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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第39章 答え1


 先に着替えるからとジルが立ち寄ったのは、何故かガントさんの仕事部屋だった。

 ノックをして返事も待たずに中に入るジルの後ろについて中に入ると、ガントさんは私達を見て慌てて座っていた椅子から立ち上がった。

 仕事の途中なのか、机には無造作に書類が広げられている。

「・・・陛下、何かあったのですか?」

「後で話す。」

 短く言葉を返すと、ジルは私を振り返って微笑んだ。

「着替えてくるから、ちょっと待っててくれ。」

 頷くと、すぐ戻るからと言って続き部屋になっているらしい奥の部屋へと入って行った。

 ジルが入って行ったドアをぼんやりと見ていると、ガントさんが近くに来て声をかけてくれた。

「陛下はしょっちゅう城を抜け出されるのでな。戻られた時に困らないよう、服を何着か預かっておるのだ。」

 なるほど。確かにいつもジルが着ているような服のまま竜王の姿に戻ったら、さすがに怪しまれるだろう。

「あの、お仕事中に突然お邪魔して、ごめんなさい。」

 チラリと机の方を見て謝った。ジルはともかく、私まで入ってきて良かったのだろうか?

「いや、ちょうど休憩しようと思っていた所だった。」

 あからさまに焦ったように言われて、それが私に気を使って言ってくれたのだということはすぐに分かった。

 お礼の代わりに笑みを見せると、ガントさんも相好を崩して笑顔を見せてくれた。

「そうやってると、おじいちゃんと孫みたいだな。」

 奥のドアが開いて、すっかり竜王の姿になったジルが出てきた。

「・・・せめて親子くらいにして頂けませんか。私はまだそこまで老けてないと思うのですが・・・。」

 本気で嫌そうな顔をするガントさんが可笑しくて、吹き出しそうになったのを必死でこらえた。


 ジルは以前と同じ様に、私を布にくるんで担ぎ上げた。

 どこにこんな大きな布があったのかと不思議に思ってたずねると、奥の部屋のカーテンを外したと言われた。

 ・・・ガントさんのぐったりと疲れたような顔が、やけに印象に残った。

「・・・失礼ながら陛下、年頃の娘をそのように運ぶのはいかがなものかと・・・。」

「誰かに見られたら困るだろう?」

「それは、そうかも知れませんが・・・」

「あ、あの、私は全然平気です。」

 私のためにしてくれている事で、ジルが責められるのはどうにも居心地が悪かった。

「大丈夫だ。カーテン、後で戻しに来るよ。」

 ジルの言葉に、ガントさんが何か呟いたみたいだったけれど、よく聞こえなかった。


 なるべく荷物らしく振舞っていようと、体の力を抜いてみた。

 ジルが歩くのに合わせてゆらゆらと揺れる感じが心地よくて、つい眠くなってしまう。

 ただ残念な事に、ガントさんの仕事部屋からジルの部屋まで、そう時間はかからなかった。

 扉が開く音がして、すぐにパタンと閉じる音がした。

 そのすぐ後に、私は下に降ろされた。前回と同じく、降ろされたのは何故かベッドの上だった。

 別に床の上に降ろしてくれても良いのに、と思いながらも、慌てて靴を脱いで床に置いた。

「毎回この方法だと面倒だな。いっそこの部屋から外に出られる隠し通路でも作るか?」

 冗談とも本気ともつかない言葉に、私は返事に困ってしまった。

 ジルはそんな私に苦笑すると、溜息を付いて私の隣に腰を下ろした。

「疲れただろう?お腹空いてないか?」

「あんまり、空いてない。」

 色々ありすぎたせいか、お腹は空いているような気がしたけれど、なんとなく食欲がわかなかった。

「・・・そうか。あまり深く考えないほうが良い。あいつはフィリスに自分と一緒にいて欲しいと望んで、フィリスはそれを望まなかった。ただ、それだけのことだ。たまたまあいつには地位と権力があったから、話がややっこしくなっただけさ。」

「・・・うん。」

 誰かを想う気持ちは、必ず繋がるとは限らない。一方通行で終わってしまうこともあるのだ。

 頭ではそう分かってはいても、誰かの好意を否定するのは胸がふさがれる気がした。

 といっても、エルフリード王子の場合は好意なのか興味なのか、いまいちよく分からないのだけれど・・・。

「俺も、フィリスに一緒にいて欲しいと思ってる。・・・少なくとも、俺にはそれが許されているのだと思っていていいだろうか?」

 いつの間にか真剣な表情のジルが目の前にいて、すがるように私を覗き込んでいた。

 心臓が早鐘を打ち始めて、ジルの視線を避けるように顔をそらした。

「・・・・・悪い、変な事言って・・・。ちょっと用を片付けてくるから、ここで待っててくれるか?あんまり時間をつぶすものがないな・・・。眠れそうだったら、寝ててもいいから。」

