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盟約の花嫁  作者: 徒然
34/65

第32章 決意1(SIDEジル)


 色鮮やかなドレスが、音楽に合わせてクルクルと舞う。

 万華鏡のようにも見えるその光景を、他より少し高くなった台の上に用意された椅子に座った俺は、ぼんやりと眺めていた。

 誰も彼も顔に貼り付けたような笑顔を浮かべて、心から楽しんでいる様子はどこにもない。

 互いを称え合いながらも、相手からどれだけの情報を引き出せるのか、みんなそんな事ばかりを考えている。

「陛下、もう少し楽しそうにして頂けませんか?」

 斜め後ろから遠慮がちに届いた言葉に、内心溜息をつきながらも少しだけ口の端を上げた。

「まだ終わらないのか?」

「・・・やっと半分くらいです。お暇なようでしたら、下におりて踊っていらしたらいかがです?みなも喜ぶでしょう。」

「バカを言うな。面白くもない。」

 吐き捨てるように言うと、コンラートはおかしそうにクスリと笑った。

 竜王にダンスに誘われるということは、特別な意味を持つのだ。

 大きなステータスにもなるし、それが花嫁候補であれば花嫁として選ばれる可能性を示唆することになってしまう。

 それを十分に理解していてそんな事を言うのだから、コンラートの冗談はたちが悪い。

「お前こそ踊ってきていいぞ?ここにずっといてもつまらないだろう?」

「ダンスは苦手なもので、ご遠慮致します。ご婦人方に恥をかかせてはいけませんので。・・・・ほら、また無表情になっていますよ?職務に専念して下さい。彼女だってあんなに一生懸命働いているではありませんか。」

 どこか楽しそうな口調に何の事かとコンラートの視線をたどって、不意打ちのように視界に入ってきたフィリスの姿に心臓がドクリと音をたてた。

 フィリスはマーサと一緒に、使い終わった食器を集めてまわっているようだった。

 このまま見ていては客達に怪しまれると思いながらも、なかなか視線を外す事ができない。

 フィリスは時折その足を止めては、広間を眺めてぼんやりとしている。

 とうとう完全に動きが止まってしまったフィリスに気付いたマーサが声を掛けると、フィリスは申し訳なさそうな表情になった。

 

