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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第55章 結末


 広げられた腕の中に吸い込まれるように、その懐へと飛び込んだ。

 大きな手のひらが背中に回されて、二人の間にあるほんのわずかな隙間すら埋めるように強く抱き寄せられる。

 また、会えた。

 姿を見て、声を聞く事ができた。

 その事が、言葉では表現できないほどの喜びを私に与えてくれる。

 ひとしきり互いに抱きしめ合った後、私達はどちらからともなく体を離した。

 夜を切り取ったような黒い瞳が、泣きそうな顔の私の姿を映し出す。

「フィリス・・・・。」

 囁くような声はどこか熱を帯びていて、頬に添えられた手に導かれるように目を閉じた。

 すぐに唇に落とされた口付けに、胸が切なく締め付けられる。


 ・・・まるで麻痺したかのようにぼんやりとした思考がはっきりとしたのは、突然湧き上がった歓声のせいだった。


 

 驚いて周囲を見回すと、いつの間に入ってきたのか、敷地内は兵士の姿で溢れかえっていた。

 この僅かな間に一体何があったのか、私を捕まえようとしていた男達のほとんどは兵士に捕まっていて、手を縄で縛られ地面に座り込んでいた。

 マレイラの騎士も同じく縄で縛られていたが、彼には何人かの兵士がつき、体を強く地面に抑えつけられている。

 皆一様に呆然とした表情で、何が起こったのか分からないといった顔をしていた。

 

