一夜明けて
「そ、それは本当ですかな?この娘さんが、ガイアス王の落としだねとは・・・」
野営地に戻ったシーグはガロンを起こしてことのあらましを話して聞かせた。
少女は疲れているのか、毛布を体に巻きつけただじっと二人の話を聞いている。
「ああ、おそらく間違いないだろう。このペンダントが証拠だ。ルーネにガイアス王の手がついた。だが何らかの事情で秘密にされた、ペンダントだけを託して。その後王が急死、ルーネは消息不明、理由は分からんがとにかく失踪」
「ふーむ・・・」
ガロンは納得がいかないのか首をひねりつづける。
「確かにありえない話ではありませんな・・・。ですがどうやってお一人で子を?何故隠れなければならなかったのですか?我が屋敷でも来ていただければ相応の庇護をいたしましたのに、不憫な生活を送っていらしたのでは・・・」
ガロンが矢継ぎ早に質問をする。シーグはその話をさえぎった。
「そういう詳しいことは、とにかくこの娘に話を聞いてみないことには・・・」
と、少女を見ると、こくりこくりと船をこいでいた。
「おやおや、お疲れのようですな。シーグ様のお考えが本当なら王女殿下に風邪をひかせてはなりますまい。さ、横になってお休みなさい。これもおかけ下され」
ガロンは少女を横にすると、自分の厚いマントを着せかけた。
「シーグ様、今夜はもう休みましょうぞ。話はまた明日にしましょう」
そう言うとガロンは自分も横になってすぐにいびきをかき始めた。
シーグも休みたかったが、考えることが多すぎて眠れそうになかった。
何より胸が熱く沸き立っている。
―――獅子王の娘が生きている。
何ということだろう、この事実はこの戦争を終わらせることができるのだ・・・。
戦いなどもううんざりだ。一日でも早く平和な王国を取り戻したい。
獅子王の正統な後継者がいるとなれば、貴族諸侯達も反対はすまい。国民も諸手を上げて歓迎するだろう。
ただ、やはりすんなりとはいかないだろうが・・・。腹黒い諸侯達はこの話を一蹴するかもしれないし、悪ければ亡き者にしようとするだろう。
そんなことはさせない!
シーグは胸に差し込んだ突然の焦燥感を打ち消した。
この少女には王座に就いてもらう。そして無益な内乱を収め、二国の介入を退けるのだ。
そうすれば・・・。
シーグの目の前に希望の光が綺羅と輝いた。
戦争が終わるのだ・・・。
「そういえばまだ名前も聞いてなかったな」
翌朝。
初夏の気持ちのよい日差しの中、簡素な朝食を摂りながらシーグが聞いた。
少女は食事の手を止めて顔を上げた。
「リーリアです」
明るい陽の下で見る彼女は改めて美しかった。早春を思わせる緑の瞳を見つめずにはいられない。
「そんなにも似ていますか?」
リーリアが怪訝な顔をしながら聞いた。
「え?あ、ああ」
シーグは動揺しながら返事をした。
「確かに私のお母さんは綺麗だったけど、でもきっと何かの間違いですよ」
リーリアは再び食事に顔を戻し、少しふてくされたように言った。
昨夜の話を、半分寝ながらも聞いて覚えていたのだろう。
自分にとってもそうだが、彼女にとっても突拍子もない話だろう。おいそれと信じられる話ではない、自分が王女だ、などとは。
それより過去形が気になる。
「だった・・・?ルーネ・・・、君のお母さんはどうしているんだ?」
「・・・亡くなりました。3年前に」
リーリアは少し悲しげに言った。
「そうだったのか・・・。すまない」
シーグはすまないと思いながらも落胆せずにはいられなかった。ルーネに会えれば話は早かったのだが、仕方がない。
「いいえ。でも私は早く家に帰りたい。お父さんがきっと心配して待ってるわ」
「父親がいるのか?」
「当たり前です。ですから、そのお話は何かの間違いですって」
「いや、とにかく君の父親に会って話をしてみたい。君の住んでた村は?」
「私のお父さんは猟師で家は山の中にあるの。一番近い村はサズ村です」
「ガロン」
シーグはすかさずガロンを呼んだ。
「はいはい、お待ちを」
近くで待機していたガロンが即座に地図を取り出す。
「ふむ。すぐ近くですな。歩いても2時間ほどでしょうかな。山道なら馬ではかえって遅くなりましょうぞ」
「よし、隊はスレッグに任せて、ガロン、一緒に行こう」
「はいはい、どこまでもついていきますぞ」
スレッグはシーグの腹心の部下の一人で寡黙で目立たない男だ。一日新兵の訓練でもしていてもらおう。
「歩きだがかまわないか?」
「もちろんです。馬には乗ったことがないし」
「では食べ終わったら出発だ。いいな?」
「はい」