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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第3章 はじめての街



 その街には、空がうっすらとオレンジ色に染まりはじめた頃についた。

 街に近づくと、ジルは馬を降りた。

 馬から下ろしてもらって地面に立っても、まだ揺られているような感じがした。

「大丈夫か?」

 片方の手で手綱を掴み、もう片方の手で私の手を引く。

 もちろん迷子にならないようにだろうけれど、まるで幼子のようで恥ずかしい。

 

 けれど、そんな気持ちは街の中に入った途端、どこかに消えてしまった。

 どの建物も石造りの立派なもので、道には敷石が敷き詰められている。通りには人が溢れ、路上で物を売ったり客引きをしたりしていた。

 お祭りでもやっているのかと思う程の賑わいに、私は思わず足を止めていた。

「驚いたか?さて、まずは・・・・・。」

 ジルはあたりを見渡してから、また歩き出した。

 なんだかまるで現実感がない。これは本当は夢なんじゃないだろうか?

 そのうちハッと目が覚めて、いつもと同じ朝を迎えるんじゃないだろうか?

 そんな事を考えていると、目的地についたのかジルの足が止まった。

 カランカランと音がして上を見上げると、ジルが開けたドアに鐘が付けられていた。

 

 中は大きな広い部屋で、片側の壁にはいくつもの鏡が貼り付けられていた。

 一つ一つの鏡の前には椅子が並べられていて、そこには首にタオルを巻いた人達が座っていた。

 その人達のまわりにはハサミやクシを持った人達がいて、座っている人達の髪を整えているようだった。

「いらっしゃい。」

 中に入るとすぐに中年の女性がやってきた。

「この子の髪を切ってやってくれ。」

「はいよ。あらあら、これはまた・・・。さあ、こっちに座って。」

 背中を押されて促され、慌ててジルを振り返る。

「俺は宿に馬を預けてくる。すぐに戻るよ。じゃあ、頼んだよ。」

「はいはい、任せて下さいな。」

 頷いて背を向けるジルを見たら急に心細くなった。

「ジルっ!」

 ジルは私の声に振り返ると目を見開いて、少し困った顔をした。

「大丈夫だ。急いで戻ってくるから。切り終わったら、服を買いに行こう。その格好は街の中では逆に目立つ。」

 私を安心させるように乱暴に頭を撫で回して、ジルは今度こそ出て行った。


「大丈夫よ、ほら、座って!」

 肩を押されて、半ば強引に座らされる。するとすぐに他の人達と同じ様に、首にタオルを巻かれた。

「ずいぶんガタガタねえ。細くて綺麗な髪だから、短くするのはもったいないわね。前髪は思い切って切ってしまいましょう。」

 テキパキと髪をまとめられ、前髪を高く上げられる。鏡に自分の顔がはっきりと写って、思わず目を背けた。

「どうかした?」

「あ、あの・・・・・前髪はこのままの方が・・・。」

「どうして?」

「私の目、こんな色だから・・・。」

 できればこのまま隠しておきたい。少なくとも、他に緑色の目の人を見つけるまでは。

「まあ!そんなこと!そりゃあ、確かに珍しい色だけど、とても綺麗よ?全然おかしくなんかないじゃない。」

「本当?本当にそう思う?」

 この色を綺麗だなんて言われたのは初めてだった。

「もちろんよ。本当に綺麗。優しくて暖かい、新緑の色ね。」

 優しく言って、その女性は私の顔をそっと鏡に向けた。

「恥ずかしがる事なんかないの。自分の瞳の色が嫌だなんて、そんなのお父さんやお母さんが可哀想よ。」

 そんなことは考えた事もなかった。記憶の中にある微かな母の記憶をたぐり寄せる。

 顔もはっきりとは思い出せないが、思い出の中の母は私を見下ろして笑顔を浮かべていた。私と同じ、緑の目を優しく細めて・・・。

「じゃあ、切るから動いちゃダメよ?じっとしていてね。」

 ハサミをもった手が迷う事なく動き、髪を切って行く。鏡を通して見るそのなめらかな動きに見惚れていると、クスクス笑われた。

「あんた、田舎から出てきたみたいだけど、床屋は初めてかい?」

「床屋?」

 聞き慣れない単語に首を傾げる。

「こんな風に髪を切ってもらう店さ。」

「私の村では、みんな家族や友達に髪を切ってもらうの。」

「そうかい。じゃあ、最後にあんたの髪を切った人はよっぽど不器用だったんだねえ。後ろの髪の長さがバラバラだよ。」

 そう言われて、恥ずかしくなってうつむいてしまった。

「だ、だって、自分で後ろなんて見えないもの・・・。」

 小さな声で言い訳をすると、今度は返事は返ってこなかった。一瞬動きが止まって、また動き出す。

「この街には、出稼ぎかなにかで来たのかい?」

「私の村から竜王様の花嫁候補が選ばれたの。それで、使者の人が付き人にならないかって・・・・・。」



 そう口にした途端、店の中がざわめき出した。

「じゃあお嬢ちゃんは、あのダーナの村から来たのかい!?」

 隣で髪を切っていたおじさんが、急に私の方を向いて話しかけて来た。

「ちょっと!急に動かないで!」

 ハサミをもった女の人が、おじさんを叱りつけた。それでもおじさんはめげずに、私に話しかけて来た。

「並み居る貴族のご令嬢達を押し退けて候補になられた人だ、さぞ美しいんだろうなあ〜。」

「そうそう、聞かせておくれよ!どんな人なんだい?」

 急に店の中はハサミで髪を切る音だけになった。みんな、オリヴィアの話を聞きたいのだろう。