 オリヴィアとエマには縄こそつけられていなかったが、さっきの私のように数人の兵士から剣を向けられ、囲まれていた。

 怯えたように手を取り合っている二人も、状況が理解できないで混乱しているようだった。


 兵士達は私達の方を見て、口々に何かを叫んでいる。

 色んな声や叫び声のようなものが混ざって、何を言っているのか全く分からない。

 ただ、何故かみんな嬉しそうな顔をしていた。


「静まれ!喜ぶのは後だ!こいつらを牢に入れるまで、お前達の仕事は終わっていない。気を引き締めよ!」

 轟くような大声に、兵士達は我に返ったように表情を引き締めて、捕らえた男達に視線を戻した。

 大声を出したのは、ガントさんだった。

 彼は何人かの兵士に指示を出すと、厳しい表情のまま大股で私達の方へと近づいてきた。


 ガントさんは私達の前まで来ると、膝を折って頭を下げた。

 その姿に一気に冷静になった私は、慌ててジルから離れようとした。

 こんな大勢の前で竜王であるジルに抱きつくなんて、とんでもないことをしてしまった。

 そんな私の動きは、背中に回されたジルの手によって阻まれた。

 不審に思ってジルの方を見ると、ジルは私を抱き寄せたまま顔だけをガントさんの方へと向けていた。

「陛下、申し訳ありません。何名か取り逃がしました。」

「・・・すまない、俺のせいだな。」

「いえ、私の力不足です。追っ手をかけておりますので、ほどなく捕まりましょう。」

 口を挟む事もできず戸惑う私に、顔を上げたガントさんが柔らかく微笑んだ。

「マーサはオルグに城に送らせました。ポールは他の者と共に逃げた者を追っていますが、明日にはまた会えるでしょう。ご心配にはおよびません。」

 何故私にそんな丁寧な言葉を使うのだろう、とか。どうしてポールが追いかけているのかとか。

 色々疑問はあったけど、とにかく二人が無事な事が分かって一気に体の力が抜けてしまった。


「捕らえた者達は留置所に送り、後の事は警吏に引き継げ。アルフレッドと女二人には話がある。」

「分かりました。では、すぐに連れてまいります。」

 ジルの言葉に、ガントさんはすぐに立ち上がって部下たちの方に戻っていった。


「ジル・・・・・・・。」

 聞きたいことがありすぎて言葉を詰まらせる私に、ジルは分かっているというに私の頭をポンポンとたたいた。

「すぐに終わらせるから、少しだけ待っていてくれ。」

 それに頷きを返し、邪魔にならないように私はジルから離れようとして・・・また引き寄せられた。

「ジル?」

 問いかけにジルは答えず、近づいてくる足音の方へと顔を向けた。


 オリヴィア達を伴ったガントさんは、少し手前で止まると先ほどと同じように膝を折った。

 オリヴィア達も、頭を押さえつけられるようにして強引に跪かされた。

 騎士も抵抗する気はないのか、大人しく跪き、深く頭をたれた。

「アルフレッド、顔を上げろ。」

 感情のこもらない声でジルが告げると、騎士はビクリと肩を揺らし、ノロノロと顔を上げた。

 その表情は悲壮で、死刑宣告を待つ罪人のようにも見えた。

「何も弁明する必要は無い。命令に従うしか能の無い飼い犬の罪は、飼い主に償ってもらおう。ご主人様のお迎えが来るまで、大人しく檻の中に入っているがいい。」

 淡々とした口調の中に底冷えのするような冷たさを感じて、驚いてジルを見上げた。

 口元は笑みをかたどっているのに、目には強い怒りが宿っている。

 私に向けられたものではないと分かっているのに、緊張に体が強張るのを押さえられなかった。

「・・・・・・お、お待ちください!これは、私の一存でっ!」

「ああ、お前の飼い主はまだお子様なようだから、ちゃんと保護者にも来てもらおう。話の分かる大人が一人は必要だろう。」

「っ!お願いです、どうかっ・・・」

 身を乗り出そうとした騎士の体を、兵士達が押さえつける。

 その必死な形相に、ジルは口元の笑みすら消して冷たく見下ろした。

「人の頼みは聞かないのに、自分の頼みは聞いて欲しいのか?随分、都合がいいんだな。」

 ジルが軽く手を払うしぐさをすると、騎士を押さえつけていた兵士達が立ち上がり、言葉も無く呆然とする騎士を引きずるようにして連れて行った。


「さて、オリヴィア。お前は自分が一体何をしたのか分かっているのか?」

 溜息と共に吐き出された言葉に、今度はオリヴィアが肩を揺らした。

 エマはオリヴィアの隣で、頭を下げたまま小刻みに震えている。

「帝都に足を踏み入れることは禁じたはずだ。そのお前が、何故ここにいる?」

「わ、私はっ、私はただっ・・・。」

 震える声で何かを伝えようとするが、それらは言葉にならなかった。

「我が命に背き、人攫いの仲間になるとは・・・残念だが、軽い刑では済まないだろう。」

 引きつるような小さな悲鳴の後、オリヴィアは顔を上げた。

 怯えたようにジルを見るその目が私の姿を捕らえた瞬間、一瞬にして憎しみに満ちた目で私を睨み付けた。

 私が思わず身を竦ませるのと、私の肩に置かれていたジルの手がオリヴィアの方へと伸ばされたのはほぼ同時だった。


 突然、私の目の前で、オリヴィアの体はブクブクと膨れ上がった。

 艶やかな金茶色の髪は縮れてまだらな灰色に染まり、雪のように白い肌のあちこちに、水ぶくれのようなものが出てきた。

 鼻も団子のように大きくなり、綺麗な空色の目は濃い血の様な赤に変化した。

「な、なんだっ!?」

「化け物だっ!」

 周りにいた兵士達が驚き、腰を抜かしたように座り込む。

 ずっと平静だったガントさんも、思わずといったように目を見開いて身をのけぞらした。

 そのあまりに恐ろしい姿に、私もとっさに逃げるようにジルの後ろに身を隠した。

「な・・に・・・?ねえ、なにっ!?わ、わたし・・・い、いや・・・・・・いやあぁぁっっ!!」

 オリヴィアは自分の手を見て、次に恐る恐る自らの顔に手をやり、絶叫した。

 その声も、まるで老婆のように枯れている。

「・・・ひっ!オ、オリヴィア様!?」

 我慢できずに許可無く顔を上げたエマは、変わり果てたオリヴィアを見て引きつれたような声をあげた。

「それは、お前の本当の姿だ。どれほど見た目が整っていようと、そんなものは人間の本質にはなんら関係のないものだ。特別にお前の入る牢には、鏡を入れてやろう。なに、三日もすれば見慣れるさ。己の醜悪な姿を、しっかりとその目に焼き付けておくといい・・・・・見た目が変わっただけだ、恐れるな。連れて行け。」

 ジルの言葉に、ガントさんが気を取り直したように立ち上がってオリヴィアを立たせた。

 それにつられるように兵士達も剣を構えなおし、オリヴィアを囲んだ。

 忘れ去られそうになっていたエマは兵士に縋るように立ち上がり、捕らえられたのか保護されたのかよく分からない姿でオリヴィア達の後を追った。

 

「・・・ね、ねえジル、オリヴィア、どうなっちゃったの?」

 オリヴィアの姿が遠くなってから、私はジルの後ろにしがみついたまま尋ねた。

 ジルは大きく息を吐き出して、私の方に向き直った。

 自嘲を含んだ顔にはもうさっきまでの冷たさは無くて、硬くなっていた私の体から力が抜けた。

「ただの幻術だ。しばらくすれば自然にとける。」

「・・・そ、そうなんだ・・・。」

「ほんのちょっと驚かせて溜飲を下げるだけのつもりだったが・・・ちょっとやりすぎたかな?」

「・・・・・・」

 肩を竦めて苦笑するジルに、私は何も言葉が出てこなかった。

 あれは、ちょっとでは済まないと思うんだけど・・・。

「怖がらせてすまない。でも、フィリスがいてくれたおかげで、まだ冷静でいられたよ。」

 ぎこちなく頷くと、ジルはまた苦笑して、誤魔化すように私の頭を荒っぽく撫でた。

「そろそろ帰ろうか。あとはガント達に任せておけばいいだろ。」

 そう言って背中を向けたジルは、一瞬の間に器用に私を背中に乗せた。


「ジルっ!降ろして!」

 慌てる私を、ジルは不思議そうな顔で肩越しに振り返った。

「どうして?飛んで帰った方が早い。」

「どうしてって・・・みんな見てるよ?」

 ざっと見回しても、両手以上の人数の兵士達が、まだ遠巻きに私達の方を見ているのだ。

「・・・今更、気にするな。それより、ちゃんと捕まってるんだぞ?」

「今更って?ねえ、ちょっと待っ・・・・・!」


 呼び止める声は、耳元を掠めた翼の音に消されて届かなかった。

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