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盟約の花嫁  作者: 徒然
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閑話3(SIDEオリヴィア)


 カタン、カタンと単調な音が、いくつも部屋の中に響き渡る。

 この部屋の中には、十数台の織機が等間隔に規則正しく並んでいた。

 それぞれの機械の前に一人ずつ作業者が座り、一心に織物を織っている。

 その中の一人に私がいることが、今でも信じられない。

 一体、何故こんな事になってしまったのか・・・。


「オリヴィア、あんたまた手が止まってる!そんな調子でやってたら、いつまで経っても仕上がらないよ?」

 隣で同じ機械を操作する中年の女に、苛立ちを押し込めて頭を下げた。

「すいません、おばさん。」

「謝らなくていいから、手を動かしてちょうだい。」

 溜息をつきながら、女性は自分の仕事に戻った。

 ただひたすら糸を通していく単調な仕事に、いい加減頭がおかしくなりそうだった。

 カタンカタンという織機の音も、もう夢にまで出てきそうなほど耳に染みこんでいる。


 こんなはずじゃなかった。

 陛下と会う最後のチャンスに自分の姿を刻み付けて、領主のもとでもう一度チャンスを待つつもりだった。

 チャンスが巡ってこなくても、どこかそれなりの地位を持つ者に嫁げるはずだったのに。

 ・・・やっぱり、あの子は疫病神だ。

 あの時の事を思い出すと、腸が煮えるような怒りが湧き上がる。


 謁見の間に入ってきたときから、おかしいと思っていたのだ。

 私に怯えていたあの子が、まっすぐに私達を見据えていた。

 きっと、あの時にはもうあの子は分かっていたのだろう。

 私達が責められ、罪を着せられて惨めに城から去って行くという事を・・・。


 あれからすぐに私と母は馬車に乗せられ、数日かけてこの街へと連れて来られた。

 小さな借家を与えられ、母は掃除婦の仕事を、私はこの織物工場の仕事を紹介された。

 父とは謁見の間を出た後すぐに別れたから、どこへ行ったのかは分からない。

 ただ、服役していつ出てこられるかは分からないということだった。

 先祖の罪も父のしたことも私には関係ないし、陛下に対して嘘をついたといっても、そんな大事になるような嘘をついたわけではない。

 だとすれば、絶対にあの子が陛下に泣きついたのだ。泣きついて、私達を断罪するように仕組んだ。

 今度ばかりは、先手を打たれたというわけだ。

 馬鹿正直なだけが取り得の小娘だと思っていたのに・・・。




「今日の分だよ。ご苦労様だったね。」

 夕刻の鐘が鳴ると、作業者達はいっせいに手を止めてその日の給料をもらい、家へと帰っていく。

 働いた時間分もらえるようになっていて、朝から夕方までいれば人一人が1日生活するのに困らない程度のお金はもらえる。

 決して大金ではないけれど、この街の女達は家計の足しにと昼間の空いた時間にここで仕事をしているようだった。

「ありがとうございます。」

 硬貨の入った袋を受け取り笑みを浮かべて頭を下げると、この工場の主人は顔を赤くしてへらりと笑った。

「明日もよろしく頼むよ。」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。」

 ニコリと笑って建物を出ると、視界の端に眉を潜めて私の方を見ている女性達のグループが映りこんだ。

 どうせ、また色目を使ってるとかそんなくだらない話をしてるのだろう。

 でも、そんな陰口は全く気にならない。そんなのは、色目も使えない程度の魅力しかない女達の、ひがみでしかない。

 悔しかったら、自分達も女の武器を使って見せればいい。


「オリヴィア、お疲れ様!」

 わざとらしい上擦った声と同時に、ポンと肩を叩かれる。

 気安く触らないでと怒鳴りたい気持ちをこらえて振り返ると、そこには予想通り、そばかすだらけの赤毛の男が顔を赤くして立っていた。

「こんにちは、イブン。」

 挨拶をかわして歩き出すと、イブンは当然のように私と並んで歩き出した。

「俺も仕事終わったところなんだ。よかったら、途中まで一緒に帰らないか?」

「ええ、もちろんよ。」

 イブンは、この近くの雑貨店で働いている。

 初めて会ったのは、この街に来てすぐに石鹸やタオルなど、生活必需品を揃えに店に顔を出したときだった。

 それからしばらくして私が近くの織物工場で働いていることを知ると、仕事が終わる時間に合わせて外で待っているようになった。

「どう?もうこの街には慣れた?何か、困ってることとかない?」

 下心が見え見えだ。でも、邪険にはしない。

 使える駒は、たとえどんなに役に立ちそうになくても揃えておく方がいい。

「ありがとう。大丈夫よ、みなさん優しくして下さるし、不自由はないわ。」

「そっか、それなら良かった。」

 この調子で、いつも家の近くまで送られる事になる。

