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盟約の花嫁  作者: 徒然
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第23章 迷子

 再び城で働くようになって数日が経ち、私は今まで遭遇したことのない問題に直面していた。

 洗濯の終わったシーツを、来客用の部屋に持っていく途中だった。

「えっと・・・確か突き当たりを右に曲がった奥の階段を上った所だったよね・・・。」

 何度か通ったことのあるはずの道だし、来る前にもちゃんと場所を説明してもらってきたのに・・・。

 右に曲がった奥は、行き止まりだった。

 しばらく考えて、もと来た道を戻ってみる。少し遅くなるけど、仕方がない。

 最初の場所に戻って、もう一度教えられた通りに行ってみよう。

「あれ?こんな所あったっけ?」

 戻ったはずなのに、見たことのない気がする廊下に出てしまった。

 それに、こんなに歩いた記憶もない。

「どうしよう・・・。」

 迷子という2文字が、脳裏をかすめていった。

 竜王の住むこの城は、とにかく広い。ここに比べれば、東の離宮など猫の額のような広さしかなかったと思う。

 ジルが以前言っていた通り、本当に村ほどの大きさがあるのだ。

 しかも城はいくつもの分かれた建物で構成されていて、似たような造りになっているから慣れないと区別もつかない。

 中も入りくんでいて、まるで迷路のようだった。

 こうなったら、誰かに道を聞いて戻るしかない。

 私はシーツを持ったままあたりを見回した。けれど廊下には似たような扉が並んでいるだけで、人影もなければ足音一つ聞こえない。

 しばらくウロウロと歩き回って、ようやくほかの侍女とすれ違った。

「あ、あの、すいません!」

 振り返った彼女は、私を見て首をかしげた。

「あの、客間に行きたいんですけど、道が分からなくなってしまって・・・。」

「あなた、最近城にあがったのかしら?」

 頷くと、彼女は納得したようにうんうんと頷いた。

「似たような廊下ばっかりだから、なかなか覚えるの大変なのよね。客間は南側の棟にあるのよ。一緒に行きましょう?」

「すいません、ありがとうございます。」

 行き方を聞いてもまた迷ってしまいそうで、私は素直に彼女に連れて行ってもらうことにした。

「ちょうど私もあっちに行く所だし、気にしないで?」

 もう一度お礼を言おうと口を開いた所で、目の前の背中が急停止した。

「陛下がお通りになるわ。」

 小声でそう言って、彼女はすばやく廊下の端に身を寄せた。

 それにならって、私も同じように彼女の隣に並んだ。

 彼女の視線を辿ると、ちょうどジルが宰相様と一緒に廊下を曲がってくるところだった。

 姿を見れたのは一瞬で、隣で彼女が深く頭を下げたので慌てて私も頭を下げた。

 二人の足音はすぐ近くで一度やんだけれど、すぐにまた歩き出して目の前を通り過ぎていった。

 十分足音が小さくなったのを確認して、顔を上げる。

 二人の姿は、もう見えなくなっていた。

「ラッキーだったわね!陛下とすれ違うことなんて、めったにないのよ?」

 興奮気味の言葉に曖昧に笑って、せっかく会えたのに一言も言葉を交わせなかった落胆を隠した。

 けれど、これが本来の距離なのだ。そう自分を納得させて、歩き出した彼女についていった。


「先に客間に行ったはずなのになかなか来ないから心配していたの。メイ、連れてきてくれてありがとうね。」

 客間に着くと、中にいたマーサが迎えてくれた。

「どういたしまして!マーサ、せっかくこっちの仕事に戻ってきたんだもの。今度また一緒に食事でもどう?」

 どうやら、彼女はマーサの知り合いのようだった。

「ええ、もちろん!」

「じゃあ、またね。」

「あの、ありがとうございました。」

 部屋を出て行くメイさんに慌ててお礼を言うと、彼女は笑って手を振ってくれた。

「彼女は私と同期なの。」

「ドウキ?」

「同じ時期に同じ職場に入った仲間ってこと。フィリス、そっちを持って?」

 私が持ってきたシーツを一枚取って、ベッドの上に広げた。

 ベッドメイキングが終わると、マーサが持ってきた掃除用具と残ったシーツを持って、また隣の客間に移る。

「私達は基本的にはこの棟での仕事しかしないから、渡り廊下を渡っちゃだめなのよ。確実に迷子になるわよ?」

 渡り廊下なんて渡っただろうか?思い返してみるが、よく分からなかった。

「まあ、そのうち慣れるでしょう。」

 私が分かっていないことが分かったのか、マーサは苦笑してそう言った。



 以前と同じように、私の部屋はマーサの隣に用意された。

 一日の仕事を終えるとマーサと一緒に部屋に戻って、着替えるとすぐに眠ってしまう。

 今日も同じようにマーサとお休みの挨拶をかわして部屋に入った。

「お疲れ様。」

 誰もいないはずの部屋から突然声が聞こえて、思わず悲鳴を上げそうになった。

 大きく開けた口を、顔全体を覆えるほど大きな手にふさがれて心臓が止まりそうなる。

「フィリス、俺だよ。」

 目の前に現れた顔に、強張っていた体から一気に力が抜けた。

「ごめん、大きな声を出されるとまずいと思って・・・。」

 私が落ち着いたのを確認して、口をふさいでいた手をそっとはなされる。

「ジル?」

 名前を呼ぶと、薄茶色の目が嬉しそうに細められた。

 ジルは私の後ろの扉がしっかりと閉じられたのを確認して、私を部屋の奥に入れた。

「今日、すれ違っただろ?どうしてあんな所に?」

「えっと・・・。」

 少し恥ずかしく思いながらも、私は建物の中で迷ってしまった事を話した。

「なるほどな。確かに、慣れない者にはこの城は歩きにくいだろうな・・・。」

 そう言って、ジルは何か考え込むようにしばらく黙り込んだ。

 もしかして、それで心配してわざわざ部屋まで来てくれたのだろうか?

