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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第51章 逃走


 突然走り出した私達の後ろから、何人かが同じように走り出す気配がした。

 人波を押しのけて来ているのか、小さな悲鳴や怒声が聞こえてくる。

 もう隠そうともしないその様子に危険を感じて、私達は後ろを振り返ることもなく走り続けた。

「このままじゃすぐに追いつかれるわ!こっちへ!」

 思うように走れない大通りでは、すぐに追いつかれてしまう。

 マーサは私の手を掴んで、脇道に入った。

 人通りの少ない路地に入ると、追いかけてくる足音がはっきりと聞こえた。

 どうしても気になって一瞬だけ振り返ると、数人の男達が走ってくるのが見えた。

 彼らははっきりと私達を見据えていて、獲物を捉えた獣のような鋭い視線に寒気がする。

「マーサ、どこかに隠れる?」

 少しずつ縮まる距離に、私はあたりを見回しながらマーサに提案した。

 城まではまだ遠い。

 とても逃げ込めるとは思えなかった。

「・・・せめて、警吏のっ、詰め所まで行けたら・・・。」

 答えるマーサの表情は苦しそうで、このペースではもう長く走れそうにない。

 焦る私達にさらに追い討ちをかけるように、前方の路地からも複数の男達が私達の方に歩いてきた。

 私と目が合った男が仲間と頷きあい、含み笑いをしながら近づいてくる。

 思わず立ち止まった私とマーサの頭の中は、その時多分真っ白だった。


「こっちだ!早くっ!」

 その時突然聞こえた声に、私達の硬直が溶けた。

「早くしろっ!」

 どうして、と考える余裕も無く、私とマーサは声の主の方に向かって走り出した。

 細い路地に入ると、私服姿のオルグとポールが私達を待っていた。

 私達が二人の前にたどり着くと、話す間もなく脇にある大きな建物の中に押し込められる。

「オルグ、どうして?」

 息を整えながら、マーサはオルグに問いかけた。

 私も同じ事を問うようにポールを見ると、ポールは困ったように肩を竦めた。

「事情は後で話す。あいつらは組織的に動いてるんだ。人数も多いし、俺達二人じゃとても太刀打ちできない。安全な所まで誘導するから、ついてきてくれ。」

 何故城にいるはずの二人がこんな所にいるのか・・・すごく気になったけど、状況が状況なだけにそれ以上追求する事もできず、私達は言われるままに二人の後をついていった。

 

