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盟約の花嫁  作者: 徒然
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閑話2(SIDEオリヴィア)


 その姿を見たとき、幻でも見ているのかと我が目を疑った。

 確かにこの城から追い出したはずなのに、何故フィリスがここに?

「どうかなさいましたか?」

 それまで歓談していた男が、突然黙り込んだ私を不思議そうに見た。

 それに答える余裕もなく、私は吸い寄せられるようにフィリスの方へと近づいた。

 フィリスの近くには以前自分に付いていた侍女のマーサもいて、私は一瞬怒りで目の前が真っ赤になった。

 どういう経緯かは分からないが、きっとマーサがフィリスを拾ってきたのだろう。

 マーサはやけにフィリスに肩入れしていたから。

 本当に、まるで疫病神のようだ。どこに行っても、まるで影のように私につきまとう。

 これまでの事を思い出して、苦々しい思いに唇を噛んだ。



 私は、ずっと村を出たいと思っていた。

 辺境の貧相な、小さな村。住んでる連中だって、財も学もなく、おもしろくもない奴ばかり。

 あんな所で一生過ごすなど、とても我慢できなかった。

 だから領主が竜王の花嫁候補に出す娘の選出に入ったと聞いたとき、父に懇願して領主に会う機会を作ってもらった。

 一目でも会ってさえもらえれば、必ず私が候補者に選ばれる自信があった。

 予想通り、領主はすぐに私を候補に選んだ。

 帝都までいけば、あとはどうにでもなる。

 身分の高い男性に見初められる事もあるだろうし、うまくいけば本当に竜王の花嫁に選ばれる事もあるかも知れない。

 私がいるべき場所は、もっと華やかな世界だ。

 毎日綺麗なドレスを着て、多くの人間にかしずかれ、世界の誰からも認められる男の妻となるべきだ。

 いつからかその思いは、私の中で願いから当然の権利へと変化していった。


 やっとあの村から解放されると思っていたのに、まさか帝都にフィリスが付いてくる事になるとは思わなかった。

 今思い出しても忌々しい。

 あのジルとかいう男がくだらない事を思いつかなければ、今頃なんの憂いもなく全てがうまく進んだのに。


 私は知っていた。

 母があの子の母親を憎んでいると言っていいほど嫌っていたのを。

 父があの子の母親を、どこか特別な目で見ていた事を。

 そして村の人間が、みんなあの子やあの子の家族の事を同情の目で見ていた事も。


 私は特別な人間なのに、私よりもみんなの関心を集めているあいつらが許せなかった。

 だから、あの子の父親にさんざん我侭を言って困らせてやった。

 その我侭の一つであの子の両親が死んでしまった事はさすがに驚いたが、罪悪感は感じなかった。

 父だって、いつもあの子の父親に理不尽な事を言って困らせていたのだ。私は父と同じ事をしただけなのだから。

 でもその事でさらにあの子に同情の目がいって、私は焦った。

 だからあの子の目を気持ち悪いと言って、あの子が嫌われるように仕向けた。

 

 そうしてやっと、私は安心した。みんながあの子を冷たい目で見るたび、暗い愉悦が心を満たしてくれた。

 娯楽のないあの村で、その感情は私にとって唯一といっていい楽しみとなった。

 いつしか私は、あの子を手なずける遊びを覚えた。

 心の中で蔑みながらも優しい言葉の一つもかけてやれば、あの子は面白いくらい私に懐いた。

 嫌われ者のあの子に優しくする私にあの子も村の連中もあっさりと騙されて、私を聖女のように扱ってくれた。


 竜王の花嫁候補という輝かしい未来に向かい歩き始めた私は、過去の自分の全てを捨てていくはずだったのに・・・。

 それなのにあの子は私に付いてきた。まるで薄暗い過去の象徴のようなその存在を、私はどうしても許せなかった。

 それでも我慢してきたのは、この大切な時に余計な波風を立てたくなかったからだ。

 時折苛立ちをぶつけてしまうこともあったけれど、少なくともそう考えていた。

 

 それが我慢できなくなったのは、あの日偶然見てしまったからだ。

 

 陛下が毎日のように離宮に訪れる事は、花嫁候補達の間でも大きな話題になっていた。

 それで少しでも会いたくて、きっかけが欲しくて、私は陛下が訪れそうな時間になると庭園を散歩する事にしていた。

 鈍いフィリスは気付かなかったようだが、同じような事を考えて庭園をウロウロしている花嫁候補者達は結構いたのだ。

 それでも結局一度も会うことはできなかったが、ふと不安にかられてフィリスの様子を見に行った時、私は見てしまった。


 陛下が、見た事もないような穏やかな笑みを浮かべてフィリスと話している所を・・・。

 フィリスが小さな包みを陛下に差し出すと、陛下はそれを嬉しそうに受け取った。

 私は怒りに任せてフィリスに詰め寄りたい気持ちをなんとか押さえ込んで、自室に駆け戻った。


 許せなかった。裏切られたような気がした。

 一体いつの間に、陛下と親しくなったのか。そんな気配など、少しも見せなかったのに。

 あんな取るに足らない、どこにでもいる平凡な、それも私が長い間見下してきた小娘に出し抜かれるなんて!

