あなただけの騎士
シーグは剣を収めると、リーリアに向き直った。
「大事無いですか?」
「はい。全然大丈夫です」
幾分元気になったのか、笑顔で答える。
「これからは、あなたをきちんとリーリア様、と敬称をつけて呼びます」
「はい?」
突然の申し出にリーリアは首を傾げた。
「ですから、リーリア様、も私のことは呼び捨てにしてください」
先ほど「シーグさん」と呼ばれて妙に居心地の悪い思いがした。
「は、はぁ・・・。でもいいんですか?」
リーリアは抵抗があった。年上の男の人、しかも貴族の血筋の人を呼び捨てになんかしてもいいんだろうか?
「もちろんです。あなたの素性はすでに兵士達にもばれている、けじめをつけないといけません」
「はい・・・」
言われてもぴんとこないリーリア。自分が「様」などをつけて呼ばれること、シーグのような自分よりとても立派な人を呼び捨てにしていいこと。
「そのうち慣れます。あなたには、これから慣れていただかなければならないことがたくさんあります。まずは最初の一歩です。どうかもっと自覚を持ってください。あなたはいずれこの国の女王になっていただかなければならないのですから」
「女王・・・」
リーリアの心に俄かに緊張が走る。忘れていたわけではなかったが、絵空事のように現実味がなかった。今でも、この後寝て、目が覚めたら家の食事の用意でもしようとしている。
「でも、私なんかが女王様になってもいいの?本当に本当なの?」
「『なんか』などと、自分を卑下なさらないでください。あなたは人を惹きつける何かがある。ダリクがそうだ。それにこの私も・・・」
「え・・・?」
何を、自分は口走っているのか・・・。
シーグは決まりの悪い思いをしながらも、言葉をつないだ。
「それに、『女王』などは記号にすぎません。あなたは存在しているだけでいい。間違ったことや誤ったことをしそうになったら、たくさんの臣下達がいます。あなたを諌めてくれるでしょう。その話をよく聞くことが大事です」
「はぁ・・・」
リーリアはあいまいに返事をするしかなかった。
「今はあまり深く考えないでください。今はこれから都の見物に行くのだとでも思っていてください」
「はい、そうします」
緊張で暗くなっていた顔が明るくなった。
その明るい笑顔にシーグは罪悪感を覚えた。きっと自分はこの少女にとてつもなく重いものを持たせようとしているのに、それをとても軽いもののように言っていることに。
でも耐えて欲しい。それが嘘でも誤魔化しでも、気が軽くなるならなんでも。
「あなたには私がいます。命に代えてあなたをお守りします」
「シ、シーグさん・・・?」
突然の真剣さにリーリアは目を白黒させる。
「シーグ、と呼び捨てでいいと言ったはずですが」
シーグは真剣さをおさめ、少しおどけたように言う。
「え・・・っとでは、シーグ」
呼ばれて見つめ合う目と目。何故か頬が紅潮するのが分かった。この少女に名を呼ばれると嬉しさがこみあげる。
馬鹿か、私はこれではどこかのおぼこ娘ではないか。
慌てて目を逸らす。照れを隠すように。
照れ・・・この私が照れているだと・・・。
シーグは自分の変化が煩わしいと同時に、この浮き立つ心を歓迎している気持ちもあった。こんな気持ちはいつになく久しい。
だが、今だけだ。
もし、王宮に上がってしまったら、庶子である自分などはもう会うことも叶わないかもしれない。だが、その間だけでも・・・。
「私は騎士ではありません」
「は、はい!?」
突然飛んだ話にリーリアはびっくりした顔をする。
「以前、覚えていないかもしれませんが、私のことを『騎士様』と呼んだことがあるでしょう?」
「えーっと・・・」
リーリアは記憶を辿った。確かに助けられた時にそう呼んだ気がする。
「私は庶子であるが故に貴族の地位も与えられず、騎士に叙任されることもありませんでした」
自分はいったい何を話しているんだろう・・・。だが言葉は思いと裏腹につらつらと流れるように出てくる。リーリアは口を挟むこともなくおとなしく聞いている、そのせいもあるだろう。
「ただ、実力があったため、この戦乱の世で名を馳せることができている。だがその影では皆私のことを嘲っています。しょせん庶子よ、不貞の子よと・・・」
「そんな・・・」
シーグは首を振った。
「でもそんなことはもういいのです。昔は随分悩みもしましたが・・・」
シーグは笑う。
「だが、やはり何かになりたかった。胸を張って自分は~だと、言ってみたい」
シーグは視線をリーリアにひたと向けた。
「な、何でしょう・・・」
「どうか私をあなたの騎士にしてくれませんか?」
「え!?」
「いや、形だけです。私はあなたの前に跪きますから、この剣を・・・」
ずっしりと重い長剣。しかし持てなくはないだろう。
「これを私の肩に当てて、軽く叩いてくれればいいのです」
「は、はい・・・」
リーリアは当惑しながらも、渡された剣を持った。その重さに顔をしかめながら。
その様子に少し笑いながらも、シーグはリーリアの前に跪く。
「よっ・・・」
重い長剣をバランスを取りながら持ち上げ、リーリアはシーグの肩にその剣を乗せる。
「『あなたを騎士に叙任します』と」
「あ、あなたを騎士に、じょ、叙任、します」
緊張で少し震えながらも、リーリアは剣で軽くシーグの肩を叩いた。
「ありがとう」
シーグは心の隅が埋まるような、かすかな満足を覚えた。
剣を受け取ると、そのまま空いている方の手でリーリアの手を掴み、その手の甲に口付けた。
「きゃっ、シ、シーグ・・・」
慣れないことに悲鳴をあげ、すぐに手をひっこめるリーリア。顔は真っ赤に染まっている。
ガロンにまた怒られるかもな。でもこれくらいはいいだろう。
「お休みなさい。我が女王様」
リーリアは半ば呆然としてシーグを見送った。
シーグはドアを開け、そこにダリクが直立不動の姿勢いるのを確認すると、自らは宿の主人に空いている部屋がないか交渉に向かった。たまにはベッドの上で寝てもいいだろう。