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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第40章 答え1(SIDEジル)

 部屋を出て後ろ手に扉を閉じると、無意識に詰めていた息を吐き出した。

 ・・・馬鹿な事を聞いてしまった。


 エルフリードは自分でも気付いていないようだったが、フィリスに明らかに恋愛感情を持っていた。

 生来のプライドの高さがそれを認めることを邪魔していたようだが、間違いない。

 あの目は、確かにフィリスを一人の女として欲していた。

 本人の意思を無視して自分の国に連れ帰ろうとしたエルフリードには怒りを覚えるが、正直に言えば気持が分からないでもない。

 事実こうして、俺はあの子を生まれ育った村から連れ出し、自分の手元に置いている。

 俺は成功して、あいつは失敗した。ただ、それだけの事・・・。


 フィリスはここにいる事を、自分の意思で選んだ。そんな事、分かっていたはずなのに・・・

 自分を抑え切れずにあんな事を言ってしまった原因は、他にもある。

 エルフリードに好きな奴がいるのかと聞かれたとき、フィリスは言えないと答えた。

 言えないという事は、間接的にいると言っているのと同じなのだが、フィリス自身はそれには気づいていないようだった。

 あの時の事を思い出すと、心臓が痛いほど早鐘を打ってふわふわと雲の上にいるような気分になる。

 それと同時に、吐きそうなほどの不安にも襲われて頭が混乱する。


 フィリスには好きな奴がいて、あの時の様子を見ればその対象は俺だという事になる。

 ただの自惚れではなく、恐らくエルフリードもポールもそう思っただろう。

 けれど、俺はフィリスに告白してまだ返事をもらっていない。相変わらずどこか最後の一線で拒否されている感じがするし、前向きに考えてもらえていない気がする。

 ・・・やはり、フィリスには他に気になる男がいるのではないだろうか?

 俺の事を、少しは好きでいてくれているのだと思う。

 けれど心の中には他の誰かがいて、優しいフィリスはその事を正直に俺に言えないでいるのかも知れない。

 そう考えると、身が引き裂かれるように苦しかった。


 落ち込んだ気持を隠して、扉の前に立つ衛兵に声をかけた。

「後で侍女をよこすから、来たら中に入れてやってくれ。」

「はいっ。」

 こんな時は、俺よりも同性のマーサがそばにいてくれた方がフィリスも落ち着くだろう。

 名残惜しくて少しだけ閉じた扉を振り返ってから、俺はコンラートの部屋へと向かった。



 ノックもせずに中に入ると、予想していたのかコンラートは驚きもせずに俺を迎えた。

 コンラートの隣にはガントがいて、二人の前には銀髪の少年が目を丸くして立っていた。

 少年は可哀想になるくらい慌てると、急いで脇に控えて膝をついた。

「呼んでくだされば、こちらから参りましたのに。」

「お前の所に、みんな揃ってるんじゃないかと思ったんだ。マーサを呼んでやってくれ。」

 コンラートは心得たように頷くと、指示を出すために部屋を出て行った。

「その子供はお前の子飼いか。」

 ガントに問うと、子供の肩がピクリと揺れた。

「・・・幼少の頃より特殊な訓練を受けております。多少ながら魔術も使えます。今はわけあって宰相殿に預けておりますが。」

「つまり、グルというわけだな。」

「協力してもらっただけです。それに、別に悪さをしているわけではありませんよ。」

 部屋に戻ってきたコンラートは、全く悪びれた様子も無くそう言った。

 そんなコンラートを少しだけ睨むが、慣れているのか全く意に介した様子はなかった。。

「ポール、詳細はまた明日に。」

 コンラートが少年の前に立ってそう言うと、少年は立ち上がって礼をし、ぎこちない動作で退室した。

 完全に足音が遠ざかったのを確認して、近くにあった椅子に腰掛けた。

「こういう事をする時は、一言声をかけてくれるとありがたいんだがな。」

「申し訳ございません、陛下。ですが事前にお伝えすると反対なさるかと思いましたので。」

 ・・・確かに。

 護衛を付けると言えば、フィリスは必要ないと断るだろう。断られた上で強引につければフィリスの負担になるし、かといってこっそり護衛をつけるような真似はしたくない。

 後でそうと分かった時、少なからずショックを受けるだろうから。

「陛下、彼女は我々にとっても重要な人物なのです。出すぎた事とは思いますが、ご理解頂けますでしょうか?」

 ・・・竜族による支配を続けて欲しいと望んでいる彼らにしてみれば、フィリスは王を繋ぎとめるための唯一の存在だ。

 神経質になるのも分からないでもない。

 フィリスは友人ができた事を喜んでいるし、ポールも別に義務だけでフィリスと接しているようにも見えない。

 当面はこのままで問題ないだろう。

 それに、俺が常にそばにいて守ってやれたらそれが一番いいけれど、現実的には離れてる時間の方が長いのだ。

 ポールが代わりにそばにいて守ってくれていたら、それはそれでありがたい。

「・・・まあいい。それで、エルフリードの事は聞いたのか?」

「大体は・・・。このまま黙って国に帰して、よろしいのですか?」

「知らぬ事とはいえ陛下に刃を向けるなど、許されることではありません。」

 コンラートの言葉に、ガントも鼻息を荒くして机に立てかけられた抜き身の剣を見た。

 剣の柄にはしっかりとマレイラの印章が掘り込まれている。

 もし彼らの行為を糾弾するのであれば、この剣は強力な証拠になるだろう。

「知らないんだから、仕方ないだろう?もっとも、他国の城で剣を抜くという事自体、十分問題だがな。話を大げさにしてフィリスを煩わせたくない。ただ、城内の警備は厳重にしてくれ。置き土産を置いていかないとも限らないからな。」

