第7章 花祭り
村を出てから一週間が過ぎた。
オリヴィアとマーサを乗せた馬車と荷馬車が一台。その周りを騎乗した使者が守るように前後左右になりながら進んだ。
宿につくと気を抜いて馬鹿騒ぎをすることもある彼等だが、日中移動している時は一瞬も気を抜かない。
比較的安全なルートを選んではいるが、どこに無法者がいるとも限らなかった。
「街の中や宿の警備は、領主の責任だからな。実質俺たちが受け持つのは、街から街の間だ。この国の治安はいいが、どこにでも例外はある。」
一週間が経って、私は馬に乗る事にだいぶ慣れて来た。
最初はマーサが一緒に馬車に乗るよう勧めてくれたのだが、ジルが、道々教えたい事がたくさんあるからと断った。
おそらく、私とオリヴィアの間がうまく行っていない事に気づいて気を使ってくれたのだろう。
ジルは、オリヴィアと私の間に何があったのか、気になっているだろうに何も聞いてこない。
それが私には有難かった。
話せばきっと悪口のようになってしまうし、話した所でどうにかなるものでもない。
あれからオリヴィアは自分から私を呼ぶ事はないが、休憩の時には馬車を出て私と普通に話してくれる。
まるで、あの時の事は悪い夢だったかのように。
「そうだフィリス、今日泊まる街で祭りをやってるはずだ。一緒に見に行かないか?」
「お祭り?」
「ああ。明日の夕方には帝都に入る。城に戻ったら、今のようにずっと一緒にはいられないからな。」
体をひねってジルの顔を見上げると、ジルは苦笑して私を見た。
ジルはずっと自分の馬に私を乗せてくれていた。馬が疲れるだろうとみんな代わってくれようとしたが、何故かジルは毎回断っていた。
私も馬が心配になってジルに聞いてみたけど、私くらいの重さではたいした負担にならないと言われた。
「ジル、お城に行ってもジルと会える?」
この何日かの間に、ジルは私にとってとても大きな存在になっていた。
そばにいないと不安になるし、笑顔を見ると嬉しくなる。
困った事があると、すぐにジルに頼ってしまう。
もしお城に行って会えなくなったら、きっとすごく心細いだろう。
「もちろんさ。俺も仕事があるから頻繁には会えないけど、出来るだけ会いにいくよ。」
その言葉に安心したわけじゃないけど、ジルを困らせたくなくて、私はただ頷いた。
街に入ると、頭に花飾りを飾った子供達が走り回っていた。
道のあちこちで花が売られ、笑い声であふれている。
「私、先に休んでいますね。」
宿に入ると、オリヴィアはすぐに部屋に入ってしまった。
「私はちょっと買い物に行ってくるね。ジル、すぐ戻るから、私がもどるまでフィリスを連れ出さないでよ?」
マーサはジルにそう言うと、急ぎ足で外に出て行った。
私はジルと顔を合わせて首を傾げた。
「それじゃあ、交代で遊びに行くか!ああ、ジルはいいぞ。かまわないから、フィリスを見ててやれよ。」
そう言ったのは、使者団のリーダー、オルグだった。
「ありがとう、そうさせてもらうよ。」
どうやらみんなには私はまるで迷子の子供のように見えるらしく、まるで親兄弟のように細々と気を配ってくれた。
それが情けないと思いながらも、家族のいない私は嬉しくて仕方なかった。
しばらく談笑していると、マーサが急ぎ足で戻ってきた。
両手に大きな紙袋を下げている。
「ちょっと借りるね!」
「マーサっ?」
マーサは私の腕を取ると、返事も待たずに部屋へ入った。
バタンとドアを閉めると、マーサは紙袋から出したものをベッドに広げた。
「ジャジャ〜ン!どう?」
「・・・・・可愛い服ね。」
それは、柔らかな素材の真っ白なワンピースに、蔦色のサンダルだった。
「さあ、着替えて!」
一瞬、言われた意味が分からなかった。
「祭りに行くのにズボンはないでしょ!今日くらい女の子らしい格好をしなきゃ。」
「えっ、私!?」
「他に誰がいるの?ほらほら早く!時間は待ってはくれないのよ?」
勢いに押されるように着替えると、今度はベッドのふちに座らされた。
髪をくしでとかれて、気持ちよさに目を細める。
「あなた、ジルのこと好きなんでしょ?」
唐突に言われた言葉に、心臓が大きな音を立てて鳴った。
「・・・う、ん。そうだね。」
「そうじゃなくて、1人の男としてってことよ?」
「えっ?えっ、えっと、それは・・・。」
みっともなく声が裏返ってしまった。
胸がドキドキして、顔が熱くなる。
考えてみたこともなかった。この気持は、そうなのだろうか?
