◇注連縄2◇
ホテルを出ると目の前に、手入れの行き届いたイチョウ並木が広がっていた。
出雲に到着してからずっとホテルに缶詰めだったので、外の景色が新鮮だった。
「気持ちいいわね!」
アズサは思いきり深呼吸をした。
「ほんとヤバイ!」
「ヤバイって、どうしたの?」
アズサが真顔で雛子を心配した。
「このままどっか遊び行きたあーい!」
「なあんだ!」
夢中でホテルの外観を写メしていた舞が振り返った。
「センパイ、ニッポンの本社って近くなんですよね?」
「そうね。歩いて15分くらいかしら」
「今から行ってみませんか!」
「今から?」
「変わった御守りとか売ってるんですよ!」
「よく知ってるわね」
「ホムペで調べたんです!」
「うーん、そうね。まだ時間あるし…」
「じゃあ出発!」
「あ、ちょっと…」
ロビーを覗くと、フロントにいた小狐は頬杖をついてまたうとうとしはじめていた。
アズサは時刻を確かめておこうとケータイを開いた。
ホテルの内側では一本しか立っていなかったアンテナが、今は二本に増えていた。
(ホテル全体がきっと神の依り代なんだわ)
依り代とは、神が依り憑く場所や物のことである。
山や森や河、木や林や岩。森羅万象あらゆるものが依り代となる。
自然や物に霊や魂が宿る時、この非現実的な力のことを“マナ”と呼ぶ。
世界各地には古くからこの“マナ”にまつわる言い伝えや伝説がある。
マナは超自然的な力であり、一つの存在であると同時に、一つの作用・資質・及び状態である。
お守りやジンクスなどもこれに当てはまる。
神と人との関わりには、あらゆるものにマナが宿るという考えが根底にあった。
巫とは、霊の宿る人のことである。
依り代から神意・神託を受け取って一般に伝えることを職務としたのが、神主や巫女の始まりと云われている。
くねくねと曲がりくねった川のほとり、小高い丘の頂上に株式会社ニッポンの本社はあった。
広大な敷地の中には回遊式日本庭園やフランス式整形庭園、イギリス風景式庭園などが縦横に組み合わせてある。
樹木の数はゆうに一千万本を超え、桜は約百万本、梅八十万本。
その他にヤマブキ、シャクナゲ、桃、ツツジ、キキョウ、紫陽花、ハス、彼岸花、キンモクセイ、銀杏、サザンカ、椿、スイセン等が四季折々の花ごよみを魅せてくれるのだった。
普段は有料で一般公開されており、ニッポンの貴重な財源ともなっている。
とにかくこの時代、神さまも何かと世知辛い。
この辺り一帯が神域であるためか、神使の鹿や牛、馬などがのんびり午後の自由時間を楽しんでいた。
中にはタバコを吹かしている者までいた。託宣がなければ神使もヒマなのである。
太鼓橋を渡ると目指すニッポンの本社に着いた。
神々が経営するニッポン本社ビルは、この国を代表するに相応しい威厳と風格に満ちていた。
エバーグリーンホテルのような奇抜で豪華な演出はないものの、どこか優雅で上品な雰囲気も兼ね備えており、見る者を落ち着いた気分にさせた。
ミカンほどの巨大な玉砂利に足を取られながら、アズサたちは歩みを進めた。
「これ砂利っていうか野球のボールみたい」
「マジで捻挫しそうなんだけど!」雛子が愚痴った。
「もう少しよ。気をつけて」
「なんで砂利がこんなデカイわけ? 信じらん……わわっ」
グキッ!
「うっ…!!」
「ほーら、バチが当たった!」
正面玄関の部分だけが本格的な拝殿造りだった。背後にはグランドタワーがそびえ立っている。
眩しいばかりの黄金の金輪が色鮮やかな朱塗りの柱と柱を繋いでいた。
重さ10トンはあろうか。三人の目の前にとんでもない太さの注連縄がどしんとぶら下がっている。
「落ちて来ないかしら?」
さすがのアズサもくぐるのをためらった。
「何ビビってんすか!そうなったら告訴してやる!」と、雛子。
「告訴する前にペッチャンコね!」
舞が笑った。
「注連縄には結界の役割があるのよ。鳥居や拝殿に引き渡して、邪な者の侵入を防いでるのよ」
アズサは手を延ばして、紙垂にそっと触れてみた。
「だからあなた達は、入れないかも知れないわ…」
「どゆ意味っすか? センパイ?」
「あはははは!」
「まじムカつくぅ~」
自動ドアがすっと開いた。
「私、お賽銭持って来てないわ!」雛子があせった。
「貸したげるわよ」
「クレジットじゃダメかしら?」
「Suicaならあるんだけど」
ごちゃごちゃ言いながら三人は中へ入った。
受付には狛犬と獅子が鎮座していた。
「ねえ見て!」
エントランスにはタッチパネル式の案内図があった。
館内の説明や庭園のレイアウトが大画面に映し出される仕組みだ。
舞は社務所と書かれた“ショップ”へ駆け出した。
「うわあ。すごい! いろんなお守りがあるよ!」
「IT情報安全祈願。個人情報御守り。いたずらメールを受けたケータイのお祓いもしてくれるんだって!」
「こっちにはストーカー除けってのもある!」
雛子と舞は大はしゃぎだ。
アズサはヘッドホンをかけて“株式会社ニッポンの歴史”を聞いていた。
受付にいた狛犬と獅子が
「ああー!」
「うん!」と吠えた。
それは、大地を震わせるような声だった。
三人は飛び上がった。
恐る恐る近づくと、狛犬と獅子は立ち上がってきっちり90度のお辞儀をした。
「いらっしゃいませ」
名札には“コマコ”と“シシコ”と書いてあった。
《研修生》
「オンナかよ!!」
「しかも研修生って!!」
三人はツッコミを入れた。
「アポはございますか?」
「そんなもんねェよ!」
雛子が言った。
「申し訳ありません。陰暦10月11日から17日まで、神々が集まって株主総会を開催します。会議の前日、陰暦10月10日の夜に全国から出雲に集まる八百万の神々を龍蛇が稲佐の浜へ先導して参ります」
マニュアル棒読みである。
「マックみたい」雛子が言った。
「コピペだよ、コレ」と舞。
「あのう、私たちはその…」
「・・・であるからしまして、一般のお客様のご来場は固くお断りしております」
「じゃあなんで開けとくんだよ!」
雛子が唾を飛ばした。
「あー」
「うん!」
コマコがカウンターの下に隠れた赤いボタンを押すと、どこからともなく鰐が現れて、つかつかと三人の前に歩み寄った。
「すいませんね。これ以上示威行為を続けると、威力業務妨害であなた方を強制排除せねばなりませんが。宜しいですか?」