 入り組んだこの建物は、貸し倉庫のようだった。

 廊下に面するいくつもの部屋にはそれぞれ鍵がかかるようになっていて、扉に店名らしき名前が書いてある。

「反対の出口から出る。外に出たらまた走るから、今のうちに息を整えておけよ。」

「待って下さい。」

 突然呼び止めた私に、他の三人が驚いたように私を見た。

「二手に分かれた方がいいと思います。マーサはオルグさんと行って?」

 彼らの狙いは、きっと私だ。

 何が目的なのかは知らないけど、彼らの目は確実に私しか見ていなかった。

 もしかしたら、勘違いなのかも知れない。私とは何の関係も無い事情があるのかも知れない。

 でも、もしそうだとしたら・・・。

「フィリス、あなた何を馬鹿な事をっ!」

 マーサは優しいから・・・・・だから、ごめんなさい。

「マーサの足じゃ、追いつかれる。私だけなら逃げ切れると思うから。マーサは別の道を行った方がいい。」

 私にとって、とても大切な人だから。だから、どうしても、守りたい。

 もし私のせいでマーサに何かあったら、私は私を許せない。

「一緒に逃げたら、私もマーサと捕まっちゃうから。だから、ここで分かれよう?」

 何かあってからじゃ、遅い。取り返しの付かないことがある事を、私はちゃんと知っているから。

 泣きそうなマーサの表情に、私も泣きたくなる。

 自分が放った言葉の刃に、自分も切られているようだった。

「・・・そうだな、二手に分かれよう。ポール、お前はフィリスと行け。行き先は分かってるな?」

「あ、ああ・・・分かった。」

 オルグは気遣うようにマーサの背を押して、先を促した。

 マーサは私から視線を逸らすと、オルグに押されて歩き出した。


「・・・本当に、馬鹿な子ね。」

 数歩も行かずに、マーサはそう呟いて足を止めた。

「でもね、あなたが私を好きでいてくれてるのと同じくらい、私もあなたの事が大好きなのよ?ちゃんと無事に帰ってこなかったら、絶対に許さないから。」

 その言葉に、胸の奥が熱くなって一気に涙が溢れた。

「ポール君、フィリスをお願いね。」

 マーサは戻ってくると一瞬だけ私を抱きしめ、オルグの腕を掴んで早足に去っていった。

「・・・行けるか?」

 ポールの言葉に頷いて、涙を袖で乱暴に拭った。


 マーサ達とはまた別の扉から外に出ると、路地で見張っていたらしい男が二人、追いかけてきた。

 一人の男が、走りながら指笛を吹いた。

 独特の調子で吹かれたそれは、おそらく仲間を呼ぶためのものなのだろう。

「どこまで行くの?」

「・・・ここから一番近い、軍の訓練施設だ。兵士がウジャウジャいるような場所なら、流石に連中も入って来れないだろう。」

「あの人たちは、何者なの?どうして追いかけてくるの?」

 走りながらたずねると、ポールはチラリと私を見て、考えるようにしばらく黙り込んだ。

「・・・まあ、心配するな、絶対大丈夫だから。」

 それは答えにはなっていなかったけど、その場しのぎのために言っているようには聞こえなかった。

「ねえ、場所を教えてくれたら一人でも逃げられるよ?」

 彼らの目的が私なら、ポールまで一緒になって逃げる必要は無い。

 マーサが心配するだろうと思ってさっきは言わなかったけど・・・私はポールにも無事でいて欲しい。

 ポールは半歩ほど後ろを走る私を振り返ると、怖い顔をして怒鳴った。

「バカっ!そんな恐ろしい真似できるかっ!・・・じゃなくて、そんな薄情な真似できるかっ!そんな事考える余裕あるなら、ペース上げるぞ!」

 スピードを上げたポールに、私もそれ以上話す余裕を失くしてしまった。

 

 

「フィリス、あの大きな塔が立ってる所、あそこが訓練施設だ!」

 ポールが指差した先に、夕焼けに照らされてオレンジ色に染まる古びた塔が見えた。

「ここからは一直線だ。俺が時間を稼ぐから、その間に逃げろ。いいな?」

「まだ走れるっ、一緒に行こう?」

 ポールは後ろを確認して、頭を振った。

「距離を詰められてる。いいから行けっ、俺なら大丈夫だ。」

 あの建物から出て、まだそれほど時間は経っていなかった。

 それでもずっと全速力で走り続けることはできず、自分でも足が遅くなってきているのが分かる。

 ポール一人なら、簡単に逃げられるはずなのに・・・。

「・・・俺の役目は、お前をあそこまで無事に連れて行く事なんだよ。これは、仕事でやってるんだ。だから何も気にするな。」

「・・・仕事?」

 意味が分からず言葉を繰り返す私に、ポールはふっと笑った。

「要するに、お前が行かないと俺が困るってことだ!」

 そう言うと、ポールは今来た道を逆走しだした。

「ポールっ!」

 思わず立ち止まってポールを目で追いかける。



 それから私の視界に写った光景に、私は追いかけられていた事も忘れて立ち尽くしてしまった。

 襲い掛かる男の手に、体に、ポールの手が触れた途端、男の体が何かに弾かれたように飛んでいく。

 特に大きな動きをしていないのに、まるで魔法みたいに・・・。

「何してるっ!行けっ!」

 ポールの怒声に我に返った私は、一瞬迷った後、塔の方に向かって走り出した。

 よく分からないけど、あの様子ならポールは大丈夫だろう。

 むしろ、私がここに留まる方が足手まといになってしまう。



 追いかけてくる足音が途絶えた中を、ただ必死に走った。

 通り過ぎる風景は穏やかで、道を歩く人々は息を切らせて走る私を不思議そうな目で見送っていた。

 疲労でぼんやりとしてくる頭で、私は塔の下に辿りつく事だけを考えた。


 

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