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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第46章 過去との決別5


 自室の外に出ると、人影は一切無くシンとした静けさだけがあたりを覆っていた。

 部屋の戸を閉める音さえ大きく聞こえて、私は思わずあたりをキョロキョロと見回してしまった。別に悪い事をしているわけでもないのに、何故かドキドキしてしまう。

 なんだかくすぐったくて照れ笑いをすると、ジルも同じように笑顔を返してくれた。

 休んでいる人を起こさないように、お互い無言のまま早足で建物の外に出る。

 外に出てすぐの所で、視界の端に何かが動いた気がした。

 びっくりして振り返ると、出入り口の両側に衛兵が立っていた。

「ご苦労様。」

 ジルが声をかけると、衛兵達は無言で敬礼を返した。


「・・・あの人たち、何をしているの?」

 彼らから少し離れた場所まできてから、私はジルにたずねた。

 日中は見かけたことがないし、夜仕事から帰ってきた時にも会ったことがなかった。

「警備してるんだ。特に夜中は、人目がないからな。」

 ・・・そうなんだ。じゃあ、みんなが眠った後に来て、起き出す頃に帰っていくのだろうか。

「大変なお仕事だね。」

 心から感心してそう言うと、ジルは何故か苦笑した。

「まあ、そうだな。・・・この辺ならいいか。フィリス、背中に乗ってくれないか?」

 そう言って、ジルは私に背中を向けてその場にしゃがみこんだ。

「せ、背中に?どうして?」

 そんな事を急に言われても・・・。

 背中におぶわれるという行為は、ものすごく恥ずかしい。子供ならともかく、大人でそんな事をされるのは病人か怪我人くらいなものだ。

「いいから、誰も見てないだろ?」

 確かに周りには誰もいないし、いたとしてもこの暗がりでは顔まで判別するのは難しいだろう。

 かといって、恥ずかしさが消えるわけではない。

「・・・あの、どうしても?」

「どうしても。」

 その声が笑っているように聞こえるのは、気のせいだろうか。

 迷ったけれど、一向に立ち上がろうとしないジルに諦めてそっと肩に手を乗せた。

 するとすぐに後ろにジルの手が回されて、一気に持ち上げられた。

「じゃ、行こうか。」

 どこに?

 そう聞こうとした言葉は、声にならないままのどの奥に消えてしまった。

 ジルが足を一歩踏み出した次の瞬間、バサリと大きな音が聞こえて、強い風が体に吹き付けてきた。

「ねえジルっ、どこまで行くつもりなの?」

 ほんの一瞬の間に、私は竜の姿になったジルの背中に乗って飛んでいた。

 少し出かけないか、とは聞かれたけれど、これは少しという事になるのだろうか?

「大丈夫だ。そう遠くじゃない。」

 そう言っている間にも、既に城を遠く離れて帝都の上を飛んでいた。

 背中に乗せてもらうのはこれで2度目だけれど、以前とは違って下の方は薄暗くてよく見えなかった。

 所々に灯りが見えるところは、もう既に起きて働いている人がいるのだろう。


 しばらくして降り立った場所は、帝都を見渡せる小高い丘の上だった。

 ジルは私を背から降ろすと、人型に戻って私の横に立った。ジルはじっと私の顔を見つめると、ゆっくりと口を開いた。

「・・・彼らの処分が決まったよ。」

 その言葉に、心臓がひとつ大きく跳ねた。

「処分って・・・こんなに早く?」

 てっきり、そういう事には数日はかかるものだと思っていた。

「罪状ははっきりしてるし、長引かせる意味がないからな。村長のロディは、全財産を没収してしばらく牢に入ってもらう。まあ、妥当な所だろう。オリヴィアは・・・帝都を追放する事にした。フィリスが帝都にいる限りは、もう会うことはない。」

 ・・・二度と、私の前に姿を現して欲しくない。私は、オリヴィアにそう望んだ。ジルは、本当にオリヴィアの処遇を私に決めさせてくれたのだ。

「・・・軽すぎると思うか?」

 ジルの言葉に、私は頭を振った。

「私には、もう十分。・・・オリヴィアと奥様は、これからどうなるの?」

 村長様の財産を全て没収するということは、オリヴィア達も無一文という事になる。

 新しい村長の下でみんなと同じように畑を耕して生きるなど、プライドの高い彼女達にはできないだろうし、かといって帝都にもいられない。

 一家の唯一の男手である父親は牢の中。

 それを可哀想だとは思わない。ただ、彼女達がこれからどう暮らしていくのか、気になった。

「大丈夫、没収って言っても当面の生活費くらいは残すよ。とりあえず適当な町までは兵士に送らせるから、心配しなくていい。」

「うん・・・。」

 これから私達は、決して交わる事のない、それぞれの道を歩いていくのだろう。

 それが、私の望んだ事。そして多分、オリヴィアも望んでいた事・・・。


「・・・明るくなってきたな。」

 見上げた空は、いつの間にかずいぶんと明るくなってきていた。

 鮮やかな朝焼けが、東の空を神々しく染め上げている。夜と朝が入り混じったその空は、とても神秘的で美しかった。

「綺麗だろう?この数百年、数え切れないほど空を見上げてきた。でも、同じ空だった事は一度もない。人も自然も、この世にあるものは全て一瞬だって留まる事をせず、姿を変えていく。それを俺は、とても美しいと思う。」

