きくの行方
戦国の世・・・・。
追手からは逃れたものの、太兵衛と離れ離れになってしまったきく。いくつかの山を越えて小さな村へとたどり着く。
「どこから来た?」
村はずれに住む男の家に、雨宿りで招き入れられたきくは、聞かれたくないことを尋ねられた。
「言えません」
敵か味方かわからぬ者に、素生は明かせない。男は、きくが抱える包みに目が行く。
「それは、何だ?」
きくは、膝を曲げ強く抱え込む・
「大事なものなんだな・・・」
きくは頷く。
「まあいい、雨はまだ止みそうにないから、今日は泊まってけ」
「ありがとうございます」
きくは、礼を言うが警戒心は消さない。
「食べろ」
男は、器に雑炊のようなものを入れ、きくに渡す。
「ありがとうございます」
食事が終わると、男は明りを消す。囲炉裏の前で麻布を肩にかけ、丸くなるきくだが、奥の部屋にいる男が気になり眠れない。
どれくらい時がったただろう・・・。
きくは、物音に目を覚ます。疲れていたのだろう、いつの間にか寝ていたのだ。
「!!」
暗闇でも目を凝らすと何かが見える。・・・人が動いている。
きくは、包みを持ち動く準備をする。
ドン!きくのいたところに槍が突かれた。
「何をなさいます」
「武家の娘だな」
起き上ったきくに向かって、男が槍を構える。
「おとなしくその包みを渡せば、逃がしてやる」
包みを渡しても、ただでは済まない事は、きくにもわかる。
「・・・」
男が近づくと、きくが離れる。壁を伝って部屋を回る。
「死にたいか」
きくは、囲炉裏を横切り走った。男が槍を突く。紙一重できくが避けると、槍が板壁に刺さる。
「くそ!」
男が走って先回りし、きくともみ合う。
「おとなしくしろ!」
男は、覆い被さりながらきくの顔を見る。
「うわっ!」
暗闇に光るきくの瞳が、縦に細長く、とても人のものとは思えない様相で、男は思わず声をあげる。
きくは、そのすきに男の横に回る。
「ば、化け物が!」
男がまた掴みかかる。
「うわっ、何しやがる!」
きくが男の足を短刀で刺したのだ。男がうずくまっている間に、土間の履物を掴み、外へ出るきく。
「絶対に死なない!」
きくは、ひとまず走れるだけ走った。夜明け前の山村は、とにかく静かだ。きくの走る足音と吐く息の音だけが響く。
「必ず生きて、太兵衛様に会うんだ・・・」
きくは、朝陽が昇る方向へ力の限り走った・・・。
朝陽が昇ると目覚まし時計が鳴った。・・・もちろん戦国の世ではない。
「今日も頑張るぞ!」
菊野乃菊は、布団の上で背伸びをする。
「さて、起こしに行くか・・・」
布団をたたみ、押し入れに入れる。パジャマのまま部屋を出て、隣の部屋のドアを開ける乃菊。
「朝ですよお・・・」
へそを出し、大の字になって寝ているのは、大野国也である。
乃菊は、国也のところへ行き、掛け布団を戻す。
「もう、起きなくちゃ」
乃菊は、国也の肩を揺する。
「何だよ、もう朝か?」
「そうだよ」
国也が枕元の時計を見ると、5時57分。
「まだ6時にもなってないじゃないかよお・・・」
また布団をかぶり、横を向く国也。
「散歩に行こうよ」
乃菊が背中をつつく。
「8時からなら行くよ」
掛け布団を抱えたまま動かない。
「朝早い方が気持ちいいよ」
なおも誘う乃菊。
「僕は、8時からの方がいい」
やはり動かない。
「じゃ、私も8時からにする・・・」
乃菊は、国也の布団の中にもぐり込む。
「な、何するんだよ!」
国也は飛び起き、布団に横たわる乃菊から離れる。
「まだ寝るんでしょ。私もう布団たたんじゃったから、ここで寝るの。いいでしょ!」
乃菊が、国也の持つ掛け布団を引っ張る。
「ば、馬鹿なことを言ってるんじゃないよ。出てけよ、母さんに言いつけるぞ。男の布団に入って来る淫乱な娘だって」
掛け布団を引きあう二人。
「私が連れ込まれたって言うからいいよ。悲鳴を上げてやるから・・・」
国也は、頭をかきむしる。
「何が目的なんだよ!」
国也が聞く。
「散歩・・・」
国也は・・・諦める。
「わかったよ、散歩に行くよ。着替えるから出てってくれ」
立ち上がる国也。
「じゃ、Tシャツ貸してくれる?私、服が少ないから洗濯が追いつかなくて・・・」
乃菊は、さっさとパジャマを脱ぎ、下着姿で国也に迫る。
「何でこんなところで脱ぐんだよ!」
国也は叫ぶ。
「おじさん、散歩に行こ!」
乃菊が扉を開けて、国也を呼んだ。
「はっ!」
国也は、布団の横を見る。そこに乃菊はいない。
「夢だったのか・・・」
安心する国也。
「散歩に行こうよ!」
また乃菊が呼ぶ。時計を見ると、6時57分だった。
「この時間ならいいか・・・」
とりあえず起き上がって、ぼさぼさの頭を手櫛でとく。
「着替えるから、下に行ってていいよ」
そう言って背伸びをする国也。
「はーい。待ってるよ・・・」
トントントンと、乃菊が階段を降りて行く。
乃菊が国也の店にやって来て一月。丁稚奉公のように住み込みで、雲江や国也から仕事を教わる。時々、近くの呉服屋へ御用聞きに行くようにもなった。
だが国也は、隣の部屋に乃菊がいることで、見なくてもいい夢を見てしまう日が多くなっていた。
・・・悩める毎日を送るのである。