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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第24章 お守り1

 ジルに首飾りをもらった次の日、私は仕事を終えて部屋に戻るマーサを引き止めた。

「マーサ、教えて欲しい事があるんだけど、少しだけいい?」

 疲れている所申し訳ないとは思ったけれど、今以外に聞く時間がなかった。

 朝は起きたらすぐに仕事に行かなければならないし、日中は人の目も気になった。

「もちろん。こっちに来る?」

「うん。ありがとう、マーサ。」

 開かれたドアから中に入ると、すぐに灯りがつけられた。

「座って待ってて?今お茶をいれるわね。」

「あ、でもすぐ済むと思うから・・・。」

「久しぶりなんだから、少しくらいゆっくりしていっても構わないでしょう?」

 そう言われれば、断る理由もなかった。

「えっと、じゃあ、お邪魔します。」

 マーサが置いてくれたクッションの上に座り、部屋を見回した。

 部屋の形こそ違うものの、カーテンや絨毯は離宮で使っていたものと同じもののようだった。


「それで、教えて欲しい事って?」

 受け取ったお茶をこぼさないように隣に置いて、服の中から首飾りを取り出した。

「これなんだけど・・・」

 首飾りを見て驚いた顔になったマーサは、ジルにもらった経緯を伝えると納得したようだった。

「会う暇がないって言っても、女性の寝室に忍び込むのはどうかしらね。見せてもらってもいい?」

 苦笑したマーサは、手を伸ばして黒い石を手に取った。

「何の石かしらね?すごく綺麗だけど・・・。」

「これ、どうやって外せばいいの?」

 本題を口にすると、マーサは首を傾げた。

「外したいの?」

「今はいいんだけど、外したくなった時に困ると思って。」

「確かに、いざっていう時困るもんね。私も初めて首飾りを付けた時は、外すのに一苦労したわ。」

 マーサは首の周りでチェーンをクルクル回した。

 すぐに止まると思っていたその手はなかなか止まらず、チェーンが首の周りを5周ほどした所でようやく止まった。

「・・・フィリス、これをあなたに付けたのはジル?その時、お守りだって事以外に何か言ってた?」

 眉を寄せるマーサに、何かまずいことでもあるのだろうかと昨日のやり取りを思い出す。

「他には特に・・・ずっと付けてて欲しいってことくらいかな?」

「ずっと、ねぇ・・・・・・それで、フィリスはそれでいいって言ったの?」

 頷くと、マーサは首飾りから手を離して自分のお茶を手に取った。

「それ、留め金がないのよ。多分魔術か何かでとめたんだと思うわ。もし外したくなったら、ジルに直接頼むしかないわね。」

「・・・そうなんだ。」

 それなら、仕方がない。外したくなるようないざという時なんてそう簡単にこないと思うし、特に問題ないだろう。

「ジルは本当にあなたの事が大切なのね。」

 しみじみと呟かれた言葉に、一気に頬が熱くなった。

「た、たぶん妹みたいに思ってくれてるのかな?」

 動揺を隠し切れない声でそう言うと、マーサはポカン口を開けた。

 竜王様に対して、図々しすぎただろうか?そう考えて、私は慌てて言葉を継ぎ足した。

「あ、あの、ここに連れて来た責任とか、感じてたりするのかも!」

 ジルは優しいから、責任を感じていても不思議ではない。

 さっきよりは当たり障りのない事を言えたはずなのに、マーサはの目と口はさらに大きく開いてしまった。

 今の言葉のどこがまずかったのか分からず、私も黙り込んでしまう。

「それ、本気でそう思ってるの?」

「えっと、一緒にいると楽しいって言ってくれたし・・・妹くらいには好意を持ってくれてるんじゃないかなって・・・ごめんなさい。」

 最後の方は消え入るような声で言うと、マーサは大きく溜め息をついた。

 呆れられてしまっただろうか。

「バカね、なんで謝るのよ。フィリスって、本当に鈍感なのね。それとも経験不足なせいかしら・・・フィリス、あなたって今いくつだっけ?今まで誰かを好きになった事は?」

 何を鈍感だと言われているのか分からないまま、質問に答える。

「14。好きな人とかは今まで特にいなかったけど・・・。」

「若い!っていうか子供?じゃあ、ジルが初恋なんだ?」

 改めて言われると恥ずかしい。少しぬるくなったお茶を飲んで、そのまま俯いた。


「・・・フィリスは、変わらないのね。」

 独り言のような呟きに顔を上げると、マーサが複雑そうな顔で私を見ていた。

「ジルが竜の姿になるのを見て、ショックじゃなかった?」

「それは、確かに驚いたけど・・・」

「けど?」

「でも、竜の姿もかっこいいし・・・」

 思い切って口に出すと、マーサは一瞬驚いた顔をして、それから声を出して笑った。

「それなら良かった。何も問題ないわね。」

「何の問題?」 

 たずねると、マーサは視線をさ迷わせた。

「まあ、気にしないで?それより、告白とかしないの?」

 誤魔化すように早口で言われた言葉の意味を理解するのに、しばらく時間が必要だった。

「私がジルにってことだよね?」

 うんうんと頷くマーサの目は、何故か期待に満ちていた。楽しそうなマーサには申し訳ないと思いながら、私は頭を振った。

 確かに、城を追い出されたあの時、告白しておけば良かったとすごく後悔した。

 けれどそれは今になってみれば、後がなくなったからこそそう思えたのだと思う。たまにでも会って会話をすることができる今、関係を壊してまで気持ちを伝えたいとはとても思えない。

