」
待ち構えていたように、茶碗を受け取る乃菊。
「いい子だね、乃菊ちゃんは」
何がいい子だ、国也は、ふてくされながらご飯を食べる。
「お前は、将来ある子に手を出すんじゃないよ」
雲江に注意される国也。
「違うよ、僕が手を出してるんじゃなくて、乃菊ちゃんが・・・」
見ていない雲江に分かるはずがない。
「わかった、わかった。欧米式のキスぐらいなら、またしてあげるから・・・」
そう言って、おかずを頬張る乃菊。国也は、頭の血管が切れそうだ。
「あらま。乃菊ちゃん、こいつとキスしたことあるの?」
こいつだと、うううっ!・・・国也。
「うん、私、アメリカ人のボーイフレンドがいたことがあったから、挨拶がわりのキスなんて当たり前のことだったの」
キスしたことを憶えている。
「ああ、それを勘違いしてるんだ、こいつ」
雲江は、明らかな敵だった。
「そうなんだろうね」
乃菊が国也の顔を見て、ニヤリと笑う。
「何なんだ、その笑顔は!?」
声に出さない分、本当に血管が切れそうな国也だった・・・。