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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第28章 夏至祭1


 夏至祭1日目は、雲ひとつない晴天となった。

 会場となる大広間には多くの侍女や下働きの男達が集まり、テーブルを運び込んだり花を飾ったりしていた。

「フィリス、大丈夫?朝から全然休んでないでしょう。まだまだ先は長いんだから、適度に休憩とりなさいよ?」

 男達が並べた机を順に拭いていた私は、マーサにそう声をかけられて手を止めた。

「ありがとう、マーサ。マーサこそ大丈夫?」

 私と同じように、マーサも休憩を取らずに働き詰めだった。お昼に食事を取ったときを除いて、ずっと動き回っている。

「大丈夫よ毎年のことだもの。私はペース配分が分かっているから。」

「私も平気。まだ疲れてないよ?」

 そう言うと、マーサは呆れたように肩をすくめた。

「フィリスって見た目によらずパワフルよね。そんな細い体のどこにそんな体力があるのかしら?」

 そんな不思議そうにされても、私も首を傾げるしかない。

「新しく入った子は大抵この夏至祭でへばるんだけど、フィリスは大丈夫そうね。」

「元気そうなら、二人とも厨房の方に回ってくれ。手が足りてないらしいぞ。」

 聞いた事のある声が聞こえて二人で振り返ると、そこには懐かしい人が立っていた。

「オルグさん!お久しぶりです。」

 オルグは両手に大きな花瓶を抱えて、私達に笑顔を向けていた。

 彼と顔を会わせるのは、オリヴィアについてこの城に入った日以来だった。

「久しぶりだな。マーサには聞いていたが、元気そうでなによりだ。お前も色々大変みたいだけど、まあ頑張れよ。広間の方はこれだけ人数がいれば、なんとかなるだろ。」

 最後の言葉はマーサに向けたものだった。

「分かった。じゃあ、ちょっと厨房のぞいてくるね。」

 私とマーサは、オルグに手を振って広間を後にした。


「マーサは、オルグさんとよく会うの?」

 マーサと私は大抵いつも一緒に行動しているのに、いつオルグと会っているのだろうか?

「えっ?・・・そうね、たまにだけど。」

 珍しくそれ以上は何も言わないマーサに、私もそれ以上は聞かなかった。

 マーサにはマーサの付き合いがあるのだろうし、あまり詮索しては悪いだろう。


 厨房の中をのぞくと、白い服を着た料理人達が厳しい表情で料理を作っていた。

 数人の侍女が、野菜を洗ったり切ったりするのを手伝っている。

「すいません、お手伝いに来たんですが。」

 マーサが声を掛けると、大柄な男が扉の方を振り返った。

「ああ、頼むよ。そこの野菜の皮むいてくれるか?」

 男が指差した場所には、たまねぎやジャガイモが山のように積まれていた。

「わかりました。」

 マーサが返事を返すと、男は小振りの包丁二つを手渡して自分の作業に戻って行った。


 厨房は人がいっぱいなので、私とマーサは野菜を入れたかごをもって外に出た。 

 廊下に並んで腰を下ろすと、マーサは包丁とかごから無造作に手にとったジャガイモを私に手渡した。

「皮はこっちの袋に入れてね。」

 そう言って、自分もジャガイモを手に取ると包丁で器用に皮をむき始めた。

 その様子を、私は包丁を握り締めたままじっと見つめた。

 実は、私はこれまで料理というものをしたことがない。

 オリヴィアの家では、台所には入らせてもらえなかったからだ。

 私が食べものを盗み食いしないか、へんなものを料理に混ぜたりしないか、オリヴィアの母はいつも心配しているようだった。

 そういうわけで、刃物といえば草狩用の鎌か、薪を作るための斧くらいしか持った事がない。

 しばらくマーサの手つきを見てから、私は思い切ってジャガイモに刃を立てた。

 想像していたより深く刺さったそれは、今度はなかなか抜けなくなってしまった。焦って思いっきり手を引くと、勢いあまって後ろの壁に手をぶつけてしまった。

「フィリス、大丈夫?・・・もしかして、こういうのは初めて?」

 頷くと、マーサは手を止めて私の手からジャガイモと包丁を取り上げた。

「言ってくれたらよかったのに。これは私がやるから、フィリスはたまねぎの方をお願い。こうやって、外側の茶色い部分を剥がすの。分かった?」

 そう言って、マーサは私に見本を見せてくれた。

「じゃあ、せめてこれは私が全部やるね?」

 なんだか申し訳なくてそう言うと、マーサはクスリと笑って自分の作業に戻った。

「そんなに気を張らなくてもいいわよ。こういう時は、できる人ができる事をすればいいの。・・・ああ、でもやっぱりいつか出来る様になってた方がいいわね?」

「皮むきを?」

「それもそうだけど、料理よ。フィリスだっていつか結婚したら、旦那や子供に自分の手料理食べさせたいでしょう?」

「私が、結婚したら?」

 そんな日が、いつか来るのだろうか?

