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リボルバー  作者: 抹茶あいす
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◇葦原中国◇

株式会社ニッポンの本社ビルから少し離れたところ。

少しといってもここは神々の国。

それ相応の時間を隔てている。


場所ではなく、ここでは時間がすべての行動や判断の拠り所である。

時は流れたり過ごしたりするものではなく、ただそこに在るのみ。

流れているのは時間ではなく、我々の方が流れているのだ。

時は満ることもなく欠けることもない。

時は唯一無二の存在。

速さからも、重さからも、熱からも独立している。そして神でさえ月日を自由に操る事は出来ないという。



葦原中国あしはらのなかつくに


月は隠れ、薄暗い雲が翼を広げた不吉な鳥のようであった。

葦の原を見下ろす丘に枯れた桜の巨木がぽつんと一本突っ立っている。

夜空に伸びる枯れ枝はもがき苦しむ老婆の痩せこけた手のように、闇を掻きむしっていた。


丘のふもとはあたり一面のススキ野であった。

昼間なら黄金の絨毯を敷き詰めたようなススキの草原も、今は何かに怖じ気づいたように尾花をしっかり閉じて鳴りを潜めている。



たった一匹の虫の音さえ聞こえない。

ここは黄泉の国に似ている。



実際、死者が棲む山や原生林が生い茂る樹海の中間に位置していた。

かつては荒ぶる神々が支配する混沌と無秩序の世界だったから。


ススキの群生は葦原を取り囲むように広がっていた。

まるでよこしまなものの侵入あるいは解放を阻むかのように。



こんなところに呼び出して。



声と同時にススキたちがさっと道を開けた。

穂がかさかさと揺れ翡翠色ひすいの光りのアーチがゆっくりと進む。

それは光りではなかったかも知れない。

暗闇の中に咲いた一輪の曼珠沙華のような、そんな妖しさも秘めている。


草の陰に隠れていた羽虫たちが一斉に舞い飛んだ。

と、それを追いかけて無数のからすが飛び立った。



ススキ野と葦原の境い目。



すいよ。



その名は捨てました。今はアマテラス。



ふん。名前などどうでもいい。俺は俺だ。



血は水より濃いもの。そうはいきません。



それが俺から逃げた理由か。



一言では言えない事もあります。とくにそなたには。



そなたか…。なあ。翠よ。俺は三千世界を旅して来た。

世迷い言に付き合ってる暇はない。



あやふやな境界に鴉たちが舞い戻ってきて人の形を成した。

羽虫たちはしかし戻ってこない。



ススキたちがザザッと動いて、葉のふちのギザギザした部分を鋼のように尖らせた。

攻撃態勢。



待ちなさい。あなた達のかなう相手ではない。



ふふ。そうだな。喧嘩はよそう。ところで姉さん。ツクヨミの白銅鏡(まそかがみ※)は持ってきてくれたかい?



約束は守ってくれるのでしょうね。



ああ、もちろん。少し借りるだけさ。出来れば若返りの水も欲しかったところだが。ふふ…。姉さんが一向に年をとらないのはそのせいかな。



アマテラスは一瞬顔を曇らせた。



翠姉さん。



その名で呼ぶのはやめなさい。



いいだろう。また会えてよかった。高天原たかまがはらの連中によろしく伝えてくれ。



アマテラスが白銅鏡を天にかざすと暗闇からクチバシが現れて鏡をくわえた。



ツクヨミ様。どうかお許しを。



つむじ風が巻き起こって、鴉は消えた。

あとには黒い羽根が一枚。





注※ まそかがみ。真澄鏡とも書く。

「まそ」は「ますみ」の音変化、または、ととのっているものの意。

枕詞では鏡の性質・使い方などから、「見る」「清し」「照る」「ぐ」「掛く」「向かふ」「ふた」「とこ」「面影おもかげ」「影」などに、「見る」ことから「み」を含む地名「敏馬みぬめ」「南淵山みなぶちやま」にかかる。

名詞ではよく澄んで、くもりのない鏡のこと。「ますみのかがみ」の変化した語。

まそみ-かがみ 【真澄鏡】名詞「まそかがみ」に同じ。


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