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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第37章 護る者2


「ジル、今日はどうしてこんなに早く迎えに来てくれたの?」

 今日に限って、何故いつもよりも早い時間に来てくれたのだろうか?

「何かあったんじゃないかと思って、気になったんだ。」

「・・・どうして?」

 驚いて隣を歩くジルを見上げると、ジルは困ったような笑みを浮かべた。。

「それは・・・秘密だ。」

「・・・どうして??」

 どうしてを繰り返す私に苦笑を返して、ジルにしては珍しく強引に話題を変えた。

「それはともかく、何があったんだ?」

 表情を引き締めたジルに、私は今日の出来事を話した。


 時折相槌をうつだけで黙って話を聞いていたジルは、聞き終わると大きく溜息をついた。

「それは、大変だったな。・・・・ポール、フィリスを助けてくれてありがとう。感謝するよ。」

 周囲を見回しながら一緒に歩いていたポールにジルが声をかけると、ポールは焦ったように手を振った。

「いえ、そんな。大した事はしてませんから。ただ、今夜は気をつけた方がいいと思います。」

 気遣うように一瞬私に目を向けた後、ポールは辺りをはばかる様に小声でそう言った。

「・・・確かに。子供一人を追い掛け回すのに、よくこれだけ手間をかける。執念深いのか暇なのか、理解に苦しむところだな。」

 そう言いながら、ジルは唐突に立ち止まった。

 顔を前に向けたまま、隣にいた私の肩を抱いて自分の近くに引き寄せた。

 理由を聞こうとジルを見上げた私は、開きかけた口をそのまま閉じた。

 ジルは厳しい表情で、前方の建物の影を見据えていた。

 ジルの様子に気付いたポールも、同じ場所に鋭い視線を送っている。


 やがて薄暗い影から、カサリとかすかな足音が聞こえた。

 ゆっくりと影の中から姿を現したのは、昼間の騎士だった。

 騎士は固い表情のまま警戒するようにゆっくりと私達に近づくと、私に視線を合わせて舌打ちをした。

「ネズミのようにコソコソと・・・ここで待ち伏せていて正解だったな。」

 ビクリと体をすくませた私を安心させるように、肩にそえられたジルの大きな手に力が入った。

「・・・娘を置いていけ。大人しくしていれば、危害を加えるつもりはない。」

 次の瞬間、ジルの眼前に鋭い剣先が突きつけられた。

 剣を抜く一瞬の動作が速すぎて、目の前に突然刃が現れたようにも見える。

 今まで暴力を受けた事はあっても、こんな風に刃物で脅されたのは初めてだった。

 本能的な恐ろしさに、とっさにジルにしがみついた。

「マレイラの騎士も、大したことないんだな。」

「なんだと?」

 一呼吸後、ジルはクスクスと笑った。

「子供だと思って、油断するな。」

 ポールの強気な言葉に彼を見て、私と騎士はおそらく同時に息をのんだ。

「・・・っ!」

 ポールの手にはいつの間にか短剣が握られていて、刃先はぴったりと騎士のわき腹に当てられていた。


「・・・お前、何者だ?」

 ポールと騎士は、お互いに睨み合った。

 しっとりと手に冷や汗がにじみ出るような緊張感の中で、ふとジルが口を開いた。

「・・・ここでずっとこうしていても仕方がない。この際だから、話をつけに行くか。」

 場にそぐわないのんびりとした声音に、一瞬騎士とポールの気がそがれた。

「本気ですか?」

「その方が、後々引きずらなくていいだろう。大丈夫、変な事にはならないさ。フィリス、少し嫌な思いをさせるかも知れないが、フィリスのためにもその方がいいと思う。頑張れるか?」

