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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第47章 予兆1(SIDEジル)


 季節は夏から秋に変わり、離宮を解体してからどこか活気のなかった城も少しずつ平常に戻っていった。

 花嫁候補達に付いていた侍女はそれぞれ希望の職場に異動させたが、オリヴィアの侍女として働いていたエマは辞職して実家に戻ったらしい。

 エマは、オリヴィアに自分が騙されていた事を最後まで信じようとしなかった。

 あるいは信じたくなかったのか・・・。

 離宮で働いていた者の中にはいまだにオリヴィアの信奉者がいるようだが、自分達がごく少数派であることを分かっていて表立っては何も言ってはこない。

 彼女達とフィリスが接触する事はほぼないだろうし、そう心配する事もないだろう。


 あれから、日々はごく平穏に過ぎていた。



「陛下、今日はこれくらいにして少しお休みになりますか?」

「・・・何故?」

 普段口を開けば仕事をしろと言うコンラートが、こんな事を言い出すのは珍しい。

「どこか心ここにあらずといったご様子ですが。」

「そうかな?」

「ええ。ぼんやりとなさって・・・その書類一枚読むのに、いったいどれだけ時間がかかるのですか?」

 心配されたのか呆れられたのか分からないような事を言われて、ふと手元を覗き込む。

 いつからその紙を持っていたのか、正直それすら覚えていない。

「何か、気掛かりな事でも?」

「・・・いや、別に何もない。」

 そう答えると、コンラートはわざとらしく大きな溜息をついてみせた。

「失礼ながら最近の陛下の行動は、目に余ります。ご自分で、何も思われませんか?」

 そう言われて、ここ数日の自分の行動を思い返してみる。

 ・・・確かにぼんやりする事は多かったかもしれないが、それほどだっただろうか?

「下働きの者達に混じって、食堂で昼食を食べているそうではありませんか。普段のお食事で足りないのでしたら、量を増やすよう料理長に伝えましょうか?」

「・・・ああ、その事か。お前の耳に入らないはずはないな。必要ない、気晴らしに行ってるだけだ。量は足りてる。」

 別に食べ足りない訳ではないし、味に不満があるわけでもない。そもそも、人間と違って毎日食べないと死ぬというわけでもない。

 そんな事は十分分かっているだろうに、あえてそういう事を言うのは、俺が食堂に通う理由も分かっているからだろう。

 だったら、そっとしておいて欲しい。

「それだけではありません。仕事を放り出して、屋上からいつも何をご覧になられているのです?」

「だから、それも気晴らしだ。そろそろ紅葉も始まったし、空も高く見えるしな。」

「・・・そうですか。いつも同じ場所をご覧になられているようですが、城の中に陛下が見入ってしまう程美しい景観があるとは存じませんでした。是非場所を教えて頂きたいですね。」

「・・・・・・・。」

 俺は溜息を吐き出して、一向に内容が頭に入ってこない書類を机に投げ出した。

 ここ最近、自分の行動がおかしい事は自分でも分かっていた。

 極力周りには気取られないようにと思っていたが、さすがにコンラートの目まで誤魔化すのは難しい。

 仕事中にぼんやりしてしまう事も、昨日今日に始まった話ではなかった。



 

 オリヴィアが城からいなくなってからも、俺とフィリスの関係は変わらなかった。

 朝仕事場まで送り届けて、仕事が終わる時間に迎えに行く。

 時々寄り道をしては、二人でたわいのない会話を楽しんだ。

 少なくとも、その穏やかな生活に俺は満足していた。

 二人の関係に進展こそなかったが、それはフィリスの14という年齢を考えれば無理もないと思うようになった。

 まだ子供と大人の間を行き来しているような年頃だ。

 少しずつ、少しずつ俺を受け入れてもらえたら、それでいい。

 待つ時間なら、いくらでもある。

 マレイラの王子と会ってからは注意して見ていたが、心配していたように他に好きな男がいるわけでもなさそうだった。

 やはりあの時フィリスが言えないと言ったのは、相手が俺だったからだろうか。

 そんな事を考えて、本当にそうなのかも分からないのに一人馬鹿みたいに喜んだり。

 ・・・そんな毎日が、少しずつ変わっていった。

 