 エルフリードがそこまでフィリスに執着しているとは思いたくないが、万が一という事もある。

「では、さっそく手配いたしましょう。先に失礼致します、陛下。」

 ガントはどこか嬉しそうにそう言って、意気揚々と出て行った。

「・・・あいつは楽しそうだな。」

「それはそうでしょう。陛下をお守りすると言っても、陛下を害する事のできる者など実際にはおりません。その点フィリス殿は守りがいがあると言うものです。」

「そういうものか?」

「そういうものです。・・・ところで陛下、花嫁候補達の件ですが。」

 表情を改めて話題を変えたコンラートに、先を促すように頷いて見せた。

「準備は全て整いました。あとは、陛下のお言葉を待つばかりとなっています。」

「そうか・・・。では夏至祭の最後の客が故郷に着き次第、という事にしよう。」

 嫌な事はさっさと済ませてしまいたいが、できるだけ不審を抱かせず自然な形で花嫁候補達を故郷に帰すためには、タイミングも大切だ。

 あまり急いでは、余計な詮索をされてしまう。

「そろそろ部屋に戻る。・・・あ、そうだ。エルフリードが泊まっている部屋の鍵を壊してしまったんだ。明日直しておいてくれないか?」

「承知致しました。」

 できるだけ冷静にと心がけていたけれど、内心苛々するのを抑えきれずにうっかりドアを壊してしまった。

「色々手間をかけさせてすまないな。それじゃ、また明日。」

 立ち上がってコンラートの肩をポンと叩くと、コンラートは律儀に深く頭を下げて俺を見送った。



「先ほど侍女が参りましたが、まだ部屋から出ておりません。」

 自室に戻ると、扉の前にいた衛兵が俺を見て焦ったようにそう言った。

「そうか。頼んだ用がまだ終わらないのだろう。」

 俺が気にしていない様子を見せると、衛兵はほっとしたように敬礼して元の立ち位置に戻った。

 中に入ると、二人の姿は見えなかった。

 ガタガタと湯殿の方から音が聞こえて近づくと、扉越しに少しくぐもった二人の話し声が聞こえてきた。

「どうせ明日担当の侍女が掃除しに来るんだから、ここまでしなくていいのに。」

「だって、気になるんだもん・・・ねえマーサ、いいから休んでて?」

「・・・休めるわけないでしょう。」

「後は私一人でもできるから、部屋に戻っててくれてもいいよ?」

 ・・・一体何をしてるんだ?

 湯殿という場所だけにためらったが、湯浴み中という感じでもなかったので思い切って扉を開けてみた。

「陛下っ!」

 マーサは驚いたのか泡のついたスポンジを取り落とすと、一瞬心臓の辺りを押さえてその場で礼を見せた。

 フィリスも同じようなスポンジを握り締めたまま固まっている。

「・・・ジル、お帰りなさい。」

「あ、ああ。何してるんだ?」

「えっと、お湯を使わせてもらったから、綺麗にしておこうと思って。」

 ・・・なるほど。

「ほら、あと片付けとくから、泡流してもう出なさい。」

「で、でも・・・。」

「いいから。陛下をお一人で放っておくなんて、不敬罪よ!」

「えっ?そ、そうかな?」

「そうそう。」

 適当な事を言うマーサの言葉を素直に信じるフィリスは、それ以上反論することなくマーサにされるがままに手足を洗った。

「軽く片付けたら私も出るから、先に行ってなさい。」

 俺とフィリスはマーサに追い出されるような形で湯殿を出ると、お互いに顔を見合わせてどちらからともなく笑った。

 そこに部屋を出る前の気まずさはなくて、ほっとした。

「・・・すっきりした顔になってる。」

「マーサが、湯浴みをさせてくれたの。あの、本当に使ってもよかったのかな?」

「もちろん、かまわないよ。」

 そう言うと、フィリスは今度こそ納得したように頷いた。

「顔色もだいぶいいようだな。」

 やはり、マーサに来てもらったのが良かったのだろうか。

「ジルが出て行った後、少しだけ寝ちゃったの。」

 恥ずかしそうに頬を染めるフィリスが愛らしくて、抱き寄せそうになる手を強く握り締めた。

「少しは眠れたんだな。よかった。」

 なんとなくお互いに見つめ合っていると、ガチャガチャと音がして湯殿からマーサが出てきた。

 マーサは部屋の真ん中で立ったままの俺たちに首をかしげた。

「・・・では、私はこれで失礼致します、陛下。」

「ありがとう、助かったよ。」

 マーサは頭を下げると、持って来た台車からバスケットを取り出してフィリスに手渡した。

「食べれそうだったら、食べてね。夜ご飯、食べてないんでしょう?」

 フィリスは嬉しそうにそれを受け取ると、マーサに何度もお礼を言った。

 そんなフィリスに満面の笑みを返して、マーサは扉の前で優雅な礼を見せてから部屋を出て行った。

 

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