 ジルは何も言えないでいる私に苦笑すると、私の頭を撫でて部屋を出て行った。


 もしかして、気を悪くさせてしまっただろうか。

 何でもいいから、言えばよかった。一緒にいて欲しいと思っているのは、むしろ私の方なのに。

 自分でも意識しないままに溜息が出て、そのまま布団の中に隠れるようにもぐりこんだ。

 さっきのジルの言葉を、頭の中で繰り返してみる。

 ふと、ジルが私にオリヴィアの付き人にと誘ってくれた時の事を思い出した。

 あの時、オリヴィアの負担になるかも知れないと思ってついて行くのをためらったけれど、村を離れる事自体は何とも思わなかったように思う。

 ジルは城での生活が辛ければ村に返してくれると言ってくれたし、別にエルフリード王子のように、愛人などと途方も無い事を言ったわけではない。

 それを抜きにしても、正直村には何の愛着も無かった。

 村には辛い事ばかりで、何にもなくて、失うものなんて何一つ持っていなかった。

 家族も、友達も、住む場所ですら・・・。

 私のものであるものは、何一つなかったのだから。

 でも、今はここを離れる事がとても辛い。

 私は・・・・・・・。

 その先を考えようとしたけれど、そこで私の意識はゆっくりと落ちるように眠りの中に消えていった。



 ツンツンと何かに突かれる感じがして、私は慌てて飛び起きた。

 一体、どれくらい眠ってしまっていたのだろうか?

「あ、やっぱりフィリスだった。ごめんね?もしかして起こしちゃった?」

「・・・マーサ?」

 ぼんやりした頭で部屋を見回す。

 ジルは、まだ戻ってきていないようだった。

「どうしてここに?って顔ね。とりあえず、湯浴みの準備をしてあるから。汚れを落としてさっぱりしましょう?」

 マーサはそう言うと、私の手を引っ張ってベッドから引っ張り出した。


「ね、ねえ、勝手に使って怒られない?」

 白磁の浴槽には、何かの花びらがたっぷりと浮かべられた湯が張ってあった。

 床も白い大理石で、ピカピカに磨き上げられている。

 汚れた足では一歩も入る事ができなさそうなその場所に怯えた私は、入り口の柱を必死に掴んでマーサに抵抗した。

「一体、誰に怒られるって言うの?ほら、いいから入って!」

 夕飯を食べていなかった私の力では、マーサの力に勝つことはできなかった。

「心配しなくても、ちゃんとジルに許可はもらってるから。」

 そう言いながら、ビクビクしている私の服を脱がせていった。

「じゃ、じゃあせめて一緒に入ろう?」

 こんな場所に一人で入るなんて、不安で仕方なかった。

 マーサは私の言葉に呆れたような顔をすると、無言で私の体に湯をかけていった。

「ここで喜ばずに怖がる所がフィリスの可愛いところよね~。はいはい、いいから大人しく入ってね。ちゃんとここに居てあげるから!」

 マーサの勢いに押されるように、恐る恐る浴槽に入る。それでもふちを離そうとしない私に、マーサはとうとう吹き出した。

「なんか、捨てられた子猫みたい。・・・ねえ、何があったのか聞いてもいい?」

 私の頭に湯をかけ流しながら、マーサは気遣うような口調で問いかけた。

 もちろん隠すような事でもないので、私を洗うマーサの手に身をよじりながらエルフリード王子の事を簡単に話した。

 どちらかといえば楽しい話ではないけれど、マーサの手がくすぐったくて笑いながら話してしまった。

「ふうん。あのエロ王子、何から何まで許しがたいわね。でも、そのポールって子、確かフィリスと同時期に厨房に来たって前に言ってたわよね?」

 頷くと、マーサは何かを考え込むようにしばらく無言になった。

「・・・とにかく、フィリスが無事でなによりね。それにしても、よりにもよってフィリスに目をつけるとは、見る目があるというか何というか・・・。よし、もう出てもいいわよ。」

 笑いすぎて苦しくなった私は、はい出るようにして浴槽の外に出た。

 フワリと柔らかいタオルがかけられて、体を包まれる。

「マ、マーサ!拭くくらい私も出来るから!」

 半分懇願するように声を上げると、マーサはしぶしぶといった様子で手を離した。

「フィリスはもう少し、こういう事に慣れておいた方がいいと思う。」

「こういう事って?」

 どういう事だろう?

「まあ、それはおいおいね。それじゃ、服も一人で着る?」

 何故そんな事をわざわざ聞くのだろう?

 不思議に思いながらも、とりあえず頷いておいた。



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