「えっと、すごく綺麗で、優しい人なの。おとぎ話に出てくる妖精みたいで・・・・・・。」

 自分の声だけが響く状態におどおどしながらも、なんとか知る限りのことを話した。

「そりゃあ、期待大だな!竜王様も、きっと好きになってくれるに違いない。」

「竜王様も神々しいくらい整った容姿をしていらっしゃるらしいし、その人が隣に並んだらさぞ絵になるんだろうねえ。」

 噂では、竜王様は黒い髪と瞳で、背が高くとても綺麗なお顔らしい。

「頑張れよお嬢ちゃん!しっかりその花嫁候補の娘さんをサポートしてくれよ!」

 もう収まりがつかないほどに盛り上がってしまった店内に内心焦っていると、扉の鐘がなって誰かが入ってきた。


 鏡ごしに見えたその姿に、自分でも驚くくらい安心した。

「楽しそうだな。」

 ジルは私の後ろに立つと、鏡越しに私を覗き込んだ。

「なっ?早かっただろ?」

 コクコクと頷くと、ジルはほっとしたように小さくため息をついた。

「今、花嫁候補の話を聞いていたのさ。」

「そのようだな。あんまり話を広めないでくれよ?どこに悪い奴がいるとも限らないからな。」

「あ・・・ごめんなさい、私・・・。」

 注意されて、そんな事を全く考えていなかった自分を情けなく思った。こんなんじゃ、オリヴィアの母が言ったとおり足を引っ張ってしまう。

「いや、最初に言っておかなかった俺が悪い。これから気を付けてくれたらいい。」

 ジルはそう言ってくれたが、沈んだ気持ちはなかなか浮上しなかった。

「オレ達も悪かったなぁ、お嬢ちゃん。根掘り葉掘り聞いたりして。元気だしてくれよ、ほら、これやるから。なっ?」

 じっとしてろと怒鳴られながら、おじさんはガサガサとポケットから何かを取り出して私の手に握らせた。

 開いて見ると、透明な包み紙に包まれたピンク色の固まりだった。

「・・・・・・・?」

 何か分からずに困っていると、ジルはそれを私の手から取って包みを開けた。

「口を開けてごらん?」

 言われるままに口を開けると、そのピンク色の物体をヒョイと放り込まれる。

 次の瞬間口の中に甘い味が広がって、やっとこれが食べられるものだと分かった。

「甘い!・・・でも、硬くて食べられないよ?」

「ははっ!そりゃああんた、飴は硬いもんさ!それはね、口の中に入れてると自然に溶けてなくなるんだよ。」

 自然に溶ける!すごい食べ物だ・・・一体何でできているんだろう?甘くて溶けるのだから、きっと砂糖が入っているに違いない。

 オリヴィアがよくお茶に入れてるやつだ。

 一度内緒で舐めてみたら、村長にひどく殴られた。あれ以来口にした事はないけど、確かこれと似たような味だった気がする。


「ほら、できたよ!」

 勢いよくタオルをはがされて我に返った。

「こんな感じでいいかい?」

「ああ。十分だ。」

 鏡に写る自分がちゃんと女の子に見えて驚いた。

 髪を切っただけで顔が変わったわけじゃないのに、まるで違うように見える。

 昨日水の中に見た顔は、確かに貧相な子供でしかなかったのに。

「よし、次は服だな!」

 ジルは代金を渡すと、私を椅子から立たせた。

 そのまま店を出ようとするジルを止めて、私は髪を切ってくれた女性を振り返った。

「おばさん、髪を切ってくれてありがとう。それから、この目を綺麗って言ってくれた事も・・・。おじさんも、飴をくれてありがとう!すごくおいしかった。」

「あ、ああ、どう致しまして!道中気を付けて。」

 おじさんは何故か頬を赤くして、動くとまた怒られるので前を向いたまま返事をくれた。

「飴くらい、今度会ったら瓶ごと買ってやるよ!元気でな、お嬢ちゃん!」

 おばさんは店の外まで出て送ってくれて、私達が見えなくなるまで手を振ってくれた。


 

 その後、ジルは私に服と靴を買ってくれた。

 遠慮してなかなか選べないでいる私の代わりに見たててくれた服は、街の娘達がよく着ているようなシンプルな服だった。

 上下が分かれていて、ズボンだけど足元に刺繍がしてあって可愛らしい。

「昼間はほとんど馬に乗りっぱなしになる。帝都についたらもう少しマシなやつを買ってやるから、今はこれで我慢な。」

 ジルはそう言ったが、私はとんでもないと断った。

 そもそも擦り切れたお古の服しか着た事のない私には、店で買った新しい服というだけですごい事だった。

 下着も買おうと言われたが、さすがに一緒に店に入るのははばかられた。

 けれどお金の使い方もまともに知らない私は結局一人で買うこともできず、ジルに入り口で後ろを向いて待っていてもらって、お金だけ払ってもらった。 

 あまりにも自分が何も知らない事にショックを受ける。

「私、本当に何にも知らなかったんだね。」

「知らないということを知ったんだ。これは大きな収穫だ。」

「・・・ジルのいう事は、時々難しいね。」

「今は分からなくても、そのうち分かるようになる。」

 そのうちというのは、一体何時になるのだろう?

 ジルの言葉が理解できるようになったら、ジルの考えも分かるようになるだろうか?


 オレンジ色の光が次第に色を失って行く。

 夜は、もうすぐそこまで迫っていた。

 


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[一言] フィリアの髪をガタガタに切ったのってオリヴィアなんでしょうか?
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