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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第54章 護衛2(SIDEジル)



 フィリスたちがハンナの家から出てきたのは、西の空が薄く茜色に染まり始めた頃だった。

 家の前で別れの挨拶をするフィリスとマーサの周囲を注意深く観察すると、数人の男がさりげない風を装ってフィリスたちに目を向けている。

 道端で談笑する者や、待ち人でも待っているようにボーっと立っている者。

 いずれもどこにでもいる市民のようだが、フィリスがハンナの家にいる間、何度も見かけた顔ばかりだ。

 周囲に怪しまれないよう、複数人で交代で見張っているようだった。

 その慎重さをみれば、どれだけ計画的な犯行か分かるというものだ。

 行きの道で手を出さなかったのも、万が一外出先で誰かと会う約束をしていた場合の事を考慮に入れての事だろう。

 約束の場所にフィリスが現れなければ、相手は心配して城に連絡を取りにくるかも知れない。

 帰りであれば、少なくとも明日の朝まで事が発覚する心配はない。

 一晩あれば、十分遠くまで逃げられる。

 それにアルフレッドは、仲間にこの街の犯罪集団を引き入れている。

 自分の部下ではこの辺りの地理に疎いし、そもそも少女誘拐などという事に正規の兵を動かせるはずもない。

 そこまで考えられるのに、どうして主を諌めて諦めさせるという事は思いつかないのか。

 そんな事を考えて、何度目とも分からない溜息をつく。



 フィリスたちはハンナ達に手を振ると、来た道を戻り始めた。

 その動きに合わせて、見張り達も目立たないよう動き出す。

 俺も身を隠していた場所から離れて、距離を保ったまま二人の後を追った。


 動きがあったのは、フィリス達が大通りに出て少したった頃だった。

 それまで遠巻きに後をつけていた男達が、明らかな意図をもって二人との距離を縮め始めた。

 それにマーサが気付いたのには驚いたが、男達にとっても想定外だったらしい。

 二人が走り出した瞬間、男達はもうその存在を隠す事無く二人を追い出した。

 人ごみを縫うように進むフィリス達と、人を押しのけるように走ってくる男達の距離は見る間に近づいていった。

 マーサはフィリスの手を掴むと、大通りに面した脇道に飛び出した。

 走りながら一瞬だけ振り返ったフィリスの怯えた表情に、すぐにでも駆け寄りたい気持ちを無理やり押さえ込む。

 男達は目で合図しあうと、二手に分かれた。恐らく、先回りして追い詰めるつもりなんだろう。

 苛立ちに思わず舌打ちをしてしまったその時、視界の端にオルグとポールの姿が見えた。

 その事に少しだけほっとしながら、追いかけていた足を止めた。


 これで、準備は整った。あとはコンラートが描いたシナリオ通りに事が進むよう、祈るばかりだ。



 建物から出てきたフィリス達は、二手に分かれて走り出した。

 予定とは違う動きだったが、何か事情が変わったのだろう。

 マーサは走りながら何度もフィリスの方を振り返っていたが、その度にオルグにたしなめられていた。

 仲間の呼び笛に集まった男達は一瞬迷った後、フィリスの後を追いかけていった。

 男達は数人ずつのグループに分かれて、フィリス達を囲い込んでいくように追いかけていく。

 追い詰められているのが自分達の方だなどと、きっと露ほどにも思っていないのだろう。




 人気の無い訓練施設に足を踏み入れたフィリスは、つかの間立ち止まって呆然と周囲を見渡した。

 きっと、ここまでくれば助けを呼べると信じていたのだろう。

 必死に走ってきたフィリスの気持ちを思うと、胸が痛んだ。

 何とか気を持ち直したのか、フィリスは意を決したようにまた走り出した。

 不意に流れ込んできた感情の波に、まるで自分がそれを感じているかのように胸が苦しくなる。

 強い不安・・・石を通して伝わるその気持ちに、思わず胸を押さえた。

 けれど、ここで姿を現すわけにはいかない。