 ジルは優しいから、もしかしたら告白してもあからさまに避けたりすることはしないかも知れない。

 けれど、これまでの気安い関係のままではいられなくなってしまう。

 私は、ジルとの穏やかな時間をどうしても手放したくなかった。それが例え、彼が花嫁を選ぶまでの間だけだとしても・・・。

「何か悩んでる事があるなら、いつでも相談にのるわよ?」

 暗い顔になった私を見て、マーサは心配そうにそう言った。

「ありがとう、マーサ。でも今はとにかく、早く一人前の仕事ができるようになりたいの。せっかくジルが仕事を紹介してくれたんだから、頑張らなきゃね。」

「・・・そうね。それじゃあ、そろそろ休みましょうか。フィリス、久しぶりに一緒に寝る?」

 マーサの誘いに、私は大きく頷いた。


 数日後、城のそれぞれの棟で侍女達の集会が行われた。

 2週間後に迫った夏至祭の準備のために、何チームかに分かれて役割を分担するのだそうだ。

 もちろん私はマーサと同じチームでマーサはチームのリーダーに選ばれた。

 他にも城を警護する近衛隊や、料理人達の中でも同じようにチーム分けされ、夏至祭の準備を行うのだそうだ。

 毎朝チームごとに朝会が行われ、一日の仕事をリーダーから割り振られる。

 夏至祭というのはとても大きなイベントらしく、日が経つにつれてみんなが神経を尖らせていくのが肌で感じられるほどだった。

「フィリス、あなたまだまだ元気そうね?やっぱり若さのせいかしら。」

 同じチームになった侍女にそう言われて、私は笑みを返した。

「みんなでひとつの事に向かって頑張るのって、なんか楽しいから。」

 そう言うと、彼女は少し驚いた顔をして黙り込んだ。不謹慎だっただろうかと不安になったけど、すぐに彼女は表情をゆるめてくれた。

「そうね。・・・ありがと、フィリス。」

 何に対するお礼なのか分からずに首を傾げると、彼女は小さく笑って仕事に戻っていった。

 私たちのチームは、客間と客間のある棟全体の清掃が主な仕事だった。通常とちがってほぼすべての客間が埋まるので、仕事量はかなりのものだった。

 エストアを中心とする6カ国の王達もこの棟に滞在するということで、少しの手違いも許されなかった。


 その小さな事件は、そんなある日に起こった。

「お嬢ちゃん、中央の棟に行きたいんだけど、どう行けばいいのかな?」

 ちょうど廊下に飾られた花瓶の水を交換していた私は、突然かけられた声に驚いて手を離してしまった。

「おっと!」

 瞬間、後ろから手が伸びてきて倒れそうになった花瓶を支えた。

 安堵の溜息をついて振り返ると、身分の高そうな青年が立っていた。赤茶色の短い髪の、青い目をした人だった。

 その人は私の顔を見ると、驚いたように目を大きく開いて無遠慮な視線を送ってきた。

 彼の手はまだ花瓶に添えられていて、自然と距離が近くなる。

「へえ、珍しい色の目をしているね。出身はどこ?」

 細められた目が何だか怖くて後ろに下がるけれど、すぐ後ろは花瓶を置いてある台でそれ以上後ろには行けない。

 それを見たその人は、にやりと口の端をあげた。