「仕事の方はやっていけそうか?」

「うん。マーサも一緒だし、仕事もジルが言ったとおり難しくないし、全然大丈夫!」

 そう言うと、ジルは満足そうに頷いた。

「もうすぐ夏至祭が始まるから、しばらく俺もフィリスも忙しくなるだろう。でも、出来るだけ時間を取って会えるようにするから。」

 スッと頬を撫でられて、心臓が大きく音を立てた。

 熱くなった顔を隠すように俯いて、頬を押さえる。

「また部屋に会いに来てもいいか?」

 まだ顔を上げれないまま頷くと、ジルの大きな手が私の頭を撫でていった。

「・・・もう少し、ここにいてもいいかな?」

「うん・・・。」

 もちろん、断る理由は何もなかった。


 それから二人でベッドに腰掛けて、しばらくたわいのない話をした。

 今こうしていても、本当なら私なんて、ジルに話しかけるどころか顔をまともに見ることすらできない存在なのだ。

「ジル、聞いてもいい?」

 ものすごく今更なことだけど、聞いてみたい。

 ジルはどうぞというように、黙って先を促した。

「私、こんな風にジルと話してるけど、いいのかな?」

「こんな風に?」

「だって、ジルは竜王さまで私は一般庶民でしょう?本当はこんな風に話しかけたりしたらいけないんだよね?」

 前はジルは自分が竜王だという事を隠していたけれど、今は私はそれを知っている。知っているのに態度を変えないということは、不敬にはならないのだろうか?

「・・・今更な気もするけど、かまわないよ。外では仕方がないとしても、二人のときに態度を変えられたらその方が傷つく。」

 本当に傷ついたような顔をするジルに、慌てて手を振った。

「ごめんね?一応聞いてみたかっただけなの。」

 そう言うと、ジルは安心したように微笑んだ。

「さっき言ってた夏至祭って、どんなお祭りなの?」

 話題を変えたくて、さっき聞き流してしまっていた夏至祭の話を持ち出した。

「夏至を挟んで前後3日間、城で開かれるんだ。各国から要人が集まるから、迎えるための準備が大変なんだ。」

「3日も?大きなお祭りなんだね。」

 ジルは少し目を見開くと、おかしそうにクスリと笑った。

「まあ、そうだな。・・・少し長居をしすぎたな。そろそろ休んだ方がいい。」

 そう言って立ち上がったジルに寂しさを覚えたけれど、忙しいジルを引き止めることはできない。

「お休みフィリス、また来るよ。」

「ジル、お休みなさい。」

 挨拶をかわすと、ジルはドアではなく窓のほうに足を向けた。

「ジル?」

「この階は侍女しかいないからな。男が出入りしているのが見つかったら、まずいだろ?」

 いたずらっぽい顔でそう言って、ジルは窓から外に出た。

 あまりにも自然に出て行ったから思わず見送ってしまったけれど、すぐにここが3階だという事を思い出して慌てて窓から下をのぞいた。

 ジルはなんともない顔で私を見上げると、手を上げてその場を歩き去った。


 その翌日の夜、ジルは再び私の部屋を訪れた。

「お守りだ。」

 そう言って渡されたのは、先端に小さな黒い石が飾られたシンプルな首飾りだった。

「お守り?」

「そう。もしまた迷子になったり、自分では対処できないような困った事があったら、この石にお願いしてみるといい。」

 ジルは一度受け取った私の手からそれを取って、私につけてくれた。

「お願いするの?石に?」

「こうして、握り締めるんだ。」

 私の手を取って石に触れさせると、そのまま私の手の上からギュッと石を握り締めた。

「こうすると、どうなるの?」

 その問いには答えず、しばらく真剣な表情で私の手を包み込んでいたジルは、ふっと表情をゆるめて微笑んだ。

「気休め程度のものだけど、もしよかったらずっと付けていてくれないか?こうしておけば、仕事中付けていても分からないだろう。」

 そう言って、ジルは石を私の首もとにすべりこませた。確かに、こうしていれば付けていても外からは見えない。

「ありがとう、ジル。」

 昨日迷子になった話をしたから、わざわざこんなものを用意してくれたのだろうか?

 ちょっと心配性すぎる気もするけど、その気持ちは私の胸をじんわりと暖めてくれた。

 心からお礼を言うと、ジルも嬉しそうに微笑んだ。

 その後、またしばらく話をしてからジルは部屋を出て行った。


 もらった首飾りをよく見たくて外そうとした時、私はある事に気付いた。

「・・・どうやって外すのかな・・・」

 こんなものを付けた事のない私には、外し方が分からなかった。

 しばらくチェーンをなぞっていたけれど、どこで止めているのかさっぱり分からない。

 私は外すのを諦めて、寝間着に着替えてベッドに横になった。

 外し方は、明日マーサに教えてもらおう。

 そんな事を考えながら、私はゆっくりと目を閉じた。



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