 自分がハンナの家族のように、暖かな家庭を持つ日などあるのだろうか?そうなった時の自分の姿が全く想像できない。

「そうよ。フィリスだって、いつかは結婚したいでしょう?」

「私・・・結婚とか考えた事なかったから。でも・・・うん、いつかは結婚したいかな?」

 父も母も、結婚したことで苦しい生活を強いられることになった。それどころか、命すら奪われた。

 けれど、それで不幸だったとは思わないし、思いたくない。

 記憶にかすかに残る母の笑顔が、幸せだったと私に教えてくれるから・・・。

 だから、もしいつかがあるなら、私も母のように愛する人と結婚して、家族を持ちたい。

 そして母が私にしてくれたことを、生きていれば私が母にして欲しかったことを、自分の子供にしてあげたい。

 そんな気持ちが自然にわきあがってきて、そんな自分に少し驚いた。

 こんな風に考えられるのは、やっぱり気持ちに余裕が出てきたからだろうか。

「マーサは?結婚したい?」

「それは・・・いつかはね。その前に相手もいないし。」

「そっか。でもマーサみたいに美人で気立てがよくて優しかったら、結婚したいって言ったらいっぱい求婚者が出てきて大変かも知れないね。」

 マーサは手を止めて驚いたように私を見た。

「それって、冗談じゃなくて?」

「冗談?」

 もちろん、冗談なんて言ったつもりはない。

 マーサのような素晴らしい女性なら、もしダーナの村なら年頃の成人男性全てが立候補してもおかしくはないだろう。

「そうよね、フィリスがそんな気の利いた冗談言うはずないわよね。ありがと、フィリス。」

 珍しくはにかんだ笑みを浮かべるマーサに、私も笑顔を返した。



 鮮やかなオレンジ色の空が薄闇に変わり始めた頃、城中に響き渡ったのではないかというほど大きな甲高い笛の音が聞こえた。

 続いて、上空に合図を送るような鮮やかな花火が数発打ちあがる。

 それが、夏至祭のはじまりだった。


 その光景に、私はしばらく圧倒されていた。

 開放された大広間の扉から、吸い込まれるように着飾った男女が入ってくる。

 女達は競うように豪奢なドレスを身にまとい、男達は背筋をピンと伸ばして、思い思いの正装に身を包んでいた。

 その光景はまるで夢の世界のようで、祖母が話してくれた寝物語ですら想像もできなかった光景だった。

 広間の両端に並べられたテーブルには、隙間もないほど見事な盛り付けをされた料理の数々や、葡萄酒などのビンが並んでいる。

「すごいでしょう?」

 マーサの言葉に、私は声もなく頷いた。

「私たちの仕事は、このテーブルの後ろを回って汚れた食器を回収すること。回収した食器は綺麗に洗っていったん厨房に戻すの。それからまた厨房で受け取った食器や料理なんかをこっちに運んでくるのよ。厨房はもういっぱいだから、洗う場所は近くの部屋を何部屋か専用に開放しているから、また教えるわね。」

 ぼーっとした頭を必死に働かせて、マーサの言葉を頭に叩き込んだ。

 ここ数日の忙しさは、すべてこの日のためだったのだ。ここで足を引っ張るわけにはいかなかった。

「陛下が出て来られてから始まるから、それまでは楽にしてていいわよ?ほら、ここに立って後ろにもたれているといいわ。」

 マーサは私の手を引っ張って、テーブルの後ろのスペースの壁際に連れて行ってくれた。

「ありがとう、マーサ。」

 お礼を言って背中を壁に預けると、確かにそれだけでも体が少し休まるようだった。


 見るともなく入り口から入ってくる人たちを眺めていた私は、その人が視界に入った瞬間、頭で考えるよりもまえに体がビクリと反応した。

 花嫁候補達が、順に並んで中に入ってきた。彼女達をエスコートしているのは、正装をした兵士達だ。

 みな花嫁候補という立場からか、質素で清廉なイメージのドレスを身につけていたが、その中でもやはり一番目を引くのはオリヴィアだった。

 淡い水色のドレスを着て、髪は自然に流して所々に花をあしらっている。

 いつ見ても、妖精のように可憐で美しかった。

 オリヴィアの姿を見るのは、あの時以来だ。

 覚悟していたはずなのに、どうしても平静な気持ちではいられなかった。

 怒り、憎しみ、そして悲しみが入り混じった大きな負の感情に、それまで聞こえていたはずの音すら遠のいた気がした。

「・・・フィリス、大丈夫?あなた、顔が真っ青よ?」

 肩を揺さぶられて我に返った私は、強く頭を振って深呼吸した。

 あの人と、私はもう何の関係もない。私は、私のやるべきことに集中しなければいけない。

「大丈夫!ごめんなさい、心配かけて・・・何ともないの。本当よ?」

「そんな風には見えないけど・・・。もし辛かったら、ちゃんと言うのよ?無理したら駄目だからね?」

 心配そうに眉を潜めたマーサは、何を、とは言わなかったけれど、多分私がオリヴィアに反応したことは分かっているんだと思う。

 それでも深く追求してこないのは、彼女なりの配慮なのだろう。

「ありがとう。本当に無理だったら、ちゃんと言うね?」

 しばらく私の顔を覗き込んでいたマーサは、納得してくれたのか私の頭を撫でて正面に視線を戻した。

 意識しないでいようと思うのに、私の目は勝手にオリヴィアの姿を追いかけていた。

 これは、怖いもの見たさというものだろうか?

 オリヴィアを含めた花嫁候補達は、他の来客たちとにこやかに挨拶をかわしていた。

 優雅な動作で一礼するオリヴィアは、そういう教育をいつの間に受けていたのだろうか?


 自分の気持ちとオリヴィアの事に必死になっていた私は気がつかなかった。

 いつの間にか大広間に来ていたエルフリード王子が、遠くから不機嫌な目で私をじっと見つめていた事を・・・。


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