「もしよかったら、どこかでゆっくり話しでもどうかな?」

「あ、あの、仕事中なので、ごめんなさい。中央の棟に行く道は、私も知らないんです、ごめんなさい。」

 早口でそう言うと、からかうような顔がまた少し近づいた。

「ほんの少しなら、抜けてもばれないさ。」

 私はとっさに、服の上からお守りの石を握り締めた。頭の中がパニックになって、とにかく心の中で助けてくださいと繰り返した。

「今時こんな初心な子も珍しい。気に入った!名前は?なんて言うんだ?」

 教えてしまったらまずい気がして、意味もなく頭を振る。

 けれど彼は私が断るたびに面白そうな顔をして、矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。

 お守りの効果は、いつ出てくれるんだろう?そう思いながらも必死で石を握り締めた。


 男のしつこさと顔の近さにいい加減泣きそうになって来たとき、とうとうお守りの効果が現れてくれた。

 階段を走るように登ってくる慌しい足音に私達が顔をそちらに向けると、何度も見たことのある人が息を切らせてこちらに向かってくるところだった。

「エルフリード王子!ここは下町ではありません、女性に対してそのような振る舞いは今後一切許しませんぞ。」

 カツカツと足音荒く近づくと、控えめな声ながらもはっきりとそう言った。

「あなたは・・・ああ、確か竜王陛下といつもご一緒の近衛隊長殿。勘違いをなされては困る。ただ私は彼女と友好を深めていただけでして・・・。」

「あなたが友好を深めなければいけない人物は、他にたくさんおられましょう。」

「はあ、それはまあそうですが。しかし、あなたは何故こちらに?」

 明らかに急いで来た様子でいきなり注意されれば、確かに戸惑うだろう。

「・・・こちらにはこちらの事情がありましてな、お気になさらず。・・・ちょうどよかった、こっちに来て手伝ってくれ。人手が足りなくてな。ではエルフリード王子、失礼いたします。」

 私に顔を向けてそう言うと、腕を掴んで男の下からひっぱり出してくれた。

 キョトンとする男を置いて、彼はゆっくりとした足取りで歩き出した。


 後ろを早足で付いていきながら、私は彼を見上げた。

 いつもジルと一緒に離宮に来ていた人だ。

「あの、ありがとうございました。」

 お礼を言うと、彼は振り返って笑みを浮かべた。

「何もなくて良かった。あの男はマレイラ国の王子で、王位の第一継承者だ。それがあのような放蕩者では、マレイラの将来が心配だ。」

 あの男が一国の王子だとは、驚きだった。

 エストアの民は、王といえば竜王しか知らない。賢王しか知らない私達にとって、彼のような人物が王になる事など正直想像もつかないものだった。

「何かお急ぎだったんでしょう?私はもう大丈夫なので、気にせず行ってください。」

「いや、まあ、急ぎは急ぎなんだが・・・そうだな、せっかくだからやっぱり手伝ってもらおうか。」

 どこか父親を思わせる笑顔に、私も笑顔で頷いた。

 

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