王女の隠れ里
「こんなに近くだったのね」
街道に出ると、リーリアが先頭に立って道案内を始めた。
「君はいつ攫われたんだ?他に被害に遭った人はいないのか?」
「昨日よ。夕方ごろ、山を歩いてたら急に。他に人はいなかったわ」
夕方ごろか。逃げる途中の蛮族どもが腹いせにでも攫ったか。
「よく無事だったな」
「私にもよく分からないの。最初、同じ年位の男の子に会ったの。道がわからなくなったらしくて。でも言葉が通じないでしょう?仕方なくて峠を越える道まで案内してあげたの。そしたら他の仲間の蛮族が現れて、何故か一緒に蛮族達の所に連れて行かれてしまったの。それで男の子とは引き離されて縛られて布をかけられて。そうしていたら今度現れたのはあなた」
なるほどな。それにしても1日に2回も攫われるとは、美人すぎるのも考え物だ。
「そんなことでは、今まで大変だったんじゃないか?君の家に男どもが列をなして花束を抱えて来ただろうに」
シーグはふと思ったことを口にした。
「まさか。そんなことないわ」
リーリアは怒ってシーグをにらみつけた。
「手紙や贈り物がわんさか届いただろうに」
「そんなことないって!」
「お二人とも、痴話喧嘩はお見苦しいですぞ」
「ち、痴話・・・!?」
シーグは面食らって黙った。そうだ、何故自分はこんなことにつっかかっているんだ?この少女の男関係などどうでもいいではないか・・・。
「ほら、もうすぐ村よ」
道の先に建物の屋根が見え始めた。変な雰囲気をはらうようにリーリアは駆け足になって街道を急ぐ。
その道の先に農夫らしき老いた男が背中を丸めて歩いていた。
「ハベイさん!」
「ん・・・?おお、リーリア!リーリアじゃないべか!どこさ行っておっただ。みんなみんな心配しておっただぞ」
「それがね、いろいろあって・・・」
「あー、おっほん」
ガロンが咳ばらいをした。
「ご老人、すまないがこのお嬢さんの父親のところへ行きたいのだが」
「んん?どなたですかいの?」
「こちらはシーグ・アイガース様。アイガース家縁のお方、早々に案内されよ」
「ア、アイガース・・・?」
老人の目が驚きで見開かれた。まるで幽霊でも見たような驚き方だ。
「ああ、大変だ・・・。とうとう・・・」
老人は後ずさりしてそのまま村の方へ駆け去った。
「ハベイさん?どうしたの急に、ねえ・・・。行っちゃった」
リーリアは不思議そうな顔をして老人を見送った。
シーグとガロンは顔を見合わせた。
やはり何かがある。あの老人の慌てよう、ただ事ではない。
「行こう、リーリア」
シーグはリーリアを促した。リーリアは腑に落ちないといった顔で村を見つめている。その足は踏みとどまったまま動かない。
彼女も何かを感じ取っているのだろう。
「・・・何か行きたくないの。どうしてかしら・・・」
感情のこもらない、ぽつりとしたつぶやきだった。
「時には前に進みたくない時もある。だが、いつまでもそこにいるわけにもいかないだろう?」
シーグはまっすぐ前を見つめたまま言った。
リーリアは唇をかみしめたが、やがてこっくりとうなずき、村へ向かって自ら歩きだした。
村にはすでに村人たちが何十人と集まっていた。
皆遠巻きにリーリアを見つめている。
「あ、あの、みんな、心配かけてごめんね。こんなお出迎えしてもらって嬉しいな」
リーリアは冗談交じりに言うが、村人たちは遠巻きに見つめたままだ。
「リーリアー!!」
そこへ一人の男が両腕を広げて走りこんできた。
「お父さん!」
リーリアも走って父親である男の胸へと飛び込んだ。
「よかっただ、よかっただ。どこさいっちまっただと心配しただ」
「ごめんなさい、蛮族にさらわれちゃったの」
「無事でよかっただ、怪我とかしてねえか?」
「うん、大丈夫」
「あー、御父君」
ガロンが咳払いをする。
「ん?お前さん誰だべや?みんなもどうしただ?」
シーグが一歩進み出る。
「すまないが、リーリアさんのお父上だろうか?」
「ああ、そうだ。おらが父親だ」
男はリーリアと血がつながっているとは思えない、熊のような男だった。
「このペンダントについて聞きたい」
シーグが手のひらからペンダントを滑り落とす。赤い宝石は陽光を受けてまばゆい光を放った。
リーリアの父親は愕然として目を見開いた。
「そ、それは・・・その・・・」
「ねぇお父さん、この人私のことをこの国の王女だって言うの。冗談でしょう?」
リーリアは無邪気に聞いた。
「ああ、こんな日がいつかは来ると思っていただ・・・」
男はがっくりと大地に膝をついた。
「ちょっ、お父さん、どうしたの?」
「リーリア、ああ、リーリア・・・」
「すまないが詳しい話を聞きたい。どこか静かな場所はないか?」
村人の列が割れ、小さな教会への道が開かれた。