想いは言葉にならずとも
それからの旅は滞りなく進んだ。
そして王都の一歩手前、グラガース砦に一旦入り、とりあえずの準備をすることにした。
獅子王の娘現る―――この報は都を蜂の巣をつついた大騒ぎにさせるだろう。
何が起こるか分からない。できるだけの対策をとりたい。
シーグは次々と伝令を発し、その対応に追われた。
一方リーリアは砦の一室に入れられ、窓から見える王都を見て過ごすしかなかった。扉の外には常にダリクがいて見張られているから、自由に出歩くこともできない。
リーリアは退屈さを感じながらも、これから起こることへの緊張で妙な苛立ちばかりを感じながら過ごした。
その合間に思い出すのは宿屋での出来事、とくに手の甲への口づけのことばかり・・・。
リーリアは何度ついたか分からないため息をまたついた。
掴まれた手の感触、あてられた唇の柔らかさ、手の甲をくすぐった吐息・・・。
今でもそれが残っているようで折にふれその左の手を眺めてしまう。時には頬に当て、残っているはずのない彼の体温を感じようとした。
一体、あの時私の何が変わってしまったのだろう?
それまでシーグのことは特になんとも思っていなかった。だいたい年が離れているし、自分はそんな対象になり得ないと思っていた。
だからこそ、それまでシーグからいろいろアプローチされていたにも関わらず平気でいられた。そんなことあるはずはない、と。
だけど、きっと彼が自分の弱さを見せたとき、心の扉を開いた時、彼の心が自分の中に入ってきた。きっとそうなんだ。どうして、どうやってかは分からない。だけどそう感じる。彼の想いを受け取ってしまった。
それが胸の中で徐々に私を変化させたのだ。
彼の想いを、どうして全然気付けなかったのか。今思い出せば数々の場面が自分への好意への現れだったのに。
でもまさかシーグが私を好いてるだなんて・・・。
そう思ってカッと頬が熱くなるのを感じた。
そう、シーグは私を好いてる。私が女王になるからだとか、そんなことではなく、もうきっちりかっきりはっきり私のことを好きだと思ってくれてる。だって分かるんだもん、もう乙女の勘としか言い様がないけど、分かる。
分かってしまっただけにどうしていいか分からない。
私は彼の想いにどう応えたらいいんだろう。
私の中でシーグはどんどん大きくなっている。このままでは絶対に彼を好きになってしまう。
だけど私は女王になる。この国のために。
もう村娘のように気軽な付き合いや、好きな人との結婚などできないのだ。
結婚・・・。
自分で考えてその考えに赤面した。
いったい何を考えて・・・。
と、コンコン、と扉をノックされた。
「リーリア様、入りますよ」
その声は紛れもなくシーグ!
リーリアは赤面した顔を見られたくなくて慌てて窓際に行き、さもずっと窓の外を見ていましたと言わんばかりの姿勢をとった。
「どうぞ」
「失礼します」
ギっとドアをきしませて扉が開き、シーグが入ってくる。
「長く放っておいてもうしわけありませんでした」
「いえ」
向こうを向いたままのリーリアを、ふと怪訝に思いながらも、シーグは話し続ける。
「とにかくも王都に獅子王の娘発見の報を伝えました」
「そう」
「議会、教会、及び諸侯の反応はおそらく賛成反対ともに五分だろうと思われます」
「そう」
「ここでの内乱は望ましくありません。絶対に避けなければならない要件です」
「そう」
「それについて・・・、リーリア様、どうかしましたか?」
ふっとシーグの声音が優しくなった。リーリアを気遣うような。
「お加減でも悪いのですか?」
スタスタと部屋を大股で横切ってくる。
やだ、絶対に顔を見られたくない。
リーリアは顔を窓枠に押し付けうつぶせた。
「どうしたのですかっ!?」
慌てたシーグの声がしてリーリアは肩を掴まれて顔を上げさせられた。
「あ・・・」
彼女の顔を見た瞬間、シーグにも分かってしまったようだ。
リーリアはふいと視線を逸した。
どうして、気持ちというのは言葉にしなくても伝わってしまうのだろう。たった一瞬目を見交わしただけで、どうして全てを伝えることができるのだろう。
「す、すみませんでした」
シーグは手を離すと、そのまま後ずさった。
「今はお加減が悪いようですね。また、時間を改めます」
よそよそしくなる声。
彼も分かっているのだ。この恋の結末を。