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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第38章 護る者3


 本気なのだろうか?

 まずそう思ったけれど、エルフリード王子の目は真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。

 そもそもそんな冗談を言うためだけに、わざわざ私をこの部屋に連れてきたりはしないだろう。

 呆然としていると、ポールが私の肩をトントンと叩いた。

 それで我に返った私は、王子とジルがじっと私を見ていたことに気付いて慌てた。

 とにかく、返事を返さなくてはいけない。


「あ、あの、すいません、ごめんなさい。」

 何も考えずに口から出た言葉は、ただ謝っただけという要領を得ないものだった。

 きっと何が言いたいのか分からなかったのだろう。

 王子は眉間にしわを寄せて私を見ていた。

「私、あなたの愛人になんてなれません。」

 今度は深呼吸をして気持を落ち着けてから、ちゃんと言葉を考えて言えた。

 はっきり言えた事にほっとしていると、王子は眉間のしわをさらに深くした。

「何故だ?」

 何故と言われても、思いつく理由はいくつもある。

 他の国に行くなんて考えた事もないし、何よりも私は王子を好きになれない。

 でもそれをはっきりと言う事はさすがにはばかられた。

「俺の側室になど、望んでもなれるものじゃない。今までと比べようも無いくらい、贅沢な暮らしができるんだぞ?」

「・・・私は、今の生活が大切なんです。それに、贅沢をしたいとは思いません。」

 そう言うと、王子は驚いたようだった。

 ここにはちゃんと自分の居場所があって、仕事があって、大切な人たちがいる。

 不満なんて何もなかった。

「信じられないな・・・。もしかして、他に好きな奴でもいるのか?」

「好きな、人?」

 好きな人と聞いて、私は何も考えずうっかりとジルを見上げてしまった。

 ジルも興味深そうに私を見ている。

 好きな人の前で好きな人はいるのかと聞かれるというのは、とてつもなく恥ずかしくて気まずい事らしい。

 ものすごい勢いで顔が赤くなるのを感じて、慌てて俯いた。

 変に思われなかっただろうかとジルを見ると、ジルも何故か顔を赤くしてあらぬ方を見ていた。


「・・・頼むから、この状況で二人の世界に入るのはやめてくれ。」

 ぐったりと疲れたようなポールの言葉に、はっとして居住まいを正した。

 王子は眉間のしわに加えて、射抜くように私を見ている。

 もう恐怖でしかなかったが、質問に答えないわけにはいかなかった。

 でも、何て答える?

 好きな人がいます?・・・本人の目の前で?

 それとも、いません?・・・私には嘘をつかないと誓ってくれたジルの前で、私が嘘をつくの?

 そんな事は、できない。

「・・・言えません。ごめんなさい。」

 ますます眼光を強くした王子に無意識に一歩下がって、私は勇気を振り絞った。

「あ、あの、あなたはどうして私を・・・?」

 彼の言い方だと、側室になりたいと思う人はいくらでもいるようだし、その中には私なんかより美人で教養のある女性も当然山のようにいるだろう。

 何故わざわざ他国の、どこにでもいるような娘を側室にしようなどと思ったのだろう?

 もしかして、私の緑の目がそんなにも珍しいのだろうか?

「欲しいと思ったからだ。理由などない。」

 聞いてはいけないことだったのか、王子はとうとう怒ったように立ち上がった。


「もういい、アルフ、こいつらをどこかに閉じ込めておけ。娘は別の部屋だ。」

 王子の言葉に、私はジルにぎゅっとしがみついた。

 それに応えるように、ジルの大きな手が私の背を撫でた。

「しかし・・・どうなさるおつもりですか?」

「とりあえず全員マレイラに連れて帰るしかないだろう。ここで騒ぎは起こせない。」

「・・・ですが、城から3人もの人間がいきなり消えたとなれば、流石に怪しまれます。」

 騎士の言葉に王子が諦めてくれる事を祈ったけど、王子は迷った様子も無く答えた。

「娘はお前がなんと言っても連れて帰る。そう心配するな、下働きの人間が何人か消えた所で、まさか誰も国外に連れて行かれたとまでは考えないだろう。探したところで迷宮入りだ。」

 王子の言い様に、騎士も返す言葉が出なかったようだった。

「まるで三流の悪役みたいな言い方だな。・・・どうしますか?このままじゃ俺たち、誘拐されそうですけど。」

 ポールはこの場にそぐわず、冷静なままだった。

「それは困るな。閉じ込められる前に退散するとしようか。」

 それはジルも同じで、全く動じている様子がなかった。

 もしかして、私が臆病すぎるのだろうか?

