ホントに悪夢
草木も眠る丑三つ時。
国也は、身体の重さを感じ、苦しくなって目を覚ます。起き上がろうとするが、重力がいつもより強くかかっているかのようで、布団さえも動かすのに時間がかかる。
声を出そうとするが、口も顎も動きが悪い。金縛りか?
扉が開いていることに気づき、廊下を見ると、大きな影が乃菊の部屋に入って行く。
「の、のぎ、く、ちゃ、ん・・・」
乃菊が危ないと思い、必死に起き上がろうとするがかなわず、這うようにして布団から出る。床から廊下へ必死に這って行く国也。
「の、ぎ・・・!」
国也が目にしたのは、布団の上で、大男が腹ばいになっている乃菊の上に、覆い被さるように馬乗りになっている状態だ。
首にロープをかけられ、両手で外そうとしても大男の力に敵うはずがない。足をバタバタさせて必死に抵抗する乃菊。
「い、今、助け、に・・・」
このままでは、乃菊が殺されてしまう。国也は、動かない身体を必死に進ませ、乃菊の部屋に向かって手を伸ばす。
「お、じ、さ・・・」
乃菊が国也に気がつき、片手を伸ばして助けを請う。苦しがる乃菊の眼から、涙が流れている。
「の、ぎ、く、ちゃ、ん・・・」
助けたいのに、身体が言うことをきかない。国也は悔しさで涙が出る。
大男が、国也の顔を見てニヤリと笑う。まるで悪魔のように・・・。
「うっ!」
大男が、その太い腕に力を込めると、ロープの巻かれた乃菊の首は、ポキリと折れてしまう。反り返った乃菊の身体とは反対に、手はだらりと布団の上に落ち、ばたつかせていた足も、ピクピクと痙攣を起こした後、まったく動かなくなった。
「やめてくれ!」
国也は、心の中で叫ぶしかなかった。
しかし大男は、ロープから手を離し、その代わりに出刃包丁を握る。
「や、め、て、く、れ・・・」
今度は声を上げた。
ザクッ!乃菊の背中に包丁が突き刺さる。
まるで恐怖映画の殺人鬼に、若い女性が無残に殺されてしまう場面を見ているようだ。いや、それがそのまま現実になってしまっているのだ。
大男は立ち上がり、国也の前を平然と歩き、階段を下りて行った。
「乃菊ちゃん!」
やっと声がまともに出た。身体も動くようになり、国也は、四つん這いのまま急いで乃菊のところへ行った。
「乃菊ちゃん、死んじゃ駄目だ!」
国也は、乃菊を抱き上げ、叫びながら身体を揺する。しかし乃菊は、息もしない、眼も開かない。
「死なないでくれ、乃菊ちゃん、死なないでくれええええ・・・」
国也は泣きながら、何度も何度も身体を揺すり、肩を揺すり、胸を揺すり・・・?
バシッ!と大きな音がして、顔が痛くなる。
「何するのよ、このエロ親父!」
目の前にいるのは、乃菊?自分は寝ている?逆ではないのか?国也は、今の状況にまだ気付かない。
目をこすってみる。やっぱり乃菊が睨んでいる。
「さっさとその手を離しなさいよ!」
手?国也がその言葉を理解したのは、寝ている自分の右手の先を見て行くと、乃菊の左胸、すなわちオッパイを掴んでいるからだ。
「えっ!」
国也は、すぐに右手を離すが、その柔らかい感触は、なかなか消えない。
「気持ち良かった」
などとは、言えるはずがない。
「ご、ごめん。でもどうして君の胸を僕が・・・」
国也は、右手を眺めながら考えた。
「知らないわよ、起こしに来たら、駄目だ、駄目だって言ったと思ったら、急に私の胸を掴むんだから」
乃菊は怒っている、それが事実なら当然だ。
「夢か?夢だったんだ・・・」
国也はホッとする。
「ごめん、君が殺されちゃう夢を見たんだけど・・・」
とりあえず言い訳をしようと思う。
「私が殺されちゃうのに、胸を掴むなんて、ド変態!もう絶対許さない!」
乃菊は、立ち上がって部屋を出て行く。
「雲ネエ!聞いてくれる、おじさんが私の胸を揉むんだよ!」
ちょっと表現が違う。そう思う国也だが、頬っぺたの痛さよりも、右手に残る感触の方が、強く感じてしまうのだった。
「夢で良かった。でもあんな夢を見たのは、あの男のせいだ」
乃菊の胸を掴んだ代償よりも、乃菊が元気でいてくれる方が、自分には重要なんだと思う国也である。
クシュン!・・・くしゃみをしたのは、公園のベンチでタブレットを操作している、あの赤ずくめの男、最上である・・・。