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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第58章 終章3(SIDEジル)

 城についた頃には、既に日は完全に落ちていた。

 本当ならもう少し早く帰れるはずだったが、背中に感じる体温が心地良くてつい遠回りをしてしまった。

 途中フィリスが完全に寝てしまった時はさすがに驚いたが、慣れない空の上で眠れるほど俺を信頼してくれているのかと思うと嬉しかった。

 それほど、疲れていたというのもあるだろうけど・・・。


 今日は、本当に色々あったのだ。

 朝早くから歩き回り、全力疾走で街を駆け回った。

 変な男達に追い回されたり、誘拐されそうになったり・・・。とにかく酷い1日だったと言ってもいいだろう。

 そんなフィリスに同情しながらもつい顔が緩んでしまうのは、さっきのフィリスの告白のせいだ。

 フィリスは俺の事を好きだと言ってくれた。ずっと、そばにいてくれると・・・。

 嬉しかった・・・本当に。

 今なら死んでも悔いはないと、一瞬そんな馬鹿な事を思うくらい、喜びに体中が満たされた。

 愛する者に愛されるという幸運を、誰かに感謝したくて仕方が無い。


「・・・フィリス、起きれるか?」

 人型に戻った俺は、腕の中で眠るフィリスにそっと声をかけた。

 起きてその目に俺を映して欲しいという気持ちと、このまま腕の中に囲い込んでいたい気持ちが俺を迷わせる。

 しばらくフィリスを見ていたが、眠りが深いのか身じろぎ一つしない様子に起こすのは諦める事にした。

 こんなによく眠っているのだから、無理に起こしては可哀想だ。

「さて、どうするかな・・・。」

 普段であればフィリスの部屋に連れて行くのだが、城にはまだオリヴィアの信奉者が残っている。

 オリヴィアが捕まり、フィリスが無事に戻って来た事が分かれば何をやらかすか分かったものではない。

 となれば自分の部屋に連れて行った方が安全だし、自室なら仕事をしながらでもフィリスのそばにいてやれる。


 以前と同じように布でフィリスを隠そうかと思って・・・やめた。

 まだ城には戻っていないだろうが、ガントの部下達が戻ればフィリスの事はすぐ噂になる。

 あれだけ大勢の目撃者がいるのだから、今更口外するなと言っても無理な話だ。

 それにフィリスは俺の気持ちを受け入れてくれたのだから、もう誰にも隠す必要などないのだ。

 緩んだ顔を引き締めて、俺は自室へと向かった。


 途中すれ違う者たちが頭を下げるのも忘れて驚くのを無視して自室に行き、やはり驚いて敬礼もしない衛兵に声をかける。

「コンラートを呼んでくれ。今日の分の仕事も一緒に持ってくるように。」

 ぼーっと口を開いていた衛兵は、慌てて敬礼すると廊下を走り去っていった。

 そんなに急ぐ用でもないのだが、よほど慌てたのだろう。廊下の角を曲がりきれず、ガチャンと肩当が壁にぶつかる音がした。

 そんな同僚の姿に仕事を思い出したのか、もう一人の衛兵は忘れていた敬礼をすると部屋の扉を開けた。


 部屋に入り、大きなベッドの上にフィリスをそっと降ろす。

 風邪を引かないように布団をかけても、まったく起きる気配もない。

 幼さの残る顔を眺めながら、フィリスの言葉を思い出す。


 『・・・そばにいても、いなくても。私はいつだって、ジルやマーサや、皆に助けてもらえるから。』


 フィリスは、確かにそう言った。

 この子は、ちゃんと分かっているのだ。

 自分に寄り添う気持ちが、目に見えないそれが確かにそこにある事を。そしてそれに自分の心を添わせる事で、自分が強くなれる事を。

 フィリスは、本当にすごい。

 誰もが持つ力、そして誰もが忘れがちな力を、大切にしてる。

 そんなフィリスを、ずっと見ていたい。これからも、ずっと・・・。



 それからしばらくして、ノックの音がした。

 俺はフィリスを起こさないように自分でドアを開けると、コンラートを招き入れて口元に手を当てた。

 防音の魔術を施してから、黙っていたコンラートに声をかけた。

「疲れて寝てるんだ。起こしたくない。」

 コンラートはちらりとベッドに視線を向けると、納得したように頷いた。

「お二人ともご無事でなによりです。こちらの方は、特になにも問題はありませんでした。一応仕事もお持ちしましたが、明日でも大丈夫です。」

「そうか。マーサに、フィリスは無事に戻ったと伝えてくれ。心配しているだろうからな。それと、もう1日休暇をやってくれ。」

 こんな散々な休暇では、仕事をするよりも疲れただろう。

「わかりました。彼女ももう1日お休みにしますか?」

「・・・ああ、そうだな・・・。」

 歯切れの悪い俺に、コンラートは問うように首を傾げた。

 オリヴィアの信奉者達は早々に追い出すとして、俺との事が広まれば仕事を続けるのは難しいだろう。

 フィリスが平気でも、竜王の花嫁と一緒に働くというのは他の者が辛いだろう。