 だから、マーサがいない時を狙ってフィリスを呼び出した。

 これ以上邪魔をされないうちに、もう二度と陛下の目に入らない場所に追いやってしまいたかった。

 私の思い通り、両親のことを言われたフィリスは怒って私に手を上げた。

 終わりだと思った。もう、私が煩わされることはないと。



 私は大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。

 ここで取り乱してしまったら、今までの苦労が全て水の泡になる。

 戻ってきたというのなら、それでもいい。また追い出してやれば済む事だ。

 今度は二度と帰ってくる事ができないよう、この大勢の前で貶めてやればいい。

「フィリス・・・。」

 小さくかけた声に、フィリスは身を振るわせた。

「またあなたに会うとは、思わなかったわ・・・。」

「オリヴィア様・・・。」

 ほんの少し声音を変えてやるだけで、エマはすぐに反応してくれた。本当に扱いやすい子だ。

「エマ、いいのよ。ありがとう。」

 邪魔されないようにやんわりとエマを制して、私はフィリスに向き直った。

「フィリス、何故あなたがここにいるのかは分からないけれど。また、顔が見れて嬉しいわ。」

自分でも、よくここまで心にもない事を言えるものだと感心する。

 固まってしまったフィリスを内心で嘲笑いながらも、私は攻撃を続けた。

「ねえ、あの時・・・何故、あんな事をしたの?あなたは本当はいい子なのに、どうして・・・。」

 多くを語る必要はない。

 思わせぶりな態度をとるだけで、周りは勝手に想像し、同情してくれる。

 少しばかり大げさに泣き真似をするだけで、周囲にいた人々は完全に私の味方になってくれた。


 正義感を出したのか、エルフリード王子と呼ばれる人物がフィリスに近づいた。

 その後一体何をしでかしたのか、俯いている私には分からなかったが、彼の怒声が響き渡った。

 完全な勝利を確信したのは、けれどほんの束の間のことだった。


「陛下・・・」

 その誰かの呟きに顔を上げた私は、あまりに近い場所にいた陛下の姿に息を飲んだ。

「・・・彼女を連れて帰ってやりなさい。」

 そうエマに指示をする陛下に、私は一瞬彼が私を助けに来てくれたのだと思った。

 血が沸騰するような喜びは、次の瞬間急速に冷やされて足元が崩れそうな錯覚を覚えた。

「もう大丈夫だ。おいで。」

 そう言ってフィリスの手を取った陛下は、私を見る事もなく集まった人たちを振り返った。

「少し席を外させてもらうが、みなはこのまま楽しんでくれ。」

 まるで当然のようにごく自然にフィリスを連れて行くその姿を、私は呆然と見送るしかなかった。


「・・・オリヴィア様。」

 それからどれくらい経ったのか、気遣うエマになんとか頷いた。

「戻りましょう、エマ。少し休みたいの。」

 これ以上自分を取り繕う自信もなくて、私は疲れきった振りをしながら離宮の自室へと戻った。



 一晩中、ほとんど眠らずに考えた。

 陛下が何故フィリスにあれほど肩入れするのか、その理由は分からない。知りたいとも思わない。

 だけど、フィリスは危険だ。

 すぐに城から追い出すことが叶わないのならば、最低でも陛下とフィリスを引き離す必要がある。

「エマ、お願いがあるの。・・・陛下にお会いしたいの。できるだけ、早く。」

 真剣な表情に、お茶の用意をしていたエマの手が止まった。

「・・・今夜までお待ち下されば、宴の席で陛下にお声をかけることも可能かも知れませんが・・・。」

「それじゃあ駄目よ、あまり大勢に聞かれたくないの。ねえ、今から陛下に会いに行けないかしら?」

「ですが、勝手に離宮を離れることはできません。それに陛下にお会いすると言っても・・・・・・。」

 困り果てた様子のエマに、駄目押しするために涙を浮かべてみせる。

「お願い、フィリスの事で陛下にお話しがしたいのよ。ね、今回だけでいいの、私の我侭を聞いて欲しいの。」

「オリヴィア様、何故そこまであの子を庇われるのです?あのような不義理な真似をしたのです、それなのにどうして・・・?」

「あの子は、私にとっては本当の妹みたいなものなの。フィリスが私をどう思ってるかは分からないけど、私はっ・・・」

 声を詰まらせて俯くと、慌てたようにエマが駆け寄ってきた。

「オリヴィア様、心無いことを申し上げた事をお許し下さい。では、せめて誰か衛兵についてきてもらうよう頼んでみましょう。しばらくお待ちいただけますか?」

 頷くと、エマは慌しく部屋を出て行った。


 扉がパタリと閉じる音に顔を上げて、ふっと息を吐いた。

 これでいい。

 いくら竜王とはいえ、男である事には変わりない。

 ほんの少し涙を見せてやれば、いくらでも私のいう事を信じてくれるだろう。

 私はエマが戻ってくるまでの間、これからするべき事を考えていた。



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