 フィリスはきっと、自分なりに過去に区切りをつけたのだろう。

 以前のような、どこか無理をしているような危うさが消え、少女らしい自然な表情をするようになった。

 周囲の冷たい視線に萎縮し、影を選んで歩いていた頃のフィリスはもうどこにもいない。

 辛い過去を抱えながらもしっかりと前を向き、自分の足で立とうとしているフィリスに、周囲の目は好意的だ。

 そしてごく自然な流れで、色んな人間に何かと声をかけられるようになった。


 フィリスの閉じられた世界が、広がっていく。それを、ずっと願っていたはずだった。

 なのに、胸がざわついて落ち着かない。

 相手が女性の場合は別になんとも思わないし、むしろ友人が増える事を微笑ましいとも思う。

 だが、フィリスに話しかけているのが男だと、どうしても苛立ってしまう。

 そんな自分を情けないと思いながらも、気になる気持を抑えきれずについフィリスの様子を見に行ってしまうのだ。

 配膳窓から少しでも姿が見えるかと食堂に顔を出したり、屋上から厨房の裏を眺めてみたり。

 ・・・これでは、まるで変質者だ。


「素直で、健気で、可愛らしくて、お怒りになった陛下の前にも恐れず飛び出すほどの勇気がある。さぞかし彼女は、若い男達の目に魅力的に映るでしょうね。」

 嫌味っぽくそんな事を言うコンラートを睨むと同時に、自分でも意識しないままに手に持っていたペンをへし折ってしまった。

「まだまだ子供ですがあと2年もすれば結婚もできますし、引く手あまたとなるのは間違いないでしょう。」

「・・・最初に引いたのは俺だ。」

 まるで子供のような言い方だが、何か言わずにはいられなかった。

 最初に好きになったのが俺だからと言って、フィリスが最初に好きになるのも俺だとは限らない。

 そんなことは分かっているのに・・・。

 コンラートはそんな俺に苦笑いを浮かべた。

「そんなに気になるなら、せめて陛下付きの侍女にでもなってもらったらいいじゃないですか。近くに居れば、少しはご安心なさるでしょう?」

 それは酷く魅力的な提案だったが、俺はすぐに頭を振った。

「駄目だ。フィリスは今の仕事を気に入ってる。本人の意思を無視してまで、我を通すつもりはない。」

「それで陛下が仕事に身が入らないのであれば、国家的な問題になるんですけどね・・・。もう少し積極的に攻められては?差し出がましい事とは思いますが、ご自分のものではないから、誰かに持っていかれるのではないかと不安なのではないですか?」

 そういう気持は、確かにある。今現在、フィリスは誰のものでもない。

 つまり、誰にでもフィリスに言い寄る権利があるということだ。

 まあ仮にフィリスが俺のものになってくれたとしても、不安が消えるとは到底思えないが・・・・

「そうは言っても、これ以上どうしたらいい?」

 一度はプロポーズまでしたのだ。これ以上攻めると言っても、何をどうすればいいのか分からない。

「それはご自分で考えてください。」

「・・・・・・・。」

 分からないから聞いているというのに、冷たい奴だ。



「恋の悩みというものは、人間も竜族も変わらないようですね。・・・ああ、そうそう。彼女の休暇願いが出されていますよ。」

 話のついでというにはわざとらしい言い方で、コンラートは自分の机からペラリと一枚の紙を取り出した。

「マーサからの申請で、二人分出ていますね。」

「休暇?俺は何も聞いていない。」

 休暇を取りたいのであればもちろん自由に取ってくれて構わない。というより、当然の権利なのだから、誰も反対などしない。

 問題は、何故俺がそれを聞いていないのか、だ。

 今朝会った時はそんな事は一言も言ってなかった。そういう話は、いつだって一番に教えてくれていたのに・・・。

 正直、頭を鈍器で殴られたような気がするくらい、ショックだった。

「女性同士で、内緒にしたい事だってあるでしょう。報告によれば、二人は街まで出かけるそうです。冬服でも揃えに行くんでしょうかね。」

 この有能な男が、色んな所に子飼いの部下を潜り込ませているのは知っているし、それに何度も助けられてきた。

 それでも、俺も知らないフィリスの情報を俺より先に耳に入れているのだと思えばいい気はしない。

 楽しそうに話すコンラートに、俺はつい声を荒げた。

「二人だけでか?馬鹿な事を言うな!何かあったら・・・。」

 夏至祭以来、フィリスはいろんな意味で注目されている。街に出れば、何かあってもすぐには助けに行けない。

「大丈夫ですよ。」

 苛立つ俺を気にする様子もなく、コンラートはそれはそれは楽しそうな笑みを浮かべた。

「二人には、最強の護衛を用意致しますから。」

 何か企んでそうなコンラートに、俺は眉を潜めた。

 

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