 ジルはそう言って、遠くを眺めるように目を細めた。

 同じ空だった事は、一度もない・・・その言葉が、やけに胸に響いた。

 前に進めと励まされてるようで、心がほんわりと暖かくなる。

「・・・ありがとう。」

 ジルは返事の代わりに微笑んで、また空を見上げた。

「まだまだ、フィリスに見せたいものが沢山あるんだ。・・・だから、またこうして二人で一緒に出かけよう。」

「うん。」

 私が大きく頷くと、ジルは嬉しそうに小指を差し出した。

「じゃあ、約束だ。」

「・・・うん、約束する。」

 小指と小指が絡んで、私達はお互いに微笑みあった。

 いつとも何処へとも決めない約束。それが、何故かとても嬉しかった。



 その日のうちに、村長様は城から牢へと移された。

 オリヴィア達もわずかな荷物と共に馬車に乗せられ、どこか分からない場所へと連れて行かれたらしい。

 人目につかぬようひっそりと行われたというそれは、謁見の間であった出来事を含めて何故か数日のうちには誰もが知る事となっていた。

 昨日まで私に冷たい目を向けていた城の人々は、手のひらを返したように優しくなった。

 同情の目を向けられるのは分かるけど、中には好奇心に満ちた目で私を見る人もいて、居心地が悪い。

 誤解も解けたしジルに侍女の仕事に戻ってもいいと言われたけど、せっかく厨房での仕事を覚えてきた事もあって断った。

 マーサやリリィナは残念がっていたけど、厨房での仕事は楽しかったし、自分の都合でころころ仕事を変えては迷惑になる。

 ポールも含めて厨房のみんなは私が続けるとは思わなかったみたいで、辞める気がない事を伝えると意外そうな顔をしながらも喜んでくれた。

 リリィナには直接事情を話してなかったから、あらためて事情を説明した。

 終始顔をゆがめて聞いていたリリィナは、最後には頑張ったねと言って頭を撫でてくれた。


 あと、お城に居る間にと思って、地霊のおじいさんの所へ一度だけ会いに行った。

 突然たずねた私に嫌な顔一つせず、おじいさんは母の子供の頃の話や、私が小さかった頃の話を聞かせてくれた。

「それにしても、あなたこの人が怖くないの?私は魔術師だから慣れているけど・・・。」

 その時、ちょうど休憩中だからという事で、ジュリアさんも同席していた。

 ジュリアさんは、宮廷魔術師の師団長をしているらしい。

 だから本当は軽々しく話せるような人ではないのだろうけど、彼女自身が気さくな人でつい緊張を解いてしまう。

「怖くは、ないです。最初は驚いたけど・・・。」

「竜のお姿になられた陛下の前にも、普通に立っていたものね。あの姿でお怒りになった陛下は、私達でも正直恐ろしいのに・・・。」

 その言葉になんとなくムッとしてしまって、やめておけばいいのについ言い返してしまった。

「大人だって、子供を叱る時は怖い顔をして大きな声を出すでしょう?それと同じだと思います。」

 そう言うと、おじいさんは心底可笑しそうに笑い転げた。

 やっぱり人間じゃないからか、おじいさんの笑いのツボは変な所にあるようだった。

「・・・そうね。確かに、陛下が本気でお怒りになられたら、あんな程度じゃすまないでしょうね・・・。それにしても・・・。」

 ジュリアさんはまじまじと私の顔を見ると、大きく溜息を付いた。

「人ならざる者を見る私達よりも、あなたの方がよほど物事の本質が見えているのね。」

 感心したように言われて何と返していいか分からず、ただ首を傾げた。



 おじいさんがジュリアさんに付き添われてダーナの村に帰ったのは、謁見から十日ほど経った日の事だった。

 彼らと一緒に、グウェインと呼ばれていたおじさんも帰る事になった。

 後からジルに教えてもらった事だけど、彼はダーナの村を含めたあたり一体の領主だという事だった。

 多分そうかな、とは思っていたけど。

「住みよい場所にするよ。・・・いつか君が帰ってきた時に、少しでも喜んでもらえるように。」

 最後に、彼はそう言って馬車に乗り込んだ。

 私が村に戻ることはもうないだろうと思う。でも、村が少しでも住みやすくなれば私も嬉しい。

 たとえどんな事があっても、ダーナは私の故郷なのだから。



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