 そんな様子を微笑ましく見ていた俺の視界に、厳しい表情をした侍女の姿が入ってきた。

 その侍女の目はまっすぐにフィリスを捉えていて、俺は一瞬腰を浮かしかけた。

「陛下、いけません。」

 コンラートの言葉に椅子に座りなおして、肘掛に乗せた手を握り締めた。

 自分が出て行けば、ささいな事でも大事になってしまう。そう自分に言い聞かせて、状況を見守ることにした。

 侍女は後ろからフィリスに近づくと、声も掛けずにいきなりフィリスの服を強く引っ張った。

 無作法な振る舞いに内心で舌打ちをするが、まだ頭は冷静だった。

「誰か向かわせましょうか?」

「・・・いや、まだかまわない。」

 フィリスにはマーサがついている。変な事にはならないだろう。

 そう考えた通り、フィリスにかみついた侍女にマーサがすぐに反応した。

 何を言っているのかまでは分からないが、あの侍女はフィリスの事を知っているようだ。

 一体どういう関係なのだろうか・・・。


 騒ぎに気付いた客達が、フィリス達に注目し始めた。

 さすがに仲裁した方がいいかとコンラートに声を掛けようとして、俺はとっさに椅子から立ち上がった。

「陛下!」

 コンラートの焦ったような声を無視して、広間に下りる。

 フィリスが袖を引っ張られて台車にぶつかった時、強い怒りを感じた。けれど、それを上回る不安に俺は突き動かされていた。

 集まりだした野次馬の中に、よりによってオリヴィアとエルフリードがいたのだ。

 特にオリヴィアは狡猾な女だ。この状況を利用しようと思えば、いくらでもできるだろう。

 その前に、フィリスをここから連れ出さなければならない。

 急ぎ足でフィリスの元に向かう俺を、客達は一様に驚いた表情で迎えた。

 声もかけられず、戸惑いながら道を開ける。

 その反応の遅さに、俺は苛立った。

 フィリスたちの周りに出来た人垣にたどり着いたとき、俺は自分が間に合わなかった事を知った。

 オリヴィアの泣き声と、エルフリードの怒声が耳に届いた。


「どいてくれ」

 怒りを抑えた声に、人垣が波が引くように分かれた。

 自分の不甲斐なさに泣きたくなったが、今辛いのはフィリスだ。

「・・・彼女を連れて帰ってやりなさい。」

 できるだけ穏やかな声音で発端となった侍女にそう指示して、フィリスの前に立った。

 その青ざめた顔に、胸が鷲づかみにされたように苦しくなる。

 ・・・分かっていた。ここでフィリスの手を取れば、俺もフィリスももう後には引けなくなる。

 けれどここで手を差し伸べないでいる事は、俺には到底できそうにない。

「もう大丈夫だ。おいで。」

そう言って、俺は強張ったままのフィリスの手を包み込むように掴んだ。

「少し席を外させてもらうが、みなはこのまま楽しんでくれ。」

 驚いている客達にそう告げてコンラートの方を見ると、コンラートは困った顔をしながらも深く頭を下げて臣下の礼を取った。

 後の事は、彼に任せておけば大丈夫だろう。


 人気のない場所まで来て、ようやくフィリスの方を振り返った。

 薄暗い中でもフィリスの表情は氷のように硬くて、痛々しかった。

「早く気付いてやれなくて、すまなかった。大丈夫か?」

 そう問うと、フィリスはかすれたような声で答えた。

「ジル、戻らないと・・・。」

 こんな状況でさえそんな事を言うフィリスが、もどかしかった。

 もっと頼って、甘えて欲しい。どう言えば、この気持ちが伝わるだろう。

「大丈夫だ、コンラートが何とかしてくれてる。そんなことより、こんな状態のフィリスを放っておけるはずないだろう?」

 どうなぐさめようかと次の言葉を探していた俺は、次のフィリスの言葉に自分が勘違いをしていた事に気付かされた。


「・・・っ、ごめんなさい!私の我侭のせいで・・・ジルの言うとおり、部屋にいてればこんなことにならなかったのにっ!」 

 言葉と共に涙を溢れさせたフィリスに、ガツンと頭を殴られたような気がした。

 この子は、オリヴィアやエルフリードに傷つけられたのではなかったのだ。

 自分が原因で騒ぎを起こしてしまった事に・・・自分自身の行動に対して傷ついていたのだ。

 あからさまな悪意をぶつけられて、それでも自分に責があると考えるのは強さなのか・・・それとも、甘える事を知らないフィリスにとっては普通の事なのだろうか。 

「謝らなくていい。フィリスは悪くない。フィリスに城に残ってくれるように頼んだのは俺だ。謝るなら、俺の方だ。」

 別に、フィリスは街で暮らしたって十分やっていける。働き者だし、素直だし、すぐに友達だってできるだろう。

 それを無理を言って俺が城に留めてしまった。

「フィリスは何も間違っていない。だから俺は止めなかった。こんな事になると予想できなかったのは、俺も同じだ。・・・すまない、もっと早くけじめをつけておくべきだった。」

