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囚われの少女

 レイリス王国の北のユグラト山地から北は蛮族の地だ。彼らは文明など持っておらず、自らに食料がなくなると山を越えてはレイリスの村に押し入り、略奪・暴行を繰り返していくのだ。

「はぁっ!」

 シーグが白刃をきらめかせると赤い血が飛沫となって飛び散る。

 2、3、4、5・・・。

 剣を振り下ろすたびに大地に死体が山となっていく。

「○×△!!」

 蛮族のリーダーらしき者が叫ぶと、蛮族たちが引き揚げ始めた。

「あいつかっ!逃がすかっ!」

 シーグが追おうとすると、

「お待ちください、深追いはなりませんっ」

 シーグのお目付け役のガロンが節くれだった手でシーグの腕を抑えた。シーグが小さい頃から、剣の指南役として父がつけてくれた者だった。父の亡くなった今では父親代わりのような存在だ。

「ちっ」

 シーグは舌打ちすると剣を納めた。

「もうこれくらいでいいでしょう。しばらくは襲ってはきますまい」

「いや、頭を潰そう。今夜あいつらのキャンプに夜襲をかける」

「今夜ですか?しかし・・・」

 ガロンが抗議の声を上げるとシーグはそれを一睨みで制した。

「はっ」

 ガロンは年下の彼にむっとするどころか、手塩にかけて育てたこの若者のこの有無をいわせぬ強さがたまらなく誇らしかった。実際どんな荒くれ男でもシーグの前ではおとなしくなってしまう。なぜか皆シーグを恐れ、つい従ってしまうようだ。ガロンもその一人だ。

 大器の器だとは思うが、いかんせん母親の出自が悪い。せめてどこかの貴族の娘の子だったら、今頃将軍として戦場の華となっていただろうに。ガロンは内心ため息をついた。

 ガロンは兵をまとめにかかった。皆疲れきっている。本当は兵を休ませるのがいいとは思うが、確かに今徹底的にたたいておくのもいいだろう。

 それにシーグの判断はいつでも正しいのだ。


 夜。

 あらかじめ斥候を放って蛮族たちの居場所は突き止めておいた。

 シーグ達は夜闇に紛れ蛮族たちのねぐらに近づく。さすがに昼間の戦いに疲れ、油断している。

 こちらの人数はわずか30名ほど。相手は100人は下らないだろう。

 だがシーグは確信した。いける、と。

「火をつけろ」

「はっ」

 シーグは用意させた大量の松明に火をつけさせた。火は瞬く間に夜の闇を払い、自分たちの姿を浮かび上がらせる。人数よりも多く用意させた松明はこちらの人数を2倍にも3倍にも、あるいは10倍にもみせるだろう。

「かかれー!!」

 わーっと兵士たちが声を上げながら蛮族たちに斬りかかる。

 何事かと驚き眼を覚ます前に絶命していく蛮族たち。

 運よく目覚められた蛮族は、慌てふためき散り散りになって逃げ去っていく。

 シーグは一人深く切り込んでいき、蛮族のリーダーを探す。だが見つからない。

 リーダーがいたと思われる場所はすでにもぬけの殻で、奪った食料や金目のものが散らばっているだけだった。

 その中の荷物の一つからくぐもった声が聞こえた。荒布がかけられたそれはもぞもぞと動いている。

 驚いてその布をはがすと、中には女がいた。

 女は縛られて猿ぐつわをかまされていた。蛮族にも美的意識はあるらしい。長い金の髪に美しい緑の瞳。整った顔立ちはまれに見る美少女だった。

 そしてどこかで見た覚えがあるような気がした。淡い憧憬の記憶が心の襞をくすぐる。

「大丈夫か?」

 少女はこくりとうなずいた。

 シーグは少女の傍らに膝をつき、優しい手つきで猿ぐつわを外してやった。

「ありがとうございます騎士様」

 こぼれるような笑顔だった。シーグはなぜか熱くなって妙な汗をかいた。

 剣を抜いて少女を縛っている縄を切ってやる。

「あの、足も・・・」

 少女は恥ずかしそうに折りたたんだ足をそっと出す。長いスカートからちらりと見える細く白い足首にもしっかりと縄がかけられていた。

「あ、ああ」

 シーグはまたしても妙な汗をかきながら少女の足を傷つけないように縄を切った。

「ああ、よかった」

 少女は心から安堵したような声で痛む手首をさすりながらつぶやいた。

 シーグはその声に今まで聞いたことのないような心地よさを覚えた。

「シーグ様、ご無事ですか?」

 ガロンがシーグを見つけて声をかけた。

「ああ、頭は取り逃したがな」

「おや、その娘は?」

「ここに縛られていた。蛮族どもがどこかから連れ去ってきたのだろう」

「おお、そうですか。・・・何事もなかったですかな?」

 ガロンがさぐるように質問した。少女はただうなずいた。

「おお、それはよかった。さぁ、もう安心ですぞ。この方はシーグ・アイガース様。レイリスの黒い死神と呼ばれるお方ですぞ」

 しかし少女は小首をかしげるだけでシーグを知らないようだ。シーグといえば清廉潔白の士。厳しい軍律を定め、破るものは容赦しないことで有名だ。婦女暴行などとんでもないことだった。

 だがこんな田舎ではシーグの名も届いていないらしい。

「まぁ、どちらにせよ行きましょう、お嬢さん。明日近くの者に元の場所に送ってもらうようにしてもらいましょうぞ」

 少女は嬉しそうににっこりほほ笑んだ。その笑顔にシーグの心はなぜかふと痛んだ。

 明日になればもうこの少女はいなくなる。

 許されないことだろうが、なぜか引きとめたいと思った。 

  

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