ジルのことを、男性として好きということなのだろうか?
「ふふっ、聞くまでもないかしら?見てれば分るものね。」
私自身にさえはっきりと確信を持てない気持なのに、どうしてマーサには分るのだろう?
「ジルは魔術師だから、城に戻れば忙しくなってきっとなかなか会えなくなる。だから、今のうちにしっかり仲良くなっておきなさい!」
背中をバシンと叩かれて立たされる。
「マーサ・・・・・あの、ありがとう。」
「どう致しまして!私も後からお祭り見にいくから。」
マーサと一緒に部屋を出て、一階に降りる。
「おっ、見違えたな!」
「女の子らしくなったじゃないか。」
みんなは私を見て一瞬驚いたように固まったけど、すぐに笑顔でそう言ってくれた。
「いい趣味だな、マーサ。フィリス、その服よく似合ってる。」
さっきの話を思い出すと、なんだか恥ずかしくてジルの顔をまともに見れない。
「仕上げはジルがしてあげてね?フィリス、行ってらっしゃい!」
「仕上げ?」
なんの話だろう?
「もちろんだ。じゃあ、行ってくるよ。」
ジルには意味が分かってるのか、頷くと私の手を取って宿を出た。
通りに出ると相変わらずキョロキョロとする私を引っ張って、ジルは花を売っている売り子の所へ近づいた。
「これを一つ。」
「はい、ありがとうよ!」
ジルが買ったのは、黄色い花がたくさん編み込まれた花冠だった。
それをそっと私の頭にのせる。
「これでいい。行こう。」
嬉しそうにそう言うと、ジルは今度はゆっくりと歩いた。
それからジルといろんなものを見て回った。
輪投げやダーツのゲームをしたり、露店でお菓子を買って二人で分けて食べた。
こんなに楽しいと思うのは記憶にある限りはじめてで、私はいっそ今死んでも後悔しないだろうなんて馬鹿なことを考えたりした。
賑やかな音楽が聞こえてきて、私は足をとめた。
「行ってみよう。」
音を辿るようにして歩いて行くと、大きな広場で大勢の人たちが踊っていた。
老若男女が俗世を忘れたかのように踊り、その周りで見物人たちが手拍子をしていた。
「フィリス、一緒に踊らないか?」
「えっ?いいよ、見てるだけで十分楽しいし。」
「大丈夫!簡単なステップだからすぐに覚えられるよ。」
ジルは私の意見も聞かず、手を引いて広場に出た。
最初は戸惑ってまったく動けなかったけど、ジルが丁寧に教えてくれたおかげで何とか動きについていけるようになった。
踊りなんてはじめてだけど、だんだん楽しくなって夢中で体を動かした。
しばらく踊り続けて息が上がってくると、ジルは踊るのをやめて近くで飲み物を買ってくれた。
「上手かったじゃないか。フィリスは筋がいいよ。」
「ジルが教えるの上手いからだよ。」
2人で手をつないで、広場の端に腰を下ろす。
まるで恋人同士のようだと思って顔が熱くなった。
マーサは、私がジルの事を好きだと言った。それはきっと間違っていない。
そうでなければ、こんなに一緒にいて嬉しいと思うはずがない。
けれど、ジルは私をどう思っているのだろう?
嫌われてはいない。それは分る。きっと好かれているのも間違いない。
けれどそれはきっと、犬猫を可愛がる様な好きのような気がする。
ジルのような人が、私のような冴えない子供を1人の女性として見てくれるとはとても思えない。
「どうかしたか?」
顔をじっと見ていると、それに気づいたジルが不思議そうに問いかける。
「・・・・・何でもない。ジル、今日はありがとう。すごく楽しかった!私、一生忘れない。」
「大げさだな。楽しかったなら、また一緒に来よう。」
その言葉に、私はただ頷いた。