 俺は全く気にしないが、体面というものもある。

 今の仕事が好きなフィリスには悪いとは思うが・・・。


「コンラート・・・。」

 宰相であるコンラートには、とにかくすぐに伝えておいた方がいい。

 決めなくてはいけないこと、やらなくてはいけない事がとにかく沢山あるのだから。

 そう思うものの、改めて他人に言うのはどうにも気恥ずかしいものだ。

「その・・・フィリスの後任を探しておいてもらえるか?」

「後任を?仕事場を変えられるのですか?何か問題でも?」

 真面目に聞かれると余計答え辛い。

 しかし、言わなくては。コンラートにさえ言っておけば、他の連中にはうまく伝えてくれるだろう。

「今日、プロポーズの返事をもらえたんだ。その・・・いい返事だったから。仕事は、多分続けさせてやれないと思う。お前やガントにも色々心配かけたけど、そういうことだから。」


 少しだけ早口にになった俺を不審そうに見ていたコンラートは、ポカンと目と口を開けて黙り込んだ。

「コンラート?」

 頭の回転の速いこいつにしては珍しい。

 そう思って声をかけると、コンラートははっとしたように正気に戻ると、手に持っていた書類をばさばさと取り落とした。

「へ、陛下、それは本当ですか!?」

「あ、ああ。そんな事をお前に嘘ついても意味ないだろう?」

「そ、それは、そうですが・・・。」

 しばらく呆然としていたコンラートは、次第に目を潤ませて肩を震わせた。

「おい、どうした?大丈夫か?」

「申し訳ありません、嬉しくてつい・・・。正直申し上げて、いずれは、と思っておりました。彼女が現れてから、私やガント殿がどれほど安心したことか。ですが彼女はまだ幼く、陛下も女心に鈍いのでくっつくのは何年も先になるだろうと思っていました。」

 興奮して地が出たのか、さりげなく失礼な事を言いだした。

 鈍いだろうか?鋭い方とは思わないが・・・。

「それが、こんなに早く・・・と、とにかく、おめでとうございます、陛下!ああ、こうしてはいられませんね!今後の事で議題をまとめないといけませんので、これで失礼致します。」

 珍しく感情をあらわにしたコンラートは、一気に言い切ると慌しく部屋を出て行った。


「・・・防音しておいてよかった。コンラートのやつ、大丈夫なのか?」

 あの生真面目な男が取り落とした書類の事も忘れて・・・。それほど、これまで心配をかけてきたという事だろうか。

 俺は散らばった書類を集めて、フィリスのもとに戻った。

 コンラートの様子に、気恥ずかしいと思っていたのもどこかに吹き飛んでしまった。

 明日には、少し頭が冷えていてくれるといいのだが。



 フィリスは結局そのまま朝まで眠り続けた。

 声が聞けないのは寂しかったが、飽きる事無く安らかな寝顔を見詰め続けた。

 身じろぎし、寝返りが多くなり眠りがようやく浅くなる頃、俺は思いついて浴槽に湯を張った。

 いつ入ってもいいように、湯が冷めないように魔術を施しておく。

 きっと起きたらお腹もすいているだろう。

 衛兵に伝言を頼んで、マーサに朝食を運んでもらうことにした。

 休みのところ悪いとは思うが、きっと昨日の今日でマーサもフィリスに会いたいと思っているだろう。

 丁度いいから、そのまま部屋にいてもらってその間に仕事を片付けてくるか・・・。

 ガントから昨日の報告も受けたいし、今後フィリスの待遇をどうするのか、公式的な発表はいつ行うのか。

 フィリスに相談する前に、大まかな方針だけでもまとめておきたい。


「ごめんな、フィリス。」

 夢と現の間をさ迷うフィリスに、聞こえるか聞こえないかの声でそっと囁く。

 起きてるときに言えば、きっと気にしなくていいと笑ってくれるだろうけど・・・。


 人としての生を奪ってしまう事。

 竜の王を縛る楔としての重い役目を負わせてしまう事。

 普通ならしなくていい苦労も、辛い事も、悩み苦しむこともあるだろう。


 それでも、きっと幸せにする。

 長い長い時間の中で、ほんの一瞬でも長く笑顔でいられるように。

 だから・・・。

「頼むから、離れないでくれよ?」

 自分でも無意識に口からこぼれ出た言葉に、苦笑する。

「本当に、フィリスはすごいよ。」

 まだ子供で、こんなに小さくて、無力に見えるのに。竜であるこの俺に、恐怖という感情を持たせるなんて。

 

 俺はふっと息を吐いて、書類を手にベッドに腰掛けた。すでに一通り目は通してあるが、気を紛らわせるようにパラパラと紙をめくってみる。

 しばらくそうしていると、フィリスが起きる気配がして後ろを振り返った。

 うっすらと開いた綺麗な緑の瞳に早く自分を映して欲しくて、声をかける。

「おはよう、フィリス。」

 思い通りこちらを向いてくれたフィリスの意識が自分へと向けられた事に、心臓がうるさく音を立てた。

 

 こんなささいな事に、これからもずっと振り回されるのだろう。

 ・・・それも悪くない。

 それはきっと、幸福な事なのだから。

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