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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第44章 過去との決別3


 ダーナの村がある一帯は、元々人間が住むには適さない痩せた土地だった。

 そこに人が住み始めたのは、エストアが建国される数十年ほど前だったという。

 当時は大陸中が戦争をしていて、戦火を逃れて未開の地に足を踏み入れる人間達が数多くいた。

 豊かな土地は為政者が奪い合い、争いから逃れて暮らすためには貧しさには目をつぶらなければならなかった。

 やがて竜王の統治により平和が訪れると、多くの村人が豊かな生活を求めて村を去り、残った人々は身を寄せ合い、わずかな食料を分け合いながら暮らしていた。

 しかし、平和な時代が続き、かつての暗黒の時代を知る者がいなくなると、村人達は次第に己の事しか考えなくなっていった。

 分け合う事を忘れ、他者よりも少しでも多くの糧を得ようと争うようになってしまった。

 それは、大陸中を戦火に巻き込んだ争いの、最初の小さな火種と同じだった・・・。

 

 そしてそのいさかいにより、とうとう命を落とす者が出てしまった。

 井戸の所有権を奪い合い、殺し合いが起こってしまった。

 事態を重く見た当時の村長は、領主に相談に行った。

 領主は村長に、全ての土地を管理し、村人に采配するように指示した。

 竜王がエストアを建国した当初、そういうやり方で人の住む地を整備していったからだ。


 その方法は非常に上手くいった。

 人々は食料や土地をめぐって争う事も無くなり、飢えて死ぬ者も少なくなった。

 村長はその事に安堵し、自分の息子にも同じようにして村を治めるように教えた。

 息子の息子も、その息子も同じやり方で村を治めた。

 そしていつしか、勘違いをするようになった。

 村の土地は、すべて自分のものなのだと。

 それが、あやまちの始まりだった。

 傲慢になった村長の一族は、最も大切にするべき村人達を自分よりも劣った存在だと思うようになった。

 村の誰よりも裕福な生活をし、誰よりも優先される事を当然だと思うようになった。


「人の世に知られずとも、わしらは知っている。お前達が持つほんの少しの富を分け与えることで、助かった命があることを。どれほどお前達が公正を欠き、自由気ままに生きてきたのかを。この娘も、フィオーネもその被害者の1人にすぎなかった・・・。」

 地霊は薄い煙のような目で私を見た。

「いいかね?聞きたく無いかも知れないが・・・。」

「・・・かまいません。」

 私が頷くと、地霊はまた前を向いて話し出した。


 その内容の大半は、私がジルから聞いた話と一緒だった。

 オリヴィアの父が私の母を好きだった事。

 その母がふらりと村にやってきた男と結ばれて、嫌がらせをはじめた事。

 娘のオリヴィアもそれを真似てしまった事。

 そして、話が父が一人廃坑に向かったというあたりの話になると、さすがに辛くなって両手をぎゅっと握り締めた。

「お前は人殺しも同然よ。死んでもおかしくない場所に人を追いやり、見殺しにした。親を殺しておいて、その子供を引き取って育ててやるなどと恩着せがましく言いおって、わしは見るに耐えんかった。」

 ふと村長たちを見ると、床に座り込んだまま顔を蒼白にして地霊の姿を凝視していた。

 その隣でグウェインは厳しい表情で話を聞いている。

「そんな親に育てられては、娘もそりゃあまともに育つまいよ。グウェインとやら、お前はこの娘の心根が清らかだと言ったな?清らかな者が自分よりも年下の、不遇な娘を足蹴にするような真似をするのか?」


「オ、オリヴィアは、誰よりもこの子を可愛がっていたわ!ほ、本当よ!」

 引きつれた声で叫ぶような声を上げたのは、オリヴィアの母だった。

 怯えながらも、オリヴィアを守るように抱き寄せるその姿に、私は胸を打たれた。

 こんな状況でも、子供を庇い、守ろうとする。

 それが、母親というものなのだ・・・。

「可愛がっていた子の悪口を親に言うのかね?この子の目の色を気持悪いと言い、化け物みたいだと言っていたではないか。」

「そ、それは、この子がまだ小さい頃で・・・小さかったんだから、何も分からなかったのよ!」

「それを悪い事だと教えず、一緒になって悪口を言ってたのはどこの誰だったかな?」

 オリヴィアの母は、言葉に詰まると力が抜けたようにうなだれた。


 ・・・もう、いい。これ以上続けても、得るものなんてない。

 お互いに、嫌な思いだけが募っていくだけだ。

 私はもう十分だという気持が伝わるように、壇上に座るジルに視線を向けた。

 気付いてもらえないかも知れないと思ったけど、意外にもジルはすぐに私に気付いてかすかに頷いてくれた。


「と、いう事だ。グウェイン、何か言いたいことはあるか?」

 グウェインは硬い表情で前を向くと、改めて竜王の前にひざまづいた。

「申し開きもございません。このような事になっていたとは・・・辺境にあるがゆえに、視察もほとんどせずこれまで来てしまいました。明らかに、私の監督不行き届きでございます。」

「土地を管理するやり方が間違ってるとは思わない。あのように痩せた土地では、それもまた正解ではある。だが、管理するものはその権利がどれほどの責任を伴うものなのか、それを分かっていなければならない。お前達は、それを忘れているのではないか?」

