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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第50章 相談2


「それで、相談っていうのは何かしら?私なんかで役に立てることならいいんだけど・・・。」

 二人だけになると、ハンナさんは私にお茶のおかわりを入れながらそう聞いてくれた。

「あの、えっと・・・。」

 ハンナさんはどうしてグラッドさんと結婚したんですか、なんて・・・いざ本人を目の前にしてみると、すごく唐突で無神経な質問な気がして口ごもってしまう。

 とはいえ、それを聞くためにジルに隠し事をしてまでここまで来たのだから、今更やめる事もしたくない。

「遠慮しないで、何でも言ってちょうだい。」

 優しく微笑むハンナさんの表情は慈愛に満ちていて、包み込まれるような安心感を覚える。

 それに励まされて、私は思い切って口を開いた。

「ハンナさんは、どうしてグラッドさんと結婚しようと思ったんですか?」

 ちょっと力が入って声が震えてしまったけど、何とか言い切った。

 ハンナさんは一瞬目を丸くして、それからまじまじと私の顔を見詰めた。

「・・・答えるのは簡単だけど、どうしてそんな事を?」

 当然の疑問に、私は簡単に事情を説明した。

 ある人にプロポーズをされて、自分もその人の事を好きだと思ってる事。

 それなのに、何故か返事をするのが怖くて、ずっと返事が出来ないでいる事。

 それで誰かに意見を聞きたくて、ハンナさん以外に相談できる相手がいなかった事を話した。



 ハンナさんは最初は驚いた表情になったけれど、真剣な表情で私の話を聞いてくれた。

「つまりフィリスはその人の事が好きだけど、深い関係になるのは嫌なのね?」

「・・・そう、だと思います。」

 オリヴィアに城を追い出された時には、本気でジルに告白しておけば良かったと思っていた。

 でもその時でさえ、私は断られる事しか考えていなかったと思う。

「じゃあ、その人が他の人と結婚しても仕方ないと思う?」

 その言葉に、胸がツキリと鋭く痛んだ。

「それは・・・。」

 ・・・仕方ない、とは思う。ジルには私なんかよりもふさわしい女性が星の数ほどもいるのだから。

 それにジルと私では、身分も住む世界も違いすぎる。本当ならその姿を見ることすら許されないほど、遠い存在。

「平気じゃなさそうね。好きと一言で言っても、色々あるでしょう?友達とか、家族とか。もしかしてそういう好きじゃないのかもと思ったけど・・・あなた、ちゃんと恋をする女の子の顔をしてるわ。」

 無意識に俯いていた顔を上げると、ハンナさんは我が子を見るような優しい顔で私を見ていた。

「自分がその人と結婚して家庭を持つ姿を、想像できない?」

「・・・はい。」

「じゃあねえ、ちょっとだけ頑張って想像してみて?その人がいて、自分がいて、二人の子供がいて・・・私達のような生活をしている姿を。そうねえ、お休みの日は家族で買い物に行ったり、公園で遊んだり・・・。夜はみんなで食卓をかこむの・・・。」

 ハンナさんの言葉通りに、頭の中で想像してみる。

 幸せなはずのその姿に・・・何故か胸が締め付けられるように痛んだ。

 ポタリと机の上に落ちた水滴に驚いて顔に手をやるのと、ガタリと音がしてハンナさんが立ち上がるのが同時だった。

「フィリス、あなたお母さんやお父さんの事、どれくらい覚えてる?」

 ハンナさんの温かい手が、私の背中を何度も往復する。

「・・・きっと寂しい時間が、長すぎたのね。・・・幸せになることを恐れなくていいの。手を伸ばしてもいい。大丈夫、最初は眩しすぎるかもしれないけどね、だんだん慣れてくるから。冷たい水を触った後にお湯を触ると、すごく熱く感じるでしょう?それと一緒。」