 ガントがアルフレッド達を押さえるまで、我慢するしかない。

 俺は誰にも気付かれる事のないよう、静かに馬屋の後ろに身を隠した。




 ・・・・・コンラートの言うとおり、まだこの手を放すのは早いのかも知れない。

 手綱を持っていてやらなくては、人は簡単に暴走する。

 なんと盲目的で、愚かな事か。

 アルフレッドにとってはエルフリードだけが大事で、エマはオリヴィアの言う事を自分で確かめもせず信じている。

 こんな人間ばかりが集まれば、戦争などいくらでも起こせるだろう。

 フィリスに向かって放たれる言葉に耳を傾けながら、少しでも怒りを納めようとそんな事をつらつらと考えていた。


「自分のした事は、ちゃんと自分で責任を取らなきゃだめよ?マレイラに行って、きちんと謝ってきなさい。」


 謝って欲しいのはむしろこっちの方だ。エルフリードはフィリスに跪いて許しを乞うべきだ。

 嫌がる相手に無理やり気持ちを押し付け、誘拐までしようとしたのだから。


「頭の悪い子ね。あんたが罪を償えるように、オリヴィア様が力を尽くして下さったのよ!あんたの本性をちゃんと見抜いてる人達に、協力してもらったの。」


 ・・・なるほど、同じ事を信じている人間が他にいれば、それは間違いじゃないと思えるわけだ。

 人間の集団心理というものだな。


「あんたみたいな子が、陛下のお近くで働くなんてとんでもないわっ!オリヴィア様をこんなに苦しめて、あんたには良心ってものがないの?」


 ・・・うるさい女だ。

 頼むから、いい加減にその良くまわる口を閉じてくれ。でなければ、本気で舌を引っこ抜いてやりたくなる。


「さあ、さっさと連れて行って下さい。オリヴィア様のお目汚しになるわ。」

「エマっ、言いすぎよ?」

「いいんです。こういう子は、はっきり言わなきゃ伝わらないんです。フィリス、あんたもう一度エストアの土を踏めるとは思わない方がいいわよ。今後の事は、その騎士様にしっかりと頼んでおきましたからね。その腐った性根をしっかり叩きなおしてもらいなさい!」


 ・・・こんなに苛々したのは一体何十年ぶりだろう?

 無意識に流れる怒気に、馬屋の中に残った馬達が落ちつかないようにいなないた。

 


「・・・・・や・・・。」


 小さくこぼれたその声に、体中の全神経が集中する。


「いやっ!私はどこにも行かないっ!!」


 意外なほど大きく、はっきりとしたその言葉に、俺は思わずもたれていた壁から背を外し、組んでいた腕を解いた。


「約束したのっ!」


 ・・・・・フィリス?


「一緒にって、約束したっ!」


 どこか脈略の無い言葉に、フィリスを取り囲んだ連中が戸惑った気配がした。

 

「帰してっ!」


 自分を害するものばかりに囲まれて、小さな少女のどこにこれだけの強さが隠されていたのか。


「そばに、いたいっ!」


 まるで心の底からの悲鳴のような、そんな声。


「私を、ジルの所へ帰してっ!!」


 その瞬間、体中がカッと熱くなって、完全に思考が止まった。

 真っ白になった頭の中で考えるのは、何よりも愛しいただ一人の事だけ。

 早く、早く・・・あの子をこの腕の中に抱きしめたい。


 気がつけば、眼下に剣を突きつけられたフィリスが見えた。

 やめろと出したはずの声は、獣の咆哮のようで・・・そこでようやく、俺は自分が竜の姿になっていた事に気がついた。


 なんとか自我を取り戻した俺は、フィリス達の近くに降り立った。

 フィリスを取り囲んでいた馬達がいっせいに逃げ出し、囲いが解かれる。


「ジルっ!」


 俺に向かって駆け出したフィリスを迎えるために、人型に戻って手を伸ばした。


「フィリスっ!」


 指先に触れた手を掴んで、引き寄せる。

 腕の中におさまる小さな体とその体温に、泣きたくなるほどの安堵感に包まれる。

 互い抱きしめるその腕の強さに縋るように、これが現実である事を確かめるように、俺達はただ言葉も無く抱き合っていた。



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