 優しく言い聞かせるようなジルの言葉に、私はぎこちなく頷いた。

 正直なところもう二度とあの王子とは顔を合わせたくないけれど、ジルが私のためにそうした方がいいというのなら、きっとそれは必要なことなのだろう。

「というわけで、俺達も一緒でいいかな?」

「ポールも?」

 もう十分巻き込んでしまっているけれど、これ以上は迷惑ではないだろうか。

 ポールを見ると、ポールは視線を騎士から外さないまま苦笑した。

「・・・フィリスさえ良ければ、ぜひ連れて行って欲しいね。大したことはできないけど、連れて行ってくれれば何かの役には立つと思うよ?」

 もちろん、ポールも一緒にいてくれたら心強いことには違いない。

 そうは思うものの、変な事に巻き込んでしまった罪悪感はぬぐえなかった。

「・・・本当にいいの?」

「オレは自分から首突っ込んでるんだから、気にしなくていいよ。」

 そう言われても、気にしないわけにはいかなかった。

 でもここで謝るのも何だか違う気がして黙っていると、それまで傍観していた騎士がスッと剣をおさめた。

「少しは話が分かるようだ。本当は娘だけを連れてくるように言われていたが、仕方がない・・・付いて来い。」

 騎士が後ろを向いて歩き出すと、ポールも短剣を懐になおした。


 客室が並ぶ南の棟は、ほとんどの貴人がすでに引き払った後という事もあり、どこか閑散としていた。

 誰かとすれ違うことも無く王子の部屋の前まで来ると、騎士は私達を振り返った。

「武器は渡してもらおう。」

 ポールはチラリとジルを見て、ジルが頷いて見せると懐からさっきの短剣を取り出した。

「他には持っていないな?」

 騎士は入念にポールの体をチェックして、ジルに対しても大げさなくらい武器を持っていないか確かめた。

「くれぐれも、無礼な真似をするな。」

 最後に私に厳しい視線を投げかけてから、ドアをノックして中に入った。

 緊張にジルの服をつかむ手に思わず力が入る。

「エルフリード様、娘を連れてまいりました。」

 椅子に座ったまま私達を迎えた王子は、私達の姿を見ると怒ったように顔をしかめた。

 そんな顔をするくらいなら、わざわざ会う必要なんて無いのに・・・。

「こいつらは何だ?」

 不躾な視線をポールとジルに向けながら、王子は騎士にたずねた。

「・・・申し訳ありません。」

「まあいい。別の部屋で待たせておけ。」

「失礼ながら、エルフリード王子。この子はまだ子供ですので、話があるなら私も一緒にうかがいましょう。」

 丁寧な言い方ながら棘のある声音に、王子は眉をしかめた。

 とっさにジルに詰め寄ろうとする騎士を手で制して、王子は作り笑いを浮かべた。

「お前、名は?」

「再度お会いする機会もないでしょうから、名を覚えていただく必要はありません。それで、用件は?」

 余裕の態度で返すジルに、王子は口の端をヒクヒクさせた。

「・・・その娘とはどういう関係だ。」

「・・・それも、あなたが知る必要のない事です。」

「おいっ、貴様いい加減にしないかっ!」

 何を言っても軽く受け流す様子のジルに、騎士は我慢できなくなったのか怒鳴りつけた。

「アルフっ、騒ぐな!」

「・・・申し訳ありません。」

 納得できないようだったが、王子の言葉に騎士は素直に謝った。


 大きく息を吐いて仕切り直しをした様子の王子は、顔に笑みを浮かべて私を見た。

「お前の事は、少し調べさせてもらった。・・・単刀直入に言おう。」

 獲物を前にした獣のような目に、私はジルの後ろにまわって腰にしがみついた。

 そんな私に目を細めて無表情になると、王子は威圧感を含んだ声で私に告げた。

「お前を俺の側室に迎える。」


 ・・・側室という言葉は知っているけれど、意味を思い出すのにしばらく時間がかかった。

 側室というのは、確か王妃様以外に王様の子供を生むための人だ。

 エストアは竜王が治めているから側室なんてものはないけれど、他の国では王が側室を持つのは当たり前の事らしい。

 その側室に私を迎えるというのは、どういう意味なのだろう?

「エルフリード様っ!突然何をっ!?」

 一番最初に反応したのは、私達を連れてきた騎士だった。

「アルフ、お前は余計な口出しをするな。」

 低い声で諌められて、騎士はまだ何か言いたい様子だったが苦虫を噛み潰したような顔で言葉を飲み込んだ。

「・・・田舎育ちなら多少の礼儀知らずは仕方がない。国に戻ったら、教師をつけてやる。お前は何も心配する必要は無い。」

 そう言われてもまだよく分かっていない様子の私にしびれを切らしたのか、王子は苛立ったように舌打ちをした。

「どうした?嬉しいだろう?これからは仕事なんてしなくていい。好きなときに寝て食べて、綺麗な服を着て好きな事ができるんだぞ?」

「そういう事は、まず本人の意思を確認してから言った方がいいのではありませんか?」

 ジルの呆れたような言葉に、王子はフンと鼻をならした。

「確認するまでもないだろう。断る理由がどこにある?」

 心底不思議とでもいうような言い方に、ジルは大きく溜息をついて私を見た。

「彼はフィリスをマレイラに連れて帰って、自分の愛人にしたいらしい。彼は明日もう国に帰る予定だから、今ここで返事をしてやった方が良い。」

 ジルの言葉に、私は目を丸くした。

「あっ、愛人っ!?」

 ここにきて王子の言葉をようやく理解した私は、思わず大声を出してしまった。

 側室に迎えるというのは、つまりそういう意味だったのだ。 


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