 大丈夫、そう呪文のように唱え続けて、ハンナさんは私の涙が止まるまでずっと背中を撫でてくれた。


「最初の質問だけど・・・。」

 私が落ち着くと、ハンナさんは椅子に座りなおした。

「私がグラッドと結婚しようと思った理由は、今は内緒にしておくわ。」

 そう言って幸せそうに笑ったハンナさんは、とても綺麗に見えた。

「・・・それは、どうしてなんですか?」

「フィリス、そういう事は自分で気付かなければ意味が無いの。」

 そう言われても、全然分からない。首をかしげていると、ハンナさんは自分の胸にそっと手を当てた。

「いくら頭で考えても駄目。ここで感じるの。」

 それは、簡単そうでとても難しい事のような気がした。

「あなたがその人をどう思っているのか、もう一度、自分の気持ちをしっかり見詰めなおしてみなさい。そうすれば、きっと答えを出せるわ。」

「・・・そうしてみます。ハンナさん・・・本当に、ありがとうございます。」

「どういたしまして。」

 そう言って笑ったハンナさんになんとなく気恥ずかしい気がして、視線を机の上に落とした。


 その時、パタパタと軽い足音が聞こえて、少しだけ開けられた扉からロンがひょっこり顔を出した。

「ねえ、おはなしまだぁ?」

「もう終わるから、もうちょっと待ってなさい。」

「はあい。」

 ハンナの言葉に間延びした返事を返して、ロンは私にニッコリ笑いかけると扉を閉めた。

「それにしても、ジル君もせっかちねえ。あなたまだ結婚できる年じゃないでしょう?前に会った時は大人っぽくて落ち着いた人だと思ったけど。」

 おかしそうに言われて、危うく飲んでいたお茶を吹き出すところだった。

「ど、どうして・・・?」

 ジルの名前は伏せていたはずなのに、どうして分かったんだろう?

「そんなの見ていれば分かるわよ。あなたを迎えに来たときも、あんなに必死になって・・・。彼は今いくつなの?二十歳はすぎてるように見えるけど、まあ十歳くらいの年の差なら全然大丈夫よね。」

 本当は十歳どころか何百歳も離れてるけど・・・。

「本当に結婚することになったら、式にはぜひ呼んでね!」

 私の気を紛らわせるためにか、必要以上に明るく話すハンナさんに私も自然に笑顔が浮かんだ。



 ハンナさんと居間に入ると、床一面に玩具が広げられていた。

 マーサと子供達は仲良く遊んでいて、グラッドさんはミリーを抱いて部屋をウロウロしていた。

 泣きはらした顔にグラッドさんは何か言いたそうだったけど、ハンナさんにわき腹を小突かれて口をつぐんだ。

 マーサも一瞬驚いたようだったけど、何も聞かずにいてくれた。

 エリーには可愛い手でいたいのいたいのとんでけ~、をしてもらって、ロンには頭をナデナデしてもらった。

 こんな小さな子供達にまで気を使わせるなんて、自分の情けなさが嫌になる。

 それから少しだけみんなで遊んで、私とマーサはハンナさんの家を後にした。

 

「気をつけて帰りなさい。」

「またいつでも遊びにきてちょうだいね。」

 家の前まで送り出してくれたハンナさん達にお礼を言って、まだ遊びたいと駄々をこねるエリーとロンをなんとか説得して帰路についた。



「いい人達ね。・・・どう?悩みは解決しそう?」

 しばらく歩いてハンナさん達の姿が見えなくなった頃、それまで黙っていたマーサが遠慮がちにそう聞いた。

「・・・うん。もう少し、考えてみる。ありがとうマーサ、付き合ってくれて。」

「どういたしまして。私も、楽しかったしね。」

 そう言って、マーサは何かを思い出したようにおかしそうに笑った。

「さ、ちょっと急ぎましょう。暗くなる前には城に戻りたいから。」

 太陽はまだ沈んでいないものの、空は薄っすらとオレンジ色に染まりかけていた。

 ここまで来るのにかかった時間を考えれば、あまりのんびりしていたら完全に日が暮れてしまうだろう。

 心持ち足を速めたマーサに、私も足を速めた。



 それからどれくらい経っただろうか・・・。

 たわいのない会話を交わしながら歩いていると、ふいにマーサが無言になった。

 表情が次第に険しくなり、歩く速度をさらに速める。

「マーサ、どうしたの?」

「・・・誰かに付けられてる気がするの。気のせいならいいんだけど・・・。振り返らないで!確かめるから、静かに私に付いてきて。」

 うっかり後ろを見ようとした私は、マーサの制止に慌てて視線を前に戻した。

 真剣な表情のマーサに口を挟むこともできず、私は言われたとおりに黙ったままマーサの後についていった。

 私も背後の足音に耳を済ませてみたけれど、雑多な人ごみで足音を特定するのは難しかった。

 早足のまま歩いていたかと思うと、ふらりと近くにあったお店をのぞいて、何も買わずにすぐに外に出て歩き出す。

 多分、本当にあとを付けられてるのかどうか、確認しているのだろう。

「考えすぎならいいんだけど・・・フィリス、ここからお城まで走れる?」

 城の外では安全を保障できない・・・ふとそう言ったジルの言葉を思い出して、血の気が引いた。

 どうして、こんな大事な事を今まで忘れていたのだろう。もしかして、私はマーサを危険に巻き込んでしまったのだろうか・・・。

「行くわよ?いい?」

 とにかく、今はそんな事を考えている暇はない。マーサの言う通り考えすぎでもいい。

 二人で、無事に城まで戻らなくては・・・。

 マーサの言葉に力強く頷いて、私は大きく息を吸った。



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