 重みのあるその言葉に、誰もが言葉を発せずに黙り込んだ。

「そういう意味では、目の届かなかったのは私も反省するところだ。今後定期的に視察を出して、情報を集めることにしよう。」

「・・・申し訳ございません。以後このようなことが起こらぬよう、十分注意致します。」

「さて・・・ダーナの村長よ、お前の処遇をどうするかな。さしあたって村長には他のふさわしい者をあてるとして、これまでの行いを考えれば無罪放免というわけにもいくまい。お前の娘も、私に虚偽の言葉を申告した罪がある。妹のように可愛がっている娘が、嘘つきだの盗みを働くだのと言っていたが、それが事実で無い事は確認が取れている。・・・まさか竜王である私に嘘を言って、謝るだけで済むとは思っていないだろう?」

 艶然と微笑むジルの顔を、オリヴィアは蒼白な表情で見つめていた。

 小さく震える唇がわずかに動いて、ジルは先を促すように首をかしげた。

「・・・は・・・く、ない。」

 かすかな声は聞こえなかったが、ジルの表情が一瞬で冷たく凍ったのが分かった。

「私は、悪くないっ!!」

 腹のそこから搾り出すようなオリヴィアの声は、まるで別人の声のように聞こえた。

「あの子が悪いのよっ!あの子さえいなければ、私はっ・・・・っ!?」

 叩きつけるような叫びに、ジルは黙ったまま席を立った。

 そして次の瞬間現れたその存在に、オリヴィアは甲高い悲鳴を上げた。


 背後の扉が開いて衛兵達が慌てて入ってきたが、ジルの姿を見ると慌てて武器を下げ、頭をたれた。

 巨大な黒いその姿は、以前一度だけ見た竜の姿だった。

「どうした?さあ、続きを言え。言いたい事があるなら聞いてやろう。」

 少しだけ低い声が広間に響いた。

「己の主張が正当だと思うのなら、何も臆することはない。断罪されぬ自信があるなら、この場で言ってみるがいい。」

「あ・・あぁ・・・っ」

 震えて、涙でグチャグチャになったその顔は、いつもの天使のようなオリヴィアではなかった。

 そこにいるのは、ただ恐怖に支配された一人の若い娘でしかない。

 その姿に、私は酷く泣きたくなった。

 私は一度深呼吸をして、オリヴィアの元に向かった。


 ジルとオリヴィアの間に立つと、オリヴィア達は信じられないようなものを見る目で私を見た。

「・・・陛下、どうかお許し下さい。」

「何故?罪を犯したものは、罪を償わなければならない。それが掟だ。」

 私は不敬にならないようひざまづいて、言葉を続けた。

「・・・罪を償うというなら、私も償います。私は村長様が他の村人より富を持っている事も、村の土地を自由にしていたこともよく知っています。それを当たり前の事だと思って何も言わなかった私は、悪くないのでしょうか?」

 地霊のおじいさんの話を聞いていて、私は分からなくなってしまった。

 一番悪いのは誰なのか。

 かつての村長に土地を管理するように言っておきながら、放置していた領主様なのか。

 何も考える事をせず、言われるがままになっていた村人にも問題があったのではないだろうか。

 それとも、最初に争いを起こしてしまった村の人々が悪いのだろうか。

 オリヴィアがこんな風に育ったのは、本人のせいもあるだろうけど、両親や盲目的な村人達の影響も大きい。

 なら、村長夫妻が悪いのか?

 でもそれなら、村長夫妻の両親だって悪いのではないだろうか。

 ・・・色々考えて、分からなくなってしまった。

「お前は、自分が悪いと思うのか?」

「・・・分かりません。本当は誰が悪いのか・・・誰が悪かったのか・・・。みんなが悪いような気もするし、悪くないような気もします。」

「なるほど。大体の悪い事というものは、突き詰めていくと原因が分からなくなるものだ。・・・そこまで難しく考える必要はない。だが被害者であるお前がそう言うのであれば、娘の処遇はお前に決めさせてやろう。気が済むようにすればいい。」

「ありがとうございます。」

 私は立ち上がり、後ろにいるオリヴィア達を振り返った。


 辛かった。

 両親を死に追いやった相手だというのに、長い時間を共に過ごしてきた彼らを、心の底から憎む事が出来なかった・・・。

 怯えるオリヴィアを見て、助けたいと僅かでも思ってしまった事が・・・。

 こんな私を、死んだ両親はどう思うだろう。

「村長様、奥様、これまで私を育ててくださってありがとうございました。でも私は一生、あなたたちを赦す事はできません。もう、二度と会いません。お互いに、嫌な顔を見るのはこれで最後です。オリヴィア・・・私はあなたに、償って欲しいなんて思わない。謝罪もされたくない。・・・二度と私の前に姿を現さないで。」

 自分でも、こんな声が出せるのかと思うほど冷たい声だったと思う。

 顔も強張って、今自分がどんな顔をしているのかもよく分からなかった。


「・・・適当な部屋にでも閉じ込めておけ。グウェイン、今後の事を話したい。後で私の所へ来てくれ。」

 ジルの言葉に、衛兵達が力の抜け切った村長達を無理やり立たせ、引きずるように歩かせて行った。

「・・・分かりました。では、後ほどお伺い致します。」

 グウェインは疲れきったような様子で答えると、ゆっくりと謁見の間を出て行った。



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