 もうオリヴィアに怯えたくない、そう言ったフィリスを俺は応援したかった。

 そのためにしておかなければならなかった事を、俺は怠った。

「けじめ?」

 不思議そうなフィリスに頷いて、涙に濡れた目を覗き込んだ。

 これ以上話せば、もうごまかす事もできなくなる。

 フィリスは、どう受け止めるだろうか・・・。

「・・・もうずいぶん前から決めていたんだ。けど、実行するだけの勇気がなかった。情けない事だが・・・。」

 だが、いずれ避けては通れない事だ。

 俺は覚悟を決めた。


「花嫁候補達は近いうちにみな親元に帰す。離宮も解体する。」

 突然脈略のない事を言われて戸惑っているのは分かったが、俺は話を続けた。

「こんな時にこんな事を言うのは、負担になるだけだと頭では分かってはいるんだ・・・それでも、どうか聞いて欲しい。」

 こんなに緊張するのは、何十年ぶりだろうか。心臓がうるさく音を立てて、痛いくらいだ。


「フィリス、俺はお前を愛してる。ずっと俺のそばにいて欲しいんだ。」


 一世一代の告白に、フィリスは予想通り驚いて・・・そして固まった。

 頭の中では何か考えているのか、時折表情が動く。

 それを審判を受ける罪人のような気持ちで見守っていたが、なかなか言葉を発しないフィリスが怖くて無理やり思考を遮らせた。

「急にこんな事を言われたら、驚くよな?」

 頭を撫でると、フィリスは突然焦ったように自分の頬をつねった。

 今度はこっちが驚いていると、フィリスは呆然としたように言った。

「これって夢じゃないの?」 

「・・・そこまで戸惑われるとは思わなかった。残念だが夢じゃない。」

 正直ショックだった。夢だと思いたいほど迷惑だったのだろうか?

 沼底に落ち込みそうな俺をさらに追い込むように、フィリスはどこか恐れるような表情をにじませて俺を見た。

「フィリスは、俺のこと嫌いか?」

 耐え切れずに思わずたずねると、それにはフィリスは大きく頭を振って応えてくれた。

 それでも、まだ不安は残ったままだ。

 少しでもフィリスの気持ちを知りたくて、嫌われていないという確信を持ちたくて、俺は質問を続けた。

「俺に触れられるのは平気?」

 さっきまで手を繋いでここまで来たのだから平気だろうとは思うが、俺が気持ちを伝えた事で嫌になってしまった可能性もある。

 驚かせないようにゆっくりとフィリスの手を取るが、フィリスは嫌な顔をせず頷いてくれた。

 さっきと同じように頬に手で触れても、平気なようだった。

「・・・嫌だったら抵抗してくれ。無理強いはしたくない。」

 このあたりでやめておけと思うのに、俺の口は勝手に動いた。

 そう言っておきながら、何の事かよく分かっていないフィリスに考える隙を与えないまま顔を近づけた。

 小さな唇に吸い込まれるように触れると、途中で硬く閉じられた目が驚いたように開いた。

「・・・今の、何?」

 独り言のように呟いて顔を真っ赤にするフィリスに、俺はようやく表情を緩めた。


「返事は今しなくていい。急がなくていいから、ゆっくり考えて欲しいんだ。部屋まで送るよ。また明日、ちゃんと話そう。」

「うん・・・。」

 本当はすぐにでも返事をもらいたかったが、先ほどのフィリスの不安げな表情が気にかかった。

 断られそうな予感に、俺はつい逃げてしまった。

 今はフィリスもゆっくり考える気分になれないだろうし、俺もずっと席を外しているわけにもいかない。

 明日、少し落ち着いた所でゆっくりフィリスの気持ちを聞けばいい。

 そう考えながら、俺はフィリスを部屋まで送った。

「おやすみ、フィリス。」

 挨拶を交わして、額にそっと口付ける。

「よく眠れるおまじない。」

 少しだけ魔力をこめたそれは、すぐにフィリスを眠りに誘うだろう。

「・・・おやすみなさい。」

 予想通りフラフラとした足取りで、フィリスはベッドに倒れこんだ。

 眠っているのを確認して、風邪を引かないように布団を掛けてやる。

「・・・ごめんな。」

 体も心も疲れている状態で、色々考え込むのはいい事とは言えない。

 無理やり眠らせた事に少しだけ罪悪感を覚えながら、俺は部屋を後にした。


 翌日、早々にフィリスに会いに行こうと考えていた俺は、思わぬ客に足を止められた。


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