 内心で溜息をついたとき、懐かしい声が私を呼んだ。


「オリヴィア様っ!」

 驚いて目を向けると、旅装に身を包んだエマがこっちに向かって走ってくる所だった。

「エマっ?あなた、どうしてここに?」

 エマは私の前まで走ってくると、胸を押さえて息を整えた。

「どうしても、もう一度お会いしたくて、私・・・。」

「待って、向こうで話しましょう?イブン、ごめんなさい。友人が私に会いに来てくれたみたいなの。ここで今日は失礼するわね。」

 ポカンとしたイブンを置いて、まだ荒い息を繰り返しているエマの背中を押していつもの道とは別の道へと向かった。


 止まって話していたら、誰に立ち聞きされるか分かったものではない。

 私とエマは街路に並ぶ店を物色するようにしながら、会話を交わした。

「それで、どうしてここに?」

 私達がどこに送られたのかは、恐らくごく一部の者しか知らないはず。

 関係者にも緘口令が出ているはずだ。

「その前に、お聞きしたい事があります。私、どうしてもオリヴィア様が嘘をついていたなんて信じられなくて・・・オリヴィア様、どうか本当の事を教えてください。オリヴィア様は、本当に私達を騙していたのですか?」

 真摯な目の中に、どうか否定して欲しいという強い想いが見えた。

 その一心で、こんな帝都から遠く離れた街までわざわざやってきたのだろうか。

 私はその質問には答えず、無理に作った笑みを浮かべ、目に涙を溜めてからエマから視線を逸らせた。

 ・・・それで、十分だった。

「やっぱり・・・やっぱりそうなんですね。まさか陛下がお間違いになるなんて事、絶対ないと思っていたのに・・・。私、許せません!どうしてオリヴィア様だけが、こんな辛い目にっ!」

 ああ、やっぱりこの子は素直でいい子だ。

「エマ・・・。」

 エマは私をじっと見つめた後、意を決したように私の手を握った。

「私、侍女の仕事を辞めてきたんです。あなたを追い出したあの娘と同じ敷地で働くなんて、我慢できなかった。・・・それから実家に帰ってたんですけど、ある人が私を訪ねてきたんです。その人は私に頼みがあると言ってきて・・・オリヴィア様の行方も、その人が教えてくれたんです。」

「ある人?」

「はい。実は、この街へもその人が連れてきてくれて・・・今、宿屋にいます。オリヴィア様、どうか会って頂けませんか?」


 エマの話を、どう考えるべきだろう・・・。

 秘されている私の居場所を知っていて、それをいとも簡単にエマに教え、わざわざここまで連れてきた。

 それはつまり、エマを介して私と連絡を取りたがっている相手ということだ。

 あえてエマを通したのだから、私にとって敵であるとは考えにくい。

 何よりも、もし私に危害を加えるつもりがあるのなら、わざわざエマに連絡を取ったりしないだろう。

「・・・わかったわ。エマを私のところまで連れてきてくれたんだもの。一言お礼くらい言いたいから。」

「あ、ありがとうございます!」

 相手の正体が分からないままというのも気持ち悪いし、私はエマの話を受ける事にした。



 エマに連れて来られたのは、街の入り口近くにある、旅人のための宿だった。

「こちらです。」

 エマはそう言って扉を開けると、私を促して中に入った。

 その部屋の中で待っていたのは、鋭い眼差しの一人の騎士だった。

「手を貸してもらいたい。」

 開口一番、名も名乗らずその男はそう言った。

「失礼ですが、あなたは?」

「協力してくれると約束してくれたら、名乗ろう。」

 ほぼ無表情に近い男の顔からは、何一つ感情を読み取れなかった。

 身のこなしから、恐らくかなりの訓練を受けた騎士だとは思うけど・・・。

「内容を聞きもせず、約束はできません。」

 毅然とした態度でそう言うと、男は無表情のまま体をまっすぐに私の方へと向けた。

「わが主が、城に勤めるとある侍女を所望しておられる。その娘はかつて主に大恥をかかせた者で、どうあっても自分の元に連れて来いとの仰せだ。ところが、城は警備が強くなかなか連れだせない。あなたなら城内に手引きできる者を味方につけられるだろう。」

 ああ・・・なるほど、そういう事ね・・・。

 その話に、忘れたくとも忘れられないあの子の顔が脳裏に浮かび上がった。

 その表情が苦悶に歪むのを想像して、心の中で快哉を叫んだ。

「オリヴィア様、いろいろ思うところもあるでしょうが、どうかご協力ください。罰は本来受けるべき者の元へ帰すべきです。」

 言われなくても、そうする。

 あの子に復讐できるのなら、なんだってする。

「・・・それで、その侍女が酷い仕打ちを受けるような事はないのですか?」

 男はピクリと眉を動かし、少しの間黙り込んだ。

「・・・その者の態度次第だ。」


 長い長い沈黙の後、私は小さく息を吐き出した。

「・・・分かりました。きっと、それはその者のためにもなるでしょう。」


 今度こそ、私が勝つ。


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