「ずいぶん余裕だな。この部屋からそう簡単に出られると思うのか?」

 その言葉と同時に、ジルの首筋に騎士の剣が当てられた。

 ひやりとしたものが足元から駆け上がって、声にならない悲鳴が口からこぼれた。

「・・・お前は自分がバカな真似をしているとは、思わないのか?一国の世継ぎの王子として、これがふさわしい行いだと言えるのか?」

 ほんの少しでも動けば触れそうな刃に臆する事なく、ジルは丁寧な口調をやめて王子に話しかけた。

 口元には依然として笑みを浮かべながらも、その目には静かな怒りが見える。

 その威圧感に一瞬たじろいだ王子は、そんな自分に舌打ちしてジルを睨み付けた。

「お前達の方こそ、自分達の態度が一国の王子に対して正しいものだと思っているのか?」

「敬意をはらって欲しければ、それ相応の人間となる事だな。・・・お前の父は立派な王であるのに、残念だ。」

 ジルはそう言って小さく溜息をつくと、私の方を見て表情をやわらげた。

「最後に言っておきたい事はないか?」

「えっ?えっと・・・。」

 こんな状況でとても冷静に考えられなかったけど、とにかく思いついたことを言っておく事にした。

「あの、この間はみんなの前で手を振り払ってしまって、申し訳ありませんでした。以後気をつけます。」

 一息に言って頭を下げると、少しだけ肩の荷が降りたような気がした。

 どういう状況であったとしても、あんな風にみんなの前で恥をかかせてしまった事は私もずっと気になっていたから。

「あと、一緒に行けなくてすいません。」

 よく分からないが、誘ってくれたものを断ったのだから、これも謝っておくべきだろう。

 隣でポールが見てられないというように片手で目を覆ったのが気になったけど、今ここで理由をたずねる勇気はなかった。


「・・・では、これで失礼しよう。くれぐれも帰国まで面倒は起こさないように。」

 そう言って、ジルは無造作に騎士の剣を掴んだ。それも、むき出しの刃を素手で・・・。

 驚いて小さく悲鳴を上げてしまった私を見下ろして、ジルは大丈夫だというように微笑んだ。

「・・・っ!?お、お前は一体・・・?」

 騎士の恐れるような声に返事をする事も無く、ジルはまるで自分が柄の方を持っているかのような軽い動作で剣を一閃させた。

 次の瞬間、剣の所有者はジルに変わっていた。騎士は自分の手とジルを交互に見て呆然としている。

 奪い取った剣をポールに投げて渡すと、自分は私の肩を抱いて扉へと向かった。

「ま、まてっ!」

 王子の慌てた声に振り返ると、彼は蒼白な顔で私達を凝視していた。

「今回の事は公にはしない。ただし、次はないと思え。」

 冷たく言い捨てて、ジルは扉を開けた。ガチャンと思いのほか大きな音がして、一瞬全員が固まった。

「・・・すまない、驚かせた。後で業者に直してもらおう。」

 どうやら、鍵がかかっていた扉に気付かず力技で開けてしまったせいで、鍵の部分が壊れたらしかった。

「・・・すごい、力ですね。」

 受け取った剣で騎士を牽制しながら最後に廊下に出たポールは、壊れた扉を見て呆然と呟いた。

「体のつくりが違うからな。」

 そう言って私の手を取って早足で歩き出したジルを、ポールも慌てて追いかけた。



 中央の棟の近くまで来て、ジルはようやく足を止めた。

「ここまで来れば大丈夫だろう。」

「・・・これ、どうしましょうか?」

 困ったように抜き身の剣に目をやるポールに、ジルは少し考えて自分の服の袖部分をちぎり取った。

 ポールの手から取った剣をそれで覆うと、再びそれをポールに戻した。

「君を厨房に紹介した人に、それを預けてくれ。うまく処分してくれるだろう。」

 ジルがそう言うと、ポールは一瞬の間のあと頷いた。

「明日まで、フィリスは俺の方で預かるよ。」

「・・・そうしてもらえると、オレも安心です。フィリス、明日は一応仕事休めよ?やつらが完全に諦めたかどうか、分からないからな。」

「・・・うん。色々ありがとう、ポール。」

「ほんとに気にしなくて良いから。じゃあ、フィリス、ジルさん、二人とも気をつけて。」

 ポールは安心したようにほっと息をつくと、私達に手を振ってどこかへ行ってしまった。


「それじゃ、俺たちも行こうか。」

「どこへ行くの?」

「もちろん、俺の部屋だよ。そこが一番安全だからな。」

 ジルの部屋というと、一度だけ入ったことのあるあの大きな竜王の居室だろうか?

 それにしても今回の事ではポールはもちろん、ジルにもずいぶん手間を取らせてしまった。

 元はといえば、私の不甲斐なさが原因なのに・・・。

「・・・どうした?疲れたか?」

 ゆるく頭を振って、ジルと繋がった